役人の死
母系家族へ早逝の枝延ぶきずまみれの火の楓水中へ没す
母の幼児空襲の絵をクレパスもて塗潰す家庭健康週間 平和
少年の咽喉の襟布へ血はかすれ百合もとめしてのひらに創受く
日本犬へ首環箍ねし少年造る小さき家、大き西洋の家庭
教養書全集悩める少年の壁へ乾きて手に智慧とざせ
靑年急成長すのち花式図の萼の緑へ肖る襟衣着たり
教育の友の會よりは愛、主婦の友よりは社報の届く 郵便
成人會式場の式服の靑年を覆へるごとし日の丸 市長
日本の寫眞展より向ふ都庁舎のビル、エレベーターの昇降口は
都庁舎へ仕事なす頭の見おろせる硝子へだてて墜落死ある
画家二名ひとつの旗へゆがみ各の顏に鏡向く記念日 鴉
火事逃れきたる靑年灰白の指へ梨色の預金通帳をたづさへて
選ばれしめられざりし人事案細断機へほほゑみし事務員に光
「社會の會社」一覧に目は耀きし靑年、悉く希望はならず
印鑑の朱肉の名捺さるる書類へと目、凶器のごとシャープ・ペンシル
人間の流行 エスカレーターは都庁にもあり皆吊る自の影
咽輪なす襟紙に締められてチアノーゼなす菫石鹸販売員の服
トイレへ洗面鏡並び手を拭ふ人間あり――吐瀉はせず
終業のベル鳴り今日の仕事は腐敗せり、人事窓口にも椅子
上昇しゆくエレベーターに吊らる電球へ泛び蒼褪めし顏
灼けて摩天楼そびゆる西日の洗礼へ出口開くともみな死せる
ソドムの秋へ鹽を購ふその身躯いづくへと泛べる諸腕を
鈍行列車は緩やかに死に沿ふ窓へ日沐みし髪のすぢ垂らし
靑年の恢復せず清めらるる病衣へ染み、日本の長き平和へ
國の歌くちづさみゐし母の忌に健康なりし體操の列
家族の日にきこゆる精神の成長へ洗礼なす日曜の宣教師
「西洋の東洋」展へヴィンセント・ヴァン・ゴッホの向日葵 旱
耳切の麵麭頬張りし労働者ただちに仕事にかへる、庭園
労働に長あらはるるとも一枚の剃刀中てし卵黄破れて
長の死しては代はる箱庭の主、水底へ鐘沈めをりし音
まなこへと剃刀あてて鏡見るともかなはざるみづからの死
石鹸溶けゐつつあらむ浴槽の閉室――かつてほろびしみなもほろびむ
鏖殺のはつなつをあせばめる緑の透かしある税収紙の數字
ゆめ資するべからず杞憂の細窓へ音樂鼓笛の錻力の玩具
たれかの忌ならざれば過越の日本の日曜の薔薇園に きみ
ヒトラーの薔薇の印章発展の都市計画もろともに 渦なす
細指へ馘するは頸太き靑年のネクタイ 榮ののちに亡びぬ
優生學ふかまりけりな人材は朗朗たり健全に選ばるる祝ひ
医學校の競技場へとまばらなす蹴球選手の膝折りし 聲
「日本の戰後」展の家庭へ差すは隅隅まで自然光のなかに
五月収容施設へさへづる卵色のひなどり群孵るもやすき
ひとひとり殺めて労働祭の季節終はる、嘘のための嘘は
役人の死 鬱血の吊革のてのひらへ惡漢小説はひらかれて
判事公判室出でていづこの藪蛇の蛇明らかなるを炙り
百の遁辞迸らせるも出口なき法廷警備員は門鎖すひとりへ
死へ到る獄舎へつづく長廊下の各各の聲狂ひきつたる
掃除夫の電氣清掃機へ集む塵のごとくうつくしききみらは
日本の日本、隣人の隣家埋めておそろしくふふらむ日の旗
死を忘るならず天國の煙突は家畜へとひらかるるなき壁
郵便夫は鮮紅色なす印鑑へ捺すみづからのかばねの字を