借題/入水物語
汗もちてくもれる窓水滴に緋衣草燃えながらにもイエスを愛す
セルビア飄々として掠め取りて青年麦色の髭をたくはへ
国境線歩哨は昼にたちぬれて金合歓の影引きて映りぬ
子午線に陰日向差す地球のうへなほ人類はひしめき夕暮れ
ハンガリー狂詩曲掛かるフラメンコ教室にて日章旗萎れつつ靡かず
あさもよし凶行におよぶまで浅葱色の襯衣の袖投ず爆弾
死海零年人力時計を回しつつ鳩舎うつほにして父帰る
薔薇植えて浅ましきかな庭園に税収吏来る午后へ日時計
潜水服がらすのおもて流れゆく蝋梅と海百合きぬずれつ
市長服役して鰐泳ぐ浴槽へ石榴の木襤褸と立ち尽くし
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光のどけき燻製卵をあおむけてまづ死在りそのくゆる糸杉
楢の花枝垂るる袖の佐保川の入水物語へ兄妹ありき
女工哀歌くりかへし聴く日本のまづしき港湾進水式は
アントナンアルトー宣へり 不快なる器官瘢痕として臍
結紮の青紫に膨れつつ杜若腐る つぎつぎにはつなつ
微温のみづ手を浸しさしさはりなき厩に産褥の汗雫せり、母子
既皆処刑 偽金造に耽る十二人奇跡のごとく立ち消えむかな
謝肉祭の町石窯燃えくれつつも疫病足音もなく迫り 焼場
時計屋に回りながらも澪標のごと十字架立てり およそ沖迄
若干の死者報復に運ばるるガザ地区にて浮腫みゐる給水塔
*
岩の上蒔かるる種の根のいづこペンテコステに入りぬ影、影
神はわがやぐら共和国憲章燃えほろびるまで市民を愛す
テニスコート跳ねる宣誓黄変の夏ざかりにそりかへる孔雀草
水無月にあらむこと 聖体麺麭を別け罪をひとしくあたへる偽神父
死なざらむ余興の花の名残とて残茱萸のひとつふたつともれり
楢山節考十五のわれを捨てぬ時同じく身罷れる軍装のゆめ
皇帝生誕記念硬貨に錆差してはりつけなりぬ毛氈窪み
ボナパルトが馬、祐宮が馬 記念鋳造さるクレタの牡牛
煉獄篇注文ためらふつかのまを猟犬の遠吠ゆる夕刻
鼻血著しき青年ふたりさきだちて彼奴が殴りし彼奴を咎めむ