分裂

 
父既に雨季を過ぎたり驟驟と馬いななきし木馬館にて

終日啼けるカナリア廃兵院に乾きて篭積む脱衣の嚢 

「収容所の自由」展の観衆の健康なる日曜、洗濯槽に回転す 服

人間の未來の映寫機より類人猿の最敬礼受けて われ

遊戯場より卓球の球、眼底出血拡がれる視野の光点

放射線室へ紫陽花色の闇出でし鐡格子のなかなる明月

死者の死、劇の劇、言葉の言葉 俳優を甦らしむ方法は?

動物園にて叡智の牝牛の柩なる塔過ぎしにあかるきはプール 

空虚なる男 エスカレーターに列ぶ口ひらくへ満たず

精神症例のひとつ見 オイゲン・ブロイラーの死者達へ創るは、
 
 
労働者 停留所へと牛肉色の椅子の車列ぶとも 

五月精神病院の壁にテレビありて茜差す旗消たる   

画の掛かる診察室 医師、看護師、椅子、肘掛、机

骨抜かれたる鰊、洗礼槽の後に白々と粉吹くその身の肉

病衣より点滴管へつづく左腕静脈叢半身 針刺す嚢

右は西、左は東 挿画の放埓なりき嬰児の踵曲がら、ず

口髭たくはへし医師 診察服の色に乾きゐる殺菌室

南米地図へ靑き茘枝の実を置きて保健師粘土色なす指を 

父ゆ無限に遠ざかりあれ寂寞の室に孔雀紅梅図褪せそめり

晦、遅雪深く光差す実験棟に孵卵器のしろがらす
 
 
朔日 嗄れて市の老婆は百合売り累卵ことごとく腐敗す 

日本の忌汗をしたたらす馬の腹へ身孕る死児は産ましめらるなし

産科閉院の後も口のごとき看板葬らるるなく旧り吊らる、空く

今識れず堕胎のははは哀しみの日本血液銀行へ佇つ

銀行入出窓口にて一名の端末へ數字なすみづからの価

母の日恩寵公園にて遊ぶ家鴨の側へ牡丹の手拭落とし沈める 

歳経て百歳なす脳に鶴の折紙手順を忘れず母らは

自衛官なる嫡男の産まれしもただちに死する 海外旅行

王室式の戴冠式典に倣ひ即位せるに日本の家族は 

夭折家系の嫡子生き延ぶるへ折鶴千羽憎しみのうつは
 
 


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