Flat Foot Floogie (with a Floy Floy)
「フラット・フット・フルージー・ウィズ・ア・フロイ・フロイ Flat Foot Floogie with a Floy Floy」は1938年にスリム・ゲイラード Slim GaillardとSlam Stewartが作詞作曲し、バド・グリーン Bud Greenが補作詞したジャイヴ・ナンバー。たいていの場合は「フラット・フット・フルージー Flat Foot Floogie」と呼ばれる。ジャズ・スタンダードでありジャイヴ・スタンダード。
なお、ここでいうジャイヴとは、ノヴェルティとしてのジャズの延長にあるような「楽しくユーモアのあるジャズ」ということができる。わりと小編成だったりするが、重要なのは、ミュージシャンのための音楽というよりも観客を楽しませるような音楽ということだろう。
ジャイヴ・トークあるいはヴァウト・トーク
もともとはタイトルは「フラット・フリート・フルージー・ウィズ・フロイ・ドイ Flat Fleet Floozie with a floy foy」で、「性病持ちの足が平らな売春婦」という意味。1938年に録音されたが、レコード会社ヴォーカリオンVocalionによってタイトルを「フラット・フット・フルージー・ウィズ・フロイ・フロイ Flat Foot Floogie with the Floy Floy」に変更された。というのも「フルージー Floozie」という表現が「売春婦」を意味していることからレコード会社からの検閲が入ったからにほかならない。他方で「フロイ・フロイ floy floy」も「性病」を意味するスラングだが、こちらの方はそこまで知られている表現ではなかったことから検閲から逃れた。
いずれにせよこの曲はほかのジャイヴ・ナンバーと同様に「ジャイヴ・トーク jive talk」や「ヴァウト・トーク vout talk」と呼ばれるスラングを用いた言葉遊びがふんだんに使われており、ことさらに「売春婦」や「性病」について歌われているわけではない。ちなみに「ヴァウト vout」とは「グレート」とかそういった意味らしい(吾妻, 2023, p. 70)。実際にスリム・ゲイライードは、ニューヨークにいた時、そしてそのあとロサンゼルスに移ったあとに、そういったスラングを大いに流行らせた。そうしたスラングの生みの親であるゲイラードは『ヴァウト・オ・ルーニー辞典 Vout O Reenee Dictionary』を出版し、50万部も売り上げたそうだ (吾妻, 2023, p. 70)。なお「フット foot」は辞書によれば「手 hand」を意味しているらしい (Gaillard, 1946, p. 7)。
2つの歌詞のパターン
この曲には少なくとも2つのパターンがある。が、この曲がもともと「ヴァウト・トーク」の曲ということに鑑みても、それぞれの録音でそれぞれが歌詞を付け足している向きがある。
前述した通り、タイトルに反して「売春婦」や「性病」について歌われているわけではない。が、明るく楽しいジャイヴこれに極まれりといった感じ。スリム&スラムは1938年に2回この曲を録音している。ほかに本人の演奏で有名なのは1945年のスリム・ゲイラードの録音だろう。じつはこの2つでは歌詞が異なっている。が、わたし自身の好みで言ったらオリジナルの歌詞の方が好み。
1938年の録音では明確に「フラット・フィート・フルージー・ウィズ・フロイ・フロイ Flat Fleet Floozie with a floy floy」と歌っている。ちなみに1938年の1月と2月に録音をしているのだが、歌詞には大きな違いを見出すことができなかった。もしかしたら1945年の歌詞の方が有名かもしれない。こちらでも歌われるので一応載せておこう。
どちらのヴァージョンもかっこいいし、踊り出したくなるような歌詞。しかも頭韻がとても鮮やかでつい口ずさみたくなる。そんな永遠のジャイヴ・スタンダードと言えるだろう。
録音
Slim and Slam (New York, February 17, 1938)
Slim Gaillard (Vocal, Guitar, Vibraphone); Slam Stewart (Vocal, Bass); Sam Allen (Piano); Pompey "Guts" Dobson (Drums);
スリム&スラムの録音。やはりこの録音がどの録音よりも好きですな。すべてがかっこいい。奇跡のような録音。ちなみに同じ日に2回録音されており、テイク2は少しテンポがゆっくり。
Milt Herth Quartet (NYC. April 28, 1938)
Milt Herth (Organ); Willie Smith (Piano); Teddy Bunn (Guitar, Vocal); O’Neil Spencer (Drums, Vocal)
フラット・フット・フルージーはヒットして多くの録音がなされたんだけどこれもその一つ。初期のオルガン・ジャズ。ミルト・ハースの実験的な録音なんだけど、これはこれでジャイヴ感の強い怪しさがあって素晴らしい。
Slim and Slam (New York, July 7, 1938)
Slim Gaillard (Vocal, Guitar, Vibraphone); Slam Stewart (Vocal, Bass); Sam Allen (Piano); Pompey "Guts" Dobson (Drums)
ラジオの実況録音。ライブならではの臨場感がある。が、それより驚くのは安定感。おそらく何百回と演奏をしてきたのだろう。素晴らしい。
Fats Waller and His Continental Rhythm (London, England, August 21, 1938)
Fats Waller (Piano, Vocal); Dave Wilkins (Trumpet); George Chisholm (Trombone); Alfie Kahn (Clarinet, Tenor Saxophone); Alan Ferguson (Guitar); Len Harrison (Bass); Harry Schneider (Drums)
ファッツ・ウォーラーのロンドン録音。これも1938年の録音。レギュラーのバンドではないが、それでもファッツ・ウォーラーがグイグイと引っ張っている。こういった曲とファッツ・ウォーラーの相性のよさに驚く。
Slim Gaillard And His Orchestra (Los Angeles, California, December, 1945)
Slim Gaillard (Guitar, Vocal); Charlie Parker (Alto Saxophone); Dizzy Gillespie (Trumpet); Jack McVea (Tenor Saxophone); Dodo Marmarosa (Piano); Tiny "Bam" Brown (Bass); Zutty Singleton (Drums)
1945年の録音。スリム・ゲイラードが絶賛するバン・ブラウンとの録音。参加メンバーもその後のジャズを作り上げたメンバーたちが参加。やはりチャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーは別格だなあと思う。
Hot Swing Sextet (Bordeaux, France, Released in 2015)
Thibaud Bonté (Trumpet); Jérôme Gatius (Clarinet); Erwann Muller (Guitar); Ludovic Langlade (Guitar); Franck Richard (Bass); Jericho Ballan (Drums)
フランスのトラッドジャズバンドの録音。オリジナルのメロディを付け加えた楽しい録音。これもよく聴く。素晴らしい。
参考文献
吾妻光良. (2023). 『新装版 ブルース飲むバカ 歌うバカ』東京: トゥーヴァージンズ.
Gaillard, Slim (1946). Slim Gaillard's Vout O Reenee Dictionary. Hollywood: Atomic Record.
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