光炎投下、までは
なきがらの馬のたてがみそよぎゆき白峯へ瀧ふりしきるかな
崑崙図へと砂の麒麟画きたりつのぐめるひとり藍靑の帝釈
麒麟草卵黄の色ゆるしがたくありき十二使徒散り散りて刑吏へ
他界へはいかに乗り継げるのか 浦上天主堂薔薇窓へ熱風
市長などゆめしらず市街模型へ萌黄なす守護聖人の卵
烏瓜へほそゆびもつて智天使の垂髪のすぢしたたれるかな
音樂の魔をつれだちき四季の鳥ヴィオロンの絃軋るかりがね
警備員は紺の襟へと凍蝶をひそめゐたり。その後髪へと鐡条
八尋なせる広間へとミロ出自ヴィーナスは日陰模しをりし
いたらずは死なしめむ歌千首草ずまで聖靈の行みな反故
なんでふ歌へ執しをりしか曇日のもとの山茶花の末枯れそめて
ボッティチェリ「春」の下へ羅の靑年あかりもて林檎園焼き畳ぬ
西洋に天使ありしへ寓意画のなかへひとりは総身に矢を受く
報ひは恩寵ならざりし薔薇色のみぞおちに槍あてし陸上選手
オリンピアン山嶺へ到りいきはしろし男體山へあらずか瀧は
一人神なすたれかは 総領息子は名跡をかたへに家系図が裔
家督図記みなころされてのちも髪の毛かかるシャープ・ペンシルの芯
花薊ふくよかなるむすめむこへ残心のなく贈れる絶縁帖
山脈は名をコーカサスとあり古地図へと東方正教会主教座 の点
ドストエフスキイへ三兄弟ありし終曲に突如ロマ三重奏ギターラ
かけちがふ夕蔭明ひともとに獨活の花つひとたちをり無垢白く
秋思春愁ピアノにむきて眞處女の振袖あかきへ花文字の華
モダニズム都市詠嘆詩一節へあらざるに枯葎くるかけす
ナツィス慈善病院へとはこびいりし公衆の医師 あだをなすな
片結ひの帯締めしよりはたと落つ黒揚羽ほどけしを曳く喪服市
和服展大會場へ吊りをりし薄銀砂の京繍へ禽
今様を草ずるならで松が枝へとただ鐘の音こそひびくなり
僧都は美男なりし 目にはさやかなれども菊図へ鴉來
晩鐘の音にしへだてて匂はしき梅風雪へ万朶なり、消ぬ
昨年へふるしらゆきの衰へてなほ世のかなしみなりし伽藍は
愕然と歌わするるは雲雀秋こゆ靑天へたけたかき紅葉
人事の万事 係争す國家へにくしみの色ふかまりけりな
寒露過の白河泛ぶは枯葉のみみづの浮舟さはにししづみし
神無月とはいへ無人駐車ならびぬかるみへむかひすすみぬ鐡の骨
ケルン聖母図像にわが杞憂の窓明りいよよ宵深くなりなむ
薄明へさかさはりつけなす天蛾の扉へいまだ憶ふる天刑
綾羅著しはきみぎみの中宮ともなれる観音のもの憂へる容の指
化鳥の尾のしらじらと秋芒なだれうつなりゆくへは鳥髪
駅長消ゆると隧道の車両へいきながらへざりし國へゆく暗闇
枯野ビル地下階酒店へ水槽のありしへ水蛇は莫告藻のなか
齢へて歯銀たまさかに痛む夜の長き むすぶたまみづへ河骨
戰争をしらざる莫迦が戦争をかたりをり 征きて死ね、國家と
被曝者會平和賞受賞のちなにいへるとも謹みてくちこそつぐめとよ
寒夜なる玻璃戸ふるふは雪ならず炎の粉吹きたおれたる今町
焼野へと山鳩鳴きしかへらざりき郵便脚夫は扉へ灼きつきて
八時十五分 路面列車へ白熱光さして一瞬間 燃ゆる市
島病院へ同心円の中心はありし そのめぐりへひと蒸発す
暈み屹つ一柱雲そこなるこゑはひろはれず十二万體の聞こゆ 蝉鐘
膿、ケロイド、焼鐡、蛆虫 繃帯の下へ宛がへるものいたみ佇つかは
晩夏降雨計しづみたまふ黑灰うかべをりし疱瘡、死の雨は