選民ならず
千年もむかしの戀ぞこひわたる業平の墓秋の末の七草
詩歌歌はば捨てむ牀上へ熟るる鐡漿の烏瓜 天球を受く
めづらしきはなしらいとを垂らしめて六曜に友引ありしもたちぬ
鳥辺野へかばねもとめ來し乞丐のかつてせせらぎむかふへ離れて
六波羅蜜寺阿弥陀堂へと垂る蜘蛛の巣の網に救世とは
黑赤の膚耀耀たる十一面観音御手にはしろき葛の花もて
萌葱色の兵帽被るわかものの國之爲之殉死 十四時
十五時 水底へ教会の鐘響く頃わが分身は死せるか
天球の黄道線をひとめぐりせし列車へ帽忘れきたりし
聖母観音図へ歓喜天おとづれき厩戸にめぐみの御徴もつて
死ののちを明るめる音樂のあらば聖母像へひとすぢの血
乳の色なす膚へ赤き鳩の影数多落ちをりし夕鞦韆
椅子の死は光電燈へてらされ地平線へと一本の百合
牝牛懐胎 純潔ならでは刺繍絹へと白き蜘蛛巣のたちぬ細脚
少年少女合唱團へ混声の伽藍縷々とも 染まらざるは何
鐘響かふ塋域へつれだちて處女と青年標本石なりしは佇つも
法悦の中なる光坩堝へと暗闇の少年は両肩に翼撓めし
復活のよろこばしきこと憎しみは約翰の見離く一樹の靑梨
基督の父とは神かユピテルに嫡男ありし絡繰の仔らは
煉獄と地獄へ到る一場の三幕劇幕間へと十二人
降誕祭画の仔とは誰 夢の外へ議論せる単純機械十二個
花嫁の名「運命」糸繰車つりて双子は憎しみあへるも
ヨハネス・フェルメール忌 窓外に開く手紙へ鳩群のそよそよ
鐡道線へみちひく處女修道の衣へ黑き鴉色の指もてり
大鴉は白き支配へ止まりぬ降灰の部屋へ一盈砂 時計
十二時 神の奇跡へ開きける天堂の門七巡の機械家
世界設計者とは誰 純粋の幾何學構造即ち文字なり
文明終末ならむ汀へと鐵骨の骨蝕まれて建てる塔
耶蘇死して後神死すも全的堕落より無辜を率ゐきに
永遠の後へ暗闇ひろごるも法悦とは彌撒曲集のスコアか
児童公園砂のなきがら佇みし聖霊は諸翼六弁収めをり
活版印刷機関室の水滴へ星霜ちりぬる鍵文字の部屋
聖母観音図へ双子さへぎりをてのひらを翳しをりははは
花鍵をつかみいと早き死を願ふ牧夫ありし。薔薇窓の閨
長崎忌八月なる天主堂へ去りぎはに縷縷囀るはたれ
厳密時計は望楼塔へ架かりをり洪水の日を報せ打て鐘
自殉とは華燭の蜘蛛手 蝋燭のひともと消ぬも燈は残らざる
鐡道線路擱きさらされし水晶の河へだててを十二星座図
天球の外に居眠れるみどりごへ雛鳥啼きぬ、鳥籠の一室
目瞑らばくらやみへ水際発ちぬ白鳥のこゑすも絶ゑき
憂愁の窓居へきたれ百蝶譜その天心渦巻きて炎せるも
緋の襟へ堕ちしは淡雪靑年の堕落は壁ひるがほつたふ
悪夢より醒めで砂の薔薇の骨朽ちえず精神の純粋 理性とは
舞踏病わずらへる姉妹の名のかたへは靑薔薇へとひそみゐて
皇后妃断頭臺へ來たれ天使そのいただきへ金雀枝の花もて
鳩一羽撃落したる猟銃へ豌豆蔓草草花文そしがらみ
影像へ手紙届きぬ窓枠の黑十字なす格子の外へ木々
闇の聖母像かひなへたぐる靑百合の静謐ならむ立柩のごと
不死と死の双子別れて靑梨の花園に福音記者となりなむ
基督の死を救はざり約翰黙示録終章へ至るは殉教者約三万