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Rolleiflex、故郷に帰る

ドイツという国に関しては疎くても、Rolleiの二眼レフを持っている方ならブラウンシュヴァイク(Braunschweig)という地名には聞き覚えがあるのではないでしょうか。1927年、この地でRolleiflexのプロトタイプが完成しました。私の手元にあるRolleiflex Original(1929年)の前面プレートには、Franke & Heidecke Braunschweigと誇らしげに刻まれています。

ある時、Rolleiの二眼レフの歴史について書かれた本を読み、Franke & Heideckeが1922年に本社と定めた建物が、今も約100年前とほとんど変わらぬ姿でブラウンシュヴァイクに残っていることを知りました。9年もの間、常に私と共に写真を撮り続けてくれたRolleiflex 2.8F Planar。感謝の気持ちを込めて、このカメラを里帰りさせることにしました。

ブラウンシュヴァイク

ブラウンシュヴァイクはフランクフルトとベルリンを結ぶ鉄道幹線上に位置し、ニーダーザクセン州では州都ハノーファーに次いで規模の大きな街です。駅と旧市街はかなり離れているので、旧市街へ行くには駅前から出ている路面電車に乗らなければなりません。ブラウンシュヴァイクの駅に到着すると、まず、私たちは路面電車で旧市街へ向かいホテルにチェックインしました。かつてFranke & Heideckeが本拠地に据えていた建物は駅と旧市街の中間にあるので、ホテルに荷物を置き身支度を整えると、再び駅へ向かう路面電車に乗り込みました。

最近は本当に便利な世の中になったもので、手元のiPhoneに搭載されているGoogle Mapsに目的地の住所を入力すれば、ただちに地図上にその場所が表示されます。同時に自分がいる現在地も表示されるので、全く土地鑑のない初めての場所でも目的地まで迷うことなくたどり着くことができます。このGoogle Mapsを頼りに、路面電車の最寄りの駅から歩いていくことにしました。目指す建物が突き当たりの三叉路に見えるはずの道へと曲がる時は、さすがにドキドキしました。首から下げたRolleiflexを支えている手が、寒い季節だったにもかかわらずジンワリ汗ばんでいるような気がしたのは、あれは私の汗だったのか、自らの原点と言える地に戻ったRollelflexの汗だったのか...。

かつてのFranke & Heideckeの社屋は、パステルイエローの3階建ての建物でした。壁には、ここにかつてFranke & Heidecke本社(Stammhaus)が置かれていたことを示すプレートがはめ込まれています。Rolleiflexを両手で抱え、建物に近づいたり離れたりして何件か写真を撮りました。途中、Rolleiflexを見下ろして「気分はどう?」と声をかけると、2つの透き通った大きなレンズがキラリと光ったような気がしました。

日本で100年前の建築物といえば、立派な「歴史的建造物」です。しかし、ドイツでは数百年前の建築物でも立派に改装されて、普通の人々が普通に住んでいることも珍しくありません。当然、この旧Franke & Heidecke社屋も、プレートこそ壁にはめ込まれているものの、裏口には一般家庭でよく見かける大型のゴミ箱が並んでおり、現在でもごくふつうに使用されていることが容易に推測できます。鉄格子の門は固く閉ざされていましたが、そこから建物入り口の扉を十分窺い見ることができました。Rolleiflex Originalをこの世に送り出したPaul FrankeやReihold Heidecke、そして当時の技術者たちが、かつてこのドアを出たり入ったりしていたことを考えると、なんだか自分が100年という時を超えて、1920年代のこの場所に立っているような不思議な気持ちになりました。私の両手の上に乗っていたRolleiflexは、この時一体何を考えていたのでしょうか...。

Rolleiflexの旅

今回ブラウンシュヴァイクへ旅したRolleiflex 2.8F、実は東京の中古カメラ店で買った時、裏蓋の内側にサンフランシスコのカメラ修理店のシールが貼られていました。このカメラ、ドイツで製造された後、アメリカ大陸を横断してサンフランシスコに渡ったようです。そしていつしか東京の中古カメラ店に到着し、私と出会いました。その後、1年半ほど東京で私とともに過ごした後、私と同じ飛行機に乗ってドイツへやって来たのです。それから更に8年経ち、ついに故郷であるブラウンシュヴァイクに戻りました。ですから、このカメラは約半世紀かけて北半球を一周したことになります。長い、長い旅でした。

ホテルに戻り、ベッド脇の小さなテーブルにRolleiflexを置いた後、レンズキャップを外して話しかけてみました。
「故郷に帰ってきて、今どんな気分?」
Rolleiflexってば、素知らぬ顔をして、そっぽを向いていました。きっと私と目を合わせたら、大きな2つのレンズから涙がこぼれてしまうからかもしれない、...なんて。私はそんなことを想像してしまいました。

参照)
Ian Parker(ed.)『Rollei TLR ーthe History : The complete book on the origins of Twin-Lens photography』[The Jersey Photographic Museum], c1992

後記

そして、更に4年の歳月が流れました。
もちろん、このRolleiflex 2.8Fは今も私の手元にあります。幸い、ドイツにはRolleiflexの修理を専門にしている有名な修理工房があるので、そこで何度か修理やオーバーホールを繰り返しつつ、未だに問題なく美しい写真を私にプレゼントしてくれます。しかし、一方のこの私、4年の間に、少しずつ変わってしまいました。特に首や肩の凝り具合は年々ひどくなり、最近ではRolleiflexを長時間持ち歩くことが厳しいと感じるようになりました。そして、最近ではひとまわり小さいLeica M2に軽い35mmレンズを合わせて旅先に持っていくことが多くなりました。しかし、この転載にあたりもう一度この記事を読み直していたら、「Rolleiflexを使わなければ」という気持ちがムクムクと心の底から湧いてきました。ショルダーバッグをリュックサックに変えるなどして、次の旅にはRolleiflexを持っていきたいと考えています。

(この記事は、2019年7月18日にブログに投稿した記事に新たに見出しをつけ、後記を書き加えた上で、転載したものです。)