新古典
いかなる毒に涜されゐしか桔梗文七宝釉瓶にはうすき藍
木賊銀砂蒔きつつおもふには死の明るめるあかつきを憂はず
玲隴の隴と耄碌の間 垂雉尾のゆかなむは枯野色なすへ離れ
精霊蟷螂のそびらへ浮ぶ花の音たてるを聞きのがしもす耳
雑然たりロビー両靴脱がざりし煙へ外套吊りの曲りつ釘
審問にひららぐ耳翼秋蝶の翅ひらく累たりしへと散りぬ
凍蝶図譜へ花鍵二本置きゆきしあにおとうとの袂入る西雪
突如家中へうちとどろきぬ交響樂第四番「革命」へ水鶏鳴く
頗る健康にして挨拶にほほゑみ交はす獅子身中飼へる鉤虫
艫頂へとかたぶみの足八艘飛びにこざかしき美-靑少年に箙あらず
烈風のなかの椅子 さへ昨年の雹消ぬるまで混声合唱の襟頸へ
拳銃自殺へゆがめる室内熟るる檸檬の膚色へ燈りおりきカンテラ
舌苔さしのぞきし医師ステンレスの箆もて喉奥へ見き ロカイユ
牡丹図譜しろくもぬける天穹の雲居漏れいづる光芒のすぢなす
唱歌うちくらやみへこもるとき薔薇園主人三代薨去爾後
蓬莱苑支那蕎麦五百円後千円せりあがる鶏卵十二個価格
閑吟集序ににほふかにほはずかの梅たてり おそらくは北むきて
春琴楼事件はあらねども嶮し。兵衛と近衛をしたがへき車留めに
鐡線花雁字搦めにゆかしくもみづから縛りしむ 散らさなむ
兵児帯に引きづられ立鏡立つ撫肩なりしそのをとこたれなるや
ルネサンス自動車展がたがたの桧皮色の馬篭の引車
観菊図婦人二人ひるがほのごと帽被り御簾ゆ覗きぬ
車輪草へうづもれ芒灰銀のすぢひきしきりぎりすがつと止む
暴走族長某氏革ジャケツの袖へびつしりと栴檀紋刺青せり
にほはば梅の古木に一抹の砂銀蒔きあらぬかはなも
ぬばたまの烏瓜熟るる新古典主義展へつづく雨垂
直垂へ鎌倉寺の砂寄するものうれふることもなきに西行
坂東武者さびてをとこなきす蛮勇のわかものの袖へ縮緬
真言宗総本山仁和寺に御室の櫻焼討ちせり。青年
若紅葉鴻図へ花筏寄せこの春のかなしみをいかにかはせむ
弑し遂するにしも五・六人新潟県柿崎二級河川
日報訃報欄へ柳絮聯綿たりぬ嘘に揉まるる世とは
夢前川掛れる橋のひとつに藻屑なしぬ中宮に文一文章
斑鳩寺へ天子ありし。まづ夢殿へ入りて後ゆがめる鐸鐘
法隆寺縁起に仏炎苞たてて童子にあざなありしも橘
仁和寺すぎゆきしころほひを柿の花うるみ雌雄星いづれかの種子
多聞天花の冑にまぎれをりし金堂の門より離れ僧都あり
中世東洋の血なまぐさき耳 明るめるいとみみずなしそよぎぬ
南蛮鐡の冑、地球儀、方位磁針 くれなゐのひかり差す天守へ
聖母子図渡来せるは唐西方ならず船、羅針盤に世界図ありし
早苗饗の出雲楯縫郡より美しき防人さびをとこたつ
吾亦紅呼名衣比須弥夷男にさかしらかみの妻籠の途
なまよみの甲斐に懸崖の菊活けて渓間渡れる雁図の雁は
世間はちろりに過ぐるともわかき月代の上へ鬱金の闇
金泥は涅槃西風へひらくなくともなかり佛葛の花蘂
合戦図にとりもなほさず鐡笠を蒙る歩の駒ならべて水際
日本書史へふかき憂ひの白荻の葎にひそむしかばねいくさ
揚雲雀うちそこねたる官軍の今自衛軍がやけに明るし
朗らかに習志野演習場へ緑すみわたる軍、こそおぞまし
誰がためにも死なず 況してや指揮長の明朗調「海征かば」