たまかぎる
秋風嶺世のいざこざは別にして耀ひぬ峠越ゆかりがね靑く
気象臺旧測候所一里よりはなれ観測球うかべてしろき
妙見寺あちらこちらへ建ちをりて眼科院へと入るをとめら
聖ルチア救貧院に半熟卵微小裂開す黄はしたたり
欧州旅行豪華客船一周す日向灘の沖つかたへはしる溝
貴船宮へヴェネツィア産珊瑚石あるあらずかは 総領に訊け
歪眞珠を愛しみをりたり叔母の白木の箱へ納むはぬばたま
好好爺然とす翁水兵なりしゆゑきびし、時正しきに起き、
零歳児の旋毛へ憎しみむくごとし向日葵園園丁にも背の丈
透明蝙蝠傘折畳みひとの世へ隠るる黑衣の青年の袖ひてて
うつりぎはきまぐれゆゑに花空木の八十隅に散りつくす 万が一へ
雉図へ留車雪つもらしめ出奔の年を天正十三年十一月
亭主関白などいふ眼鏡屋のあるじに女狐のごとするどき鼻尖
紅梅鶯図に支離滅裂と光耀くいただきへ鴨居の欄間
碾茶箱百薬棚九十九折の薬種店奥へ奄奄とつづきて
摂関の宮へわざとらしく後光差す梅が枝もしたたりき斎庭へ
白露とはつゆもしらざる秋草へ湛ふる七条なす文章
世は秋か夏かわかたずも戦争は近衛兵の駒肩をそぼつ
深宵へ入りそめ秋の七星天道虫の冑は窕たり虫闇の荻
かつて合戦場なりき芭の草の歯朶文の袷著てはをみな
緩徐調へ枯野照りつつピアノ調律師そびらに水明旅館
六甲峰再度山へふりさけし僧都の袖へ追はる蛇あり
童子法蓮華図にてのひらを攀ぢりて一沙門驚けり 明星は
虚空蔵菩薩とびいりて口輝へり覚悟とはよくもいふかな
御厨人窟へふたたびも入るごとく暁の水仙図へ霞、摺足
空海上人渡海難波津遭難の嵐の沖つかたへと抛らるに
永貞元年二月長安西明寺空海のそらみつ耶摩天へ
灌頂みづをいただきて今し世のなべて臨むは侘助の花
帰国せる青年ピアニスト脇へと忘れられたる調べ 樂譜もて
高野山奥之院御廟へと橋かかりよびとめられきたが遣ひかは
晩夏もどる 白枯れしあぢさゐいとど弱法師さびてしがらむ
鐡面皮剥ぎてやりたし襯衣のうへ金蚊もどきに釦の襟は
群鶴雪景図うしろで伸ぶる備前へと荘園の松がいやにたくまし
國分尼寺跡地あれをり芒野へ眉うつくしき尼僧のあらず
歌枕写本を敷きて文机に寝やりゐる秋スペイン広場
騎兵幾人かを討ちしとぞ 絵詞へ矢継早なる蒙古びと
長命寺御厨橋へ青葉なす一縷の紅葉はや枯れてゐき
一両のみ除雪車輛の黒き稜線をかすめて冬蝶の翅四つ
信用金庫より窮乏につと洩るるあの歌の鍵がみあたらない
塩滲む若干の鱒食める鶺鴒差しのもののふは画面に
玉砕の玉ならずダリに卵ありしも名はサルバドール姓は博士
雑歌草せむとし止む枯庭へみづふりしきる雨月がみだる
琴線に触るるものならふれてみよ断ちし琴瑟かかふ樂人
綾羅なり袖振りさけて矜羯羅のしりえざるべきなにかはあらむ
降る霜へてゆびかぞへるなきがらの枯草にうづもれ戰ありき
舌鋒は青年に鋭かりしを未來派美術展今の今もきのふ
靑桃の園へかはかす麻衣の裾はや黑褪めき、父さへあらず
アウシュビッツ忘れねば今朝の旭日旗押入奥に敷布たらむ
くづれほろろぐ麻布ふるきに軍帽をかくせるはいつかしらのわれ
原子心炉のろはれありぬ日本國へふつて沸く極右のこころ さへ