城の裁判――フランツ・カフカ借題――
雑念へきのふわすれて水蜜桃とけし實の種あらずては洞
颯然風 李下に衿中を正したり蘇芳袴の宦官ふたり
幾星霜経たるとも仇彼奴が花樗三分咲きの新緑
彌栄三唱ののち列車へと叫びし若者征く帝政のいくさ
有耶無耶にフランツ・カフカ城楼へつづく道エディプスと父
宿命と思ふ宿居せしをとめごのひらくエウローペー全史、跋
侯爵はいづこへ 突如頬を殴つ薔薇束シャンソン歌集とありき
忠魂碑ふれずにありし緋の霙膚へずぶぬれなりしか石塔
約束はいついつ來る測量の巻尺の目盛刻みぬはこの世
世の他へ逃るすべなしおぼろなる名はヨセフ、柩編むなり
茫然とかかりゐる月光の樒 花散里へいかにゆかむか
栴檀の木末に立ちぬは大人國、侏儒國の口なしし覗孔
鍵穴越しの対話せるは市民と市長腹心の筈なり。筈なるとはなにか
憤懣の余りて納戸うちこはす家具修繕工のもののさしがね
マザー・グースを読み遊びゐし女童のそしらぬ処巡りぬ木星
女王蟻懐妊ののちふかぶかし巣穴へ正六面体の砂糖固かり
天文学者人動説を説けど恒星天のもとへ緻密機構、天使
巧緻機械託宣すひとびとの世は第二の機関なり 第一の機関は
信仰の家へと帰れ汝二級葡萄酒をみづにうすめて杯へ
資本主義とは盲目の蛇渦なせるみづへ洗礼名を著したり
城受付郵便口へ落したりし戸籍謄本の數、數 村民ら
「郵便的不安たちβ」αヤコブ祭壇堂へととどけらる、誰が手そ
救貧院修道婦人長ア・マリア史は麺麭の酵母へしのばする蠅
やはらかな緘口令す妹の名ローゼてふ、衣服の酷き
マダム婦人會會員ら鉤十字肩章をみなつけり、二十一世紀
労働機関郵便脚夫のきはめて電気的なるこゑひびく午後
裁判状とどきてヨセフ銀の杯偸みしことなど知らざるに 訴ふ
城下裁判所前なしくづしにひとりうちなづむへ開廷 の呼鈴
陪審員口をそろへて村民の富かすめたりしものを決むる 籤
逃れよヨセフ有罪判決くださるる城の門のうちせはしき闇す