幾時代
地球半身かげりうかびをり惑星図へ鳥瞰すは紅の童子
靑年の胸板ふかくふりこめし憂ひの冬は時雨れて候
残酷にも類のあらば 後遺なすシベリア抑留の指は
壕靑し向日葵の細頸いくすぢか垂れてひかなむ散花をしみこそする
身籠らしめしのち戰災孤児院廃院後兵舎建ちそむ詰襟へ雪
今今今かずかぎりなく殺むるはつたふ黑雨、止るは若葉
戰爭機関なりせる國の家家へ鈍角の庇つらなりし瞬間
熱風の中の机へきしみ溶けゆくミシン影日差へだて沸騰す
たたかひに征かずともあああ口中に漏れいづる占領のチョコレート
學生服服喪のときを緋霰は棺へ入りしかいらばつたへよ
ほとほとと手鞠撞きける身内へと走る燕子花くれなゐを夕受く
上臈杜鵑草黄のつりがねをうつ撞木のあらむ狂ひこそつめたし
紀三井寺霞たつ染井吉野のはなあらたしき死者迎へ重なりし
千手観音立像あまねく光背の臂金色堂へ死児かかふとも
羇旅慮りて衣笠をふかくかぶりき僧都ならざるへ降扇
日本橋高架橋。右京左京へとつづかなむ渋滞の車列へ 旱
東京都市開発すすみ錆鐡の焼夷弾空地よりいでたる
東京駅空襲へ焼け爛る時計ふたたびの常日闇を刻み、
横浜市赤煉瓦倉庫。あまりある國税を収め瀕すは戦禍
富國強兵昔今ににはかわきたつ民草、官軍とは名ばかりに
ふるものを舞扇の秋草絶ゑてしろかれたりし枯野ゆかむか
きりきり舞ひす厳冬にも七草あらば末まで霜密集す一葉
うちまかりとほりしゆゑに紅の鶴鶴図にありたれば頸打たむ
戰争犯罪者なるもの祀りし靖國大鳥居門なすへとつばき
英靈は敵 寧ろ救はれず毀たれし石墓へかかるは緋霙
葡萄唐草文藍染の袖つづられて等身の壺へ投ずるははな
六弦琴を楯となす暗室へひかり射し覗ける鍵孔へ
諸侯談話へよしなしごとと旋律す弦樂四重奏をかなしめ
さらばいにしへのはなたつとき葦のそよぎやまざる昨日へ
名残なれ片敷の室ふきいりしみぎりのつばさなす遅櫻