短編小説|最後に勝つのはおばあちゃん
ゲームをテーマにしたごく短い短編小説。2400字ほど。
まだ七才かそこらの頃、私はどうしてもゲームセンターで新作の「ぷよぷよ」をしたくてたまらなかった。当時、そして今だって、幼いこどもだけでゲームセンターに出入りすることは親も学校も許さないものだったから、私は無理を言っておばあちゃんについてきてもらって遊びに行ったものだった。遊びに行けるとなった日にはいつもおばあちゃんの手をぐいぐい引っ張りながら、ゲームセンターへと向かった。
幼かった私はまだゲームというものをあまり知らなかった。母が厳しかったこともある。知ったのは、何かの待ち合わせで時間を潰そうと父がゲームセンターに入ったときだった。陽気な音楽とともにかわいい「ぷよ」が落ちてくる様子、連鎖が始まって相手の側に「おじゃまぷよ」が増えていく様子、それらが私の目には輝かしく映っていた。
私はそれにすっかり夢中になっていたが、その新作「ぷよぷよ」はまだテレビゲームにはなっていなかったので、友達の家で遊ぶこともできず、感動を再び味わうためにはゲームセンターへ行かなければならなかった。
最初は見ているだけだった。おばあちゃんもこれくらいなら安心していられただろう。ただ、私が一時間以上粘り出すと、さすがに疲れている様子だったが。そしてもちろん、私がそのうちに遊びたくなってくるのも当然のことだった。
ぷよぷよのような落ちものパズルゲームはどこに何を配置すればいいかを瞬時に判断する難しいものだった。だからこどもの私は一番難易度が低いものを選び、テトリスのように上から下まで落ちてくる二色の「ぷよ」をゆっくりと下に落とし、四つそろえると消えるという具合に配置していくのがやっとだった。
私はそれで十分だった。当時としては、おばあちゃんに一〇〇円玉を三枚まで入れてもらえるようお願いしてやっと楽しめるもので、とても楽しい時間を楽しんでいた。最初の頃こそ、すぐにゲームオーバーになって「そんなにすぐにお金が必要なものなのかい?」とおばあちゃんを困らせもしたけれど、しばらく通っているうち、ストーリーモードを半分くらいはクリアできるようになっていった。
あるとき、私はいつものようにおばあちゃんを後ろに従えながらひとり黙々とぷよぷよに熱中していた。なんとその日は、あともう少しでストーリーモード、一通りの試練をクリアできるところだった。それなのに……突然、向かいの台から、挑戦状が叩きつけられた。
対戦型のゲームでは、ストーリーモードでも向かいの台から挑戦状が来るとそちらと対戦することになっている。私はそうとは知らず、急にストーリーが中断されて始まった戦いに引っ張られることになった。その相手の強いことといったら! あっという間に相手の技が決まって、私は一方的に負けることになってしまった。しかも、ストーリーモードまで終わってしまったのだ。せっかく最後のバトルにまで進んだというのに。
私は泣くことを止められなかった。それはその日の最後の一〇〇円玉でのプレイだったのだ。私はおばあちゃんに泣きついて、えんえんと泣いてしまった。
だが、おばあちゃんは泣く私を退けて、ゲーム機の前に座って百円玉を取り出した。「えっ」と思っている間に、おばあちゃんはそれを投入口に入れ、今まで私が戦っていた相手にバトルを申し込んだのだ。
「おいおい、ババアかよ」
顔を覗かせた相手(私よりずっと大きかった)はそう笑い、おばあちゃんと対戦を始めた。
おばあちゃんは
「大丈夫、ずっと見ていたからわかるよ」
と、にっこり笑った。
そして……おばあちゃんは勝った。見事な八連鎖だった。相手が二度目の三連鎖を起こそうかというときには、もうおばあちゃんはとどめの一撃を放っていた。
(まさかこんなことが起こるだなんて!)
私は高速でスティックを操るおばあちゃんに憧れの目を向けた。その目と言ったら真剣そのもの、これまでそんなおばあちゃんを私は見たことはなかった。
相手の子は相当悔しかったのか、泣きながらゲームセンターを走って出でていった。
「あらあら、泣いちゃったね……。でも、嫌がらせをするような遊びはダメだよ。今度はストーリーモード、全部クリアしてね、おばあちゃん見てるからね」
そういって、その日はもう一枚一〇〇円玉をくれた。それ以来、何度もぷよぷよをプレイしたけれど、この日のように上手く勝ち進むことはできず、最後までおばあちゃんに全面クリアを見せることはできなかった。
あれから何年が経っただろう。私ももうすっかり大人になってしまった。結婚し、家を買い、こどももできた。そしておばあちゃんは……プロゲーマーになった。
きらびやかなレーザーが舞う観客でいっぱいの会場。おばあちゃんは近未来風な衣装を身に纏った「デジタルBBA十七才」として決勝まで勝ち進んだ。頭部からなびく白髪は末端に向かって青と黄色のグラデーションに染められている。それにサングラス、指ぬきグローブ……。付き添いの人間に指示を出し、これから始まる最終バトルの打ち合わせをしている。どうやらテストでプレイしたとき、コントローラーの感触に違和感があったようだ。公式戦用のものから違うものを出してこさせ、再度チェックをしていた。なんという貫禄だろう……。
私は観客席でおばあちゃんを見守っている。もう八六才だというのに、あの矍鑠とした姿は……ちょっと呆れるほどだ。私のとなりでは親族一同が垂れ幕やうちわを用意してエールを送っている。みんな賞金の三億円が目当てなのだ。老婆にゲームをさせ賞金を稼がせるこの人たちには軽蔑すらする。
『さあ、試合開始!』
デジタルBBA十七才のおばあちゃんは余裕綽々とばかりに、客席の私たちにサムズアップをするのだった。
おわり
2022年09月16日
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