「主は冥府へと」

  
目を傷むるとき眩き噴水像の裸婦、かどはかされきつがひの雄鶏

蝶蝶の翅脈四枚ふれあひぬ交合憎しみきは薔薇と王

音樂の嬰ひびくなり教会旋法に渦巻きぬ混声の女男 

キリエ 冥府降りぬいもうとゆ預からむ箱の鍵 エリシオン

水渠さざなみ寄するおとうとの肺炎病みき訪れり医は

死体折りかさなりき埋めをりきに加ゆる橄欖の苗も死なめ

平和ゆゑに看做しきは敵優生の母亡き薔薇園を憐れめ

外廊ゆ円庭へ抜くる聖靈のごと朝鶸色の風切羽

御靈串奉るとも靑き頬骨をつつみてしろし指の脂は

神宜聴きたりしもそを疑はず釘打たる棺の婿は 主神
  
  
こゑは低くかなしくすなり悼めよ御徴の御子へ棘冠止めき

花の鍵落してゑまふ妹の髪やはらかくも遺髪を孕み

人類の宵訪るる凋落の文明絶ゆるは突如 きのふは

花樒血を含みゐるくちびるへ充つ身罷りしはたれかれ

式服に花婿くらき頬寄せてちかふも神にわかたるるまでは

哀憐の何ぞ美し呻き終へ火葬には架けられざりし耶蘇

聖歌服胸戸へ響く哀悼の歌へうちきはまりて白百合

夜を祷りてしらうをの指汚すべき白彌撒と葡萄麺麭の晩餐

糧といへばたやすきはしからず焼き切る電球の白金の芯

係累磔刑に処す しづしづと從ひてを額仰向きき 汝とは
  
  
バッハ嫌ひ 蟻巣へ累卵の粒犇犇と赤き一匹のみが女王蟻

羽蟻弱弱しくありてもたかり林檎の実に芯朽ちき褐色 骨

緋色の洗礼盤さびて洗面器へ喀血す青年の肺結核にて痩せき

告解室出でざるまま洗礼家族別けへだて 無傷ならず末嗣

誰もがあやめたりしゆゑ洗ふ蝦の殻剥きけがれたる指の手 

白金婚は絶ゆ花婿に至り死後百年を祝ふも母はあらず

金環物語を読み聞かせをり車輪の下護謨とりかへる修繕工に

シラクサ 向かむ靴先より踵は修繕屋の裏打ちき革 旧し

晩祷以降抑圧の下水道脈へ流れまざりき、混血の髪は

婚礼へ麺麭屑の花ちぎりつつ踊り明かさば齢旧りぬまで
  
  
にせ議士へそぼふる花腐しの雨滴はりつきし偽花ひしめく 万歳

白き向日葵に剣の車輪揃ひふみあらされし曠野・呼ばふ

戦歿帳へと翰墨の色兆す黒焼かれたる白骨かつてを

猖獗と謂ふもなまぬるき河へ泛ぶ油そそぎて受難の園 マグダレナは

殉ずる神零れ已まじ一般恩寵に二十一万五千柱のいけにへ

平和記念公園 胸厚きわかものが唱ふ「一億の底力」錯誤す

燈臺に灯消つつあらむ造花のダリア編む兄妹へ兆さば 国家

滑りたる指を洗ふ捌きたる白魚へ背骨一柱脂にまみれ

水の魚は臓腑かかへる重たきに喘ぐことはなきか綿の疵噴き

火葬或は玉砕のちに 骨壺へとなりなむは兄弟の髪、言葉 
  
  
いづことはいはねど偽金合歓の花脈へと燈油撥ねつつしるし

曝心地模型へとひとつぶの種孕みをる実葡萄一個吐きすてき 汝

たれ聖母なる 塩盈てるうつは倒るイェリコの薔薇の骨のからまり 

アヴェ・マリア レコード盤皺嗄れて女声独唱ひびかふ 喪家

暗殺者 守護聖霊より福音は聞こゆるか 陽に歿せるは耶蘇か

寧ろ加害たるべし十日後の麺麭 黙示録を苦きみづへ浸しぬ

亡骸白き葉群に泛びゐつ膨れ上がりぬ 水腐しの日章旗

黒 戦争 白 平和 乾板写真にただれをりし市街区

聯祷の釣鐘の蝉小夜更けてあかときにしろきはねふるへる

遅蝉唇へ中つ晩夏へ聖母哀悼曲の半音階うちくだりき 混声 
  
  


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