秋思図譜
秋驟雨たばしりて渦巻く溝へみどりごの凝らむや朽枝たたふ
うつくしき僧ひとり眉墨落し満円月へ手のごとさやぐ梢に
金春流謡曲集序雁羽毛蒲団展開催三越屋五階特別會場
しびるるばかりも悪童一人二輪車の護謨環の下へ轢ける豹柄
氷室炎舞図立てて天蛾しろき翅灼け焦がる 酷薄なりき火明
絶縁へ郵便書簡をしたためつ不意に止む 差し入るは弓張月
鳴鏑に肖すかすかなる蜂巣庇へ泳ぎつつありし堺市
稲藁の莚にして枯草色の渦へと半跏坐像寂滅すころほひ
蚊遣り火へ煙る室内樂弦楽四重奏すさまじく篭れり
蟋蟀と邯鄲こゑす昔より幾歳経しや秋しらねども
シャルトルはつゆしらざれど眞處女が緋色の鴨の卵落したり
絶唱に喘ぐは青年合唱団のみならず いちぢくをたがへずに折れ!
巴里祭のはて甦るマリア・アントワンヌ皇后妃みづからの後ろ髪提げ
祝祭日にあらうことかブリューゲル「塔」へ差し入る緋霰
嵯峨なせるへふりまがふ羹凝り今日釣果漁夫一人牧夫一人
甍踏む鳶の眞をとこ長梯子へと曲り足ひつかけて 転落をせ ず
誠とは袖衣のうらなるに刺傷披露宴の新郎のあばらぼね
詐欺師求人 統計室へ市場地図かかりておとづれし市長夫人
富嶽図に車停めありし 日出より天子を貸しいだしてしまつた
富嶽三十六景見遂せず死ぬる東海道中膝栗毛に女衒あらず
なづきへと刺客二三人程うかべるをその後の憤死よろこび聞かぬ
立花六花まみれなる銀塩寫眞より三平米先 堰が決壊
棋王差す朝日から西日までを眠りごちて愕と覚めり石庭に霜
枯山水。しりへに立てるミケルアンジェロのダヴィデ嗜虐たる目はしろし
始末遂げて打水に遣る護謨寒し漁夫一人の眞水そそぐ市
絶唱と絶歌にたがひもあらば少年A今消息不明壮年A某 も
歌殺めり 天敵幾人ほどの頸括り捨てむにふさはし 焚かむ
伊藤若冲白象の耳朶円きへ都市模型手に守護聖人ほほゑみし
菜図譜に白根の鬚繊細なりき 蟠る侯爵公のよこがほ
ルネサンスの明るめる宵戸黎明までを零れいづる菜虫図の天道虫
美作眞庭郡にうつくしき馬はあらぬか白妙の飼葉
海抜二十メートル地下昇降機赤金の欄干へ通りぬ吊鋼
おそろしく眦細き白衣観音の画に薄き木蓮のけずりつかすは
パレード開催伊勢丹屋上鼓笛隊行進曲チア・ダンス隊絶叫
コンサート・ホール金管臓腑へふいごなす両の肺納めて気息
鬱血の頬膨らませ錻力の喇叭吹きはいづこへとゆかなむや
懐中時計展天文館へひらかれり錫婚につめたき夫妻の靴ずれて
斑鳩町物語へ仏閣ありて松脂色の干柿吊りし
石山寺縁起絵巻に白馬ありぬ アレいづこの白波
如意輪 観音像へと六臂のゆびは物憂ふ秋の白荻置きし
乾坤の戀こそまさらば婆娑羅振見離く男郎ゆ兵衛までへ 差
左官屋は錘鉛天井ゆ垂らす床上面積十畳一間
金輪際彼奴こそを駆落とさむに柑色の秋月が明るすぎる
水無瀬川袂に入りて秋思すはゆふやみの辺にこそありしかばね
後鳥羽院御集どさりと置き青年耳木菟のごと鋭かり鼻梁
大晦の紛失物を元旦の交番でエウレカしてしまつた
寒雀椿図譜へと混雑す美術館學芸員に袖章の緋
鐡瓶へ南蛮人の襟巻のひるがほのはなさびて密集す
中世日本残酷物語に弱法師の花、乞丐の細き骨ありしに
骨壺へ塩の花きぬぎぬののち文にあり「尼寺へはゆかず」