元素・「火」Ⅱ
跪く婦人、黒竜うやうやしくも伺ふ有翼指揮長の腕
婦人は交歓、紳士は地上俯瞰図を掲げり。扉挟み空椅子の部屋
蝙蝠の婦人介添人ふたりは腐刻凹版へ触れなむとす 後ずされ
薬指一本の環よこしまに蘖の幹 画の中の画の外へとムッシュ
水の廊下へ夫妻佇つ贈答の封受取りて 侍従は
足に蝙蝠の屍 侍従と主人いれかはるごとを夫人は含む
腐刻版の上佇つ主人俯ききへ蛇竜の環泛びとらへり
驚きて有翼夫人鏡臺のうへの燭臺の灯肩越しに見 朝
自然光照らす室内の主人背に竜の翼遂に生ゆる 接吻
燃え落ちぬ部屋ゆ遁れよ!夫妻竜となりぬ瞬間美しく
へだてて屏風画妖精アムールの誕生闇の夫妻肖像まへ
雉鳩紳士椅子ゆ立ちあがりて調書記録官よりわたさる扉
昏睡の主人仰向けの頭の凭る彫像臺に背きウェヌス
燭臺の枝わかれ荘厳宮殿に焔門隠しなみうつ煙
凶弾に斃れし主人そそのかし悲痛婦人の指の中 種
なぐさみあへり未亡人、黒婦人俯ける下に白竜の置物
穿山甲 鱗の竜の攀ぢ登る老婦人の貌ひたむきに 相談
姿見を後ろ不在の椅子の許腐刻凸版あらは 鞭打つ者
木の鞭は耳飾りの絵を殴ち競技服の主人、婦人ともに見き凸版画
寝台に裸婦 女侍従呼び覚ます食事をたづさへ来たり 煙の窓
蝶綴ぢし硝子の円 悲嘆に暮るる主人にアムール失せ阿れる新婦人
侍従蛇屏風へだて新しき妾迎へき黒紳士服に濃き髭
型録苛立ちめくる正妻の椅子後ろへ愛す情事 燈楼
第三場 細君の詰問後ずさる夫君背に大窓の射光負ふ
使用人給仕蛇に巻かれて滅ぶ妾とノアの分離図 運命
雌雄両性の天使長創造の地球片手に睨み室内へ佇ち
後手の蛇顎ひらく老主人遁れゆく扉閉ぢ建てり鏡台
侍従嗾けり夫人寝室ゆ追放す白髪のノア貌皆そむけ
正妻消ぬ寝室へ老主人、侍従、訪問客あらむ 奄奄として蛇
老商の佳く肥ゆる二十日鼠 酒肆賑ひ群衆囲ふ 窓
客一人翼ありて示しあはす酒棚の上はめころしの格子戸
市民決起翅脈の脈のうづまける応接間硝子シャーレに綴蝶
主犯不透明父長の死の床へ夫人 二十日鼠よ喚くな
牢獄・或は火葬臺の穴数名の市民おくられし督夫
黒聖母そむき遺骸布へすがる大宮殿の宙廊には蝙蝠
奔る馬脚、短銃の手、鬣の焔 錯綜す三幅絵が混乱
一枚襯衣の墜落はさみ翼夫人、老侍女は逃避行の旅支度
殺害現場、うやうやし侍従うち沈む寡婦項垂れて 後悔
侍従退場白き階段足許へ蛇ガラスの扉ひしめける骨
少年郵便夫へ翼振り向くに扉三度叩く 手紙
満月夜 裏戸ひらかれ翼竜の新主人訪づれきそむきぬ處女