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But Not For Me

「バット・ノット・フォー・ミー But Not For Me」は1930年にジョージ・ガーシュイン George Gershwiが作曲し、アイラ・ガーシュイン Ira Gershwinが作詞したポピュラー・ソング。ジャズにおいてはトラッド・ジャズ/スウィングだけではなくモダン・ジャズでも人気の曲。

ブロードウェイ・ミュージカル『ガール・クレイジー Girl Crazy』で使用された曲のひとつで、「ジョージ・ガーシュインが最も愛したスタンダード曲のひとつ」。もともと1929年の『東は西 East Is West』のために書かれたバラードだったが、『ガール・クレイジー』で使用するにあたりテンポをあげていまのかたちとなった。

歌詞と地口

歌詞はさびしげで、幸せな他者と孤独な自己の対比がなされている。私が特に好きなのは二番の歌詞。ここでは | ɑ(ː)t| あるいは |ɔt | という音が三つ続けて韻を踏んでいる。それだけではなく、”knot”という表現がタイトルにある”not”の地口になっている。とくに”knot“は「きずな」という意味があり、しばしば “a wedding knot”で「夫婦のきずな」という意味でも使用される。この曲でも”the marriage knot”という表現で登場する。さしあたりここでは「結婚という結末」と訳せばよいだろう。

When every happy plot
どんな幸せな物語も
ends with the marriage knot
結婚という結末でおわる
and there's no knot for me.
もちろん、ぼくはそんな結末がないんだ

結婚で終わる幸せな物語といえば、もっとも有名なのはやはりシェイクスピアの喜劇のフォーマットであろう。基本的にシェイクスピアの喜劇はすべて結婚で終わる(逆に悲劇は登場人物の死によって終わる)。だが、この歌い手にはそんな喜劇的結末は持ち合わせていない。ここで注目したいのは、3連目が”but(だけど)”ではなく”and (そして)”で始まっているところだ。こうした”and”は、前述した発言から当然のように予測/帰結されることを述べるときに使用される。この曲では前述した通り幸せな他者と孤独な自己の対比がなされている。であるならば、この箇所で歌い手に帰結されるのは他者の幸せな物語の結末とは真逆の状況だ。だからこの”and”は「もちろん」と訳した方がよいだろう。ここを“but (だけど)”にせずに“and (そして)”にするところが詩的に響く。

録音

Teddy Wilson And His Orchestra With Helen Ward (NYC December 9 1940
Helen Ward (Vocals); Teddy Wilson (Piano); Bill Coleman (Trumpet); Benny Morton (Trombone); Jimmy Hamilton (Clarinet); George James (Baritone Saxophone); Eddie Gibbs (Guitar); Al Hall (Bass); Yank Porter (Drums);
テディー・ウィルソン楽団を従えたヘレン・ウォードの録音。丸いピアノ音がとても素敵。

Eddie Hazell Trio (NYC 1980)
Eddie Hazell (Guitar, Vocal); Bernie Taylor (Bass); Lou Slingerland (Drums)
アコースティック・スウィングの名盤の一つとしても数えられる一枚から。この録音ではエディ・ヘイゼルの軽快なギターとボーカルを聴くことができる。とてもよき。ちなみにヴァースから歌われる。

Claude Williams (NYC May 1, 1989)
Claude Williams (Fiddle); James Chirillo (Guitar); Ron Mathews (Piano); Al McKibbon (Bass); Akira Tana (Drums);
カンザスシティの重鎮クロード・ウィリアムズの実況録音。カンザスらしくセッション感の強い演奏になっている。

Kermit Ruffins (New Orleans 1999)
Kermit Ruffins (Trumpet, Vocals); Corey Henry (Trombone); Kevin Morris (Bass); Emile Vinette (Piano); Jerry Anderson (Drums); Roderick Paulin (Tenor Saxophone)
カーミット・ラフィンズの録音。トランペット奏者の録音といえばチェット・ベイカーやマイルス・デイヴィスなんだけどそれについては私が扱うべき録音ではない(両方好きだけれど)。このnoteで扱うのはやはりこういった録音。ここではニューオーリンズ的というよりもスウィングに寄ったアレンジがなされている。お気に入りは途中で「ファシネイティング・リズム」が挿入されるところ。

Dick Hyman & Tom Pletcher (Bradenton, Florida January 2-3, and May 27th, 2003)
Tom Pletcher (Cornet); Dick Hyman (Piano);  Dan Levinson (Clarinet, Saxophone [C-Melody]); David Sager (Trombone); Bob Leary (Guitar);  Vince Giordano (Bass Saxophone); Ed Metz Jr. (Drums);
もしビックス・バイダーベックがガーシュインを演奏したらというコンセプトでトム・プレッチャーとディック・ハイマンによって録音された。非常にビックスしているとてもかっこいい録音。

参考文献

  • Gioia, Ted. (2021). The Jazz Standards: A Guide to the Repertoire, 2nd Ed. Oxford: Oxford University Press.

  • Furia, Philip. (1990). The poets of Tin Pan Alley: A History of America's Great Lyricists. Oxford: Oxford University Press.


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