ひとの仔
死の側へあらば晴れがましく翔けぬ羽蟻婚姻飛行のち死せり
原爆忌生きのびき清き乙女ゐて陰険にも手繰り寄す靑衣
黒衣聖母子像やけただれ教会堂の最深部へと抱きぬつむり
敗戦記念日狂ふともなく迎へをりわれ蜜月旅行を哂ふ
八月祭の母娘熟れし葡萄醸造室へ置く止血剤
繃帯へ黒き膚巻き絞めて日本敗残す八十年のほころび
甦り訊ぬは憲兵暗緑の色す軍服おぞましきけふに見し
特攻隊員に娘あり。方舟へ兄、妹の髪混じりぬ棺
東京へ空襲の夜 河つたひて黒き膏うかぶ木場町
天皇陵へ鍵孔の繋がりてむかふへ名もあらず死しき軍人
夏果てて水腐りたる甘藍の芯薄灰色の蘂兆しをり
重き頭を垂れて収穫の青年はぬかよろこびに婚姻す 刈麥
婚期過ぎしをとめ無水球根のかわける壜に百合の蘂まぶしをり
陸軍學校前へ菊と鳳凰の剥製は暗きへと饐ゆ 将校襟に緋霙
自衛隊靑き投光器の網の目点燈すに敵機とは敵ほかならずや
自刃へ臥し斃るがごとく陰惨の櫻嶮しき眉へいよよ白かれ
灰の水曜日に落ちき罌粟実以て油を搾り画布へ深膚色を溶くも
日本人に酷薄なりし諸の瞼裏生卵さびてこそ 睨めり
軍靴修繕士へ踵のはづれし婦人來て尋ぬ ぬけがらの麥いづこ
熟麥刈鎌の束へ枯野なすかりがねのこゑひびかはば殉じし
悪しき日本に公衆衛生博覧展バルトロマイ氏の完膚を吊りし
現右翼衆議院議員の襟元へはなはだしく明るめる菊、複製品
模造刀を履きて苗菊おしなべてダリアに替ふ日本庭苑園丁
ナポレオン。薄暗がりへかかる交響曲第三番そ曲しき
御所接遇へ松が枝の襖立ち揃ふとか吹き入るは軍、ゲートルの縫目
自衛隊員軍歌斉唱せるにほかならず箍外る 國傾るは事變
平和國家へ礎たらむ銃器不所持やぶりつつ佇つ警察官ら
高等警察・ゲシュタポを見かへす監獄に遅咲きぬ朴の花 ひと
政治のみに生くるにあらずひとは萌黄色の雁の卵均しく擁き
天皇等しくひとの仔となれりわれかれも何を同じうすそのほの明り
愛國者淵昏く覗きゐる淵にも愛國者「きさまこそわがやぐら」
ナツィズムの冬の地下洞へこごる秘密指令室に塩の円卓
黑き薔薇の寓意 あるいは総統閣下のぎこちなき建築図
陛下閣下ふれあはずも撫肩の緋文字の石の墓にゆきあたる
死者葬りつくしきゆゑ負へる一人清からずも行かむは治世
ヒトラーは自殺 命乞ひせず血脈を断てるゆゑ靈悪しきかな
現人神にもなれず降服し蟄居したまへり天皇 くらぶるは丈
政治犯逃走をして警察官重たき鉛腰へ銃携行す
革命か死か いづれも遠かり煽動と緘口にありけりな巷間
悲鳴細きは哀悼に肖しほろびゆく天皇衰ふる世のいましがたへ
逃走犯特高二名に誓ひゐる不戰のゆくへに雲居の雁は
戰争を愛さば邦へとかへりゆきし令和七年樫婚夫妻
ふたご孕りてかたへは無疵ダヴィデは六花刺青のうなじ
自衛隊入る青年のきよらかな項、やがて敵のみづを拒みぬ
すめらみことが項へダヴィデの星なきか六弦琴葡萄唐草散らふ
救済を齎すもの 磔刑に丘へ脇腹さしつらぬかれし耶蘇
御旨のまへに義しきは仔羊シオンを死なしめし追放の兄
曠野の画枯野へかかりはらからの罪を同じうせる紅葉図へ
黑枯葉がうすきひだは今の日も鴨居へ降りかかりなむ 敗戰忌
必ずやきのふ忘れしゆゑに討たる自衛軍、くりかへす天使虐殺