Antares駅にて,

 
斑鳩はいづこの寺そ回向代十五枚の銀紗袋よりおとしき

佛華へ座すは霜月の童子の萌黄色の被衣 かりがねはきたるか

白梅図弓手に來たるわかもののわれのみは老いまいぞ老いまいぞ

木版刷犀図屏風へ甲冑のもののふの脚後ずさりつつ

憂國のたかが國賊 ふと庭裏の櫻若葉のみどりなす闇

紅殻町に地図あらざるか南蛮國しらざれどなつかしき西鳥

造幣局長林檎の実をたたきおとすへ曰「われ仮説を創らず」

渦動説へ泛べる酪乳の泡、膏なすただよへる矮星地球に

客観的科学の緻密実験へくりかへさるる法則を「眞実」てふか

実‐現実を構想したり千万の自然科学者 もろきは城閣
 
 
薔薇小禽図うねりそよぎし靑年の整髪油のまへがみへかかるすぢ

詩歌縹緲たらざるときをたましひの逸る 枯野たつ狐の手套

車掌服黑かりし袖へ高瀬貝の円釦つきぬ彫りいだされて

秋芒たまゆらなびき砂銀散る鳥辺野町へはいかにゆくのか

石材店主展墓迷宮図へしたたりぬ白砂の時くびれがらすは測り

軽皇子はをらずかうつほぶね紀伊の國へうちよする女浪図

こゑきこゆ水の泡よるしほさゐへあるいは死の都そありなむ

石塔婆くづれて枯野列車へと喪服のをみなひしめきしかな

鐡道網見えずなりけむ終列車尾を長々しくも引きし、中天

天蓋へ黄道と乳の河ながるへ朝鐘三度ひびきをりしかを訊け
 
 
いくばくかのいのちながらふ金砂しづむ秋の近江へいつしら果てむ

犬上郡多賀町へをとこをみなを戸に遮りをりき、夫問ひ

仏ヶ後、保月、屏風、敏満寺、四手、霜ヶ原、後谷、藤瀬

鈴鹿山散る秋紅葉くれなゐの女童の背負鞄す

山の辺のかかるかりがね死水の井をたたむ淀君、太閤

世をへだてて君そ越えなむ越えられず八重にめぐらむ逢坂の関

天守閣炎上す くいと白刃著きて喉許へ中つほそくびのおうな

入水せる二羽の鳰うちくびならべ常ならずして浮巣なり 世は

列車乗降口へ顏見えずいつしかの精霊二名乗りあはすなる

浄土穢土を過ぎゆきしころ三月十日 蠍の心臓 へ到りて
 
 
東京空襲いふもたやすき三月の雪が窓居へはりつきすぎる

大焼殺の刷字おそろし三晩経てをなきがらうづむ校舎の櫻

日本橋空襲之図 かばねのあぶらまじはりうかぶみづのおもてに

浅草廃墟へ垂直にふりたり焼夷弾の胴 逃げまどふ

早咲の櫻はなひら焼夷油の跳ぬ ひとの躯なればなほ

警報塔もろともくづれひと炎に包まれてサイレンの音のなか

一夜にて黑き焼跡たたなづく町屋へ組骨あばらのほねあらはす

十一万五千體の喉仏の骨ふるへたり 埋もれし櫻八重に敷き

春とは死者のかへるころほひ すべからくは寺院鐘鳴らすをしらせる

鐘楼の二聯建てるへかりがねのごと空の列車へ乗り入りきひとごゑ
 
 
冬河にながされてしまふ身命のなまへは夜のふたご星

日みづから焼き尽くし墜つ命運にかけがへのあるものならば

さやうなら、花の弟 かへらずは銀漢ゆはるかなりしゆくすゑ 

星月夜のぐるりを渦なしぬをあはひと呼ぶ 有機的交流電球

水銀燈のまたたきし宵の公園、砂場のをさなごへ記憶あり

創かは主神は 花薗を追はれたる始りの女男へも臍あらむ

主神のもしわれがごとにもありたれば脇傷をもて創りたる 世

永訣のふたごは死と不死の柘榴いだきていづ、燭臺をもて

解れたるともしびの町翳るたびひとつひとつの燈のうつくしき

身命のふるき寝台やすらげる明星こそはをかへふりなむ
 

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