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【vol.10】教育委員会制度改革と学校統廃合

 前回は、市町村合併と学校統廃合の関係について紹介しました。(【vol.9】市町村合併と学校統廃合の関係は?私たちは何を失って、これからどうすればいいのか

 福山市で無理な学校統廃合が行われている理由を探るにあたり、市町村合併の影響とともに考えなければならないこととして、「教育委員会制度改革」による影響があります。今回は、「教育委員会制度改革」の経緯を確認したのち、福山市学校統廃合の動きにどのような影響を与えたかについて考えていきます。

◆教育委員会制度改革の起こり

 2012年12月の政権交代によって第二次安倍政権が発足すると、速やかに首相の諮問機関である「教育再生実行会議」が設置され、2013年から次々に「教育再生実行会議 提言」が発表されていきます。教育委員会制度改革は、第二次提言における「教育委員会制度等のあり方について」(2013年4月15日)の中で提起されました。

 この教育委員会制度改革は、2012年に自民党内部で発足した「教育再生実行本部」の初会合(2012年10月23日)の際に提起されたものです。この初会合の際に開設した「教育委員会制度改革分科会」による改革方針が、2012年11月21日の「教育再生実行本部 各分科会中間取りまとめ」に記載されています。

形骸化している教育委員会の抜本的な見直し(教育委員会制度改革分科会)
 いじめ問題でも露呈した現行の無責任な教育行政システムを是正するため、主張が議会の同意を得て任命する『常勤』の『教育長』を、教育委員会の責任者とするなど、教育委員会制度を抜本改革する。

2012年11月21日「教育再生実行本部 各分科会中間取りまとめ」より、筆者引用

 教育委員会制度改革は、2013年4月15日に教育再生実行会議による「教育委員会制度等のあり方について(第二次提言)」で発表され、翌年に「地方教育行政組織及び運営に関する法律」が改正されて実行されました。

◆教育委員会制度改革の内容

 「地方教育行政組織及び運営に関する法律」、通称「地教行法」改正の前後で、どのような変化が生じたのか簡単に確認していきます。

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 「地方教育行政組織及び運営に関する法律」が改正される以前の旧教育委員会制度において、教育委員会は、教育委員長・教育長・その他3人の教育委員による、計5名で構成されていました。これら5人は、首長が任命し議会が同意することで選抜されていました。「教育委員長」は教育委員会を代表するもので、教育委員のうちから教育委員会が選挙して決定しました。「教育長」を除く4人が非常勤であるのに対し、「教育長」は常勤で具体的な事務を司るもので、教育委員のうちから教育委員会が任命して決定されていました。教育委員長と教育長の兼任はできませんでした。

 文部科学省は、以上の旧教育委員会制度に対して以下のような課題があるということを示しています。

【旧教育委員会制度の課題】地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律(概要)パンフレット)参照

・教育委員長と教育長のどちらが責任者かわかりにくい
・非常勤である教育委員長が教育委員会での会議の主宰者であったために、緊急時に柔軟な対応が難しい
・教育委員会の会議が形骸化している
・首長との連携が図れず、地域住民の民意が十分に反映できていない
・地方教育行政に問題がある場合に、国が最終的に責任を果たせるようにする必要がある

 これらの課題を解決するために行われた教育委員会制度改革により、新教育委員会は、教育長・その他4人の教育委員による、計5名で構成されるようになりました。

 最も大きく変わった点は、新「教育長」の設立です。旧制度の教育委員長と教育長は、新「教育長」として一本化されました。この新「教育長」は、教育委員会の会務を総理し教育委員会を代表するものであり、首長によって任命されます。また、新「教育長」は、緊急時には、自らの判断で教育委員会の会議の招集等を行うといった柔軟な対応が可能になりました。

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 また、この法改正によって「総合教育会議」が設置されました。「総合教育会議」とは、①教育行政大綱の策定、②教育の条件整備など重点的に講ずべき施策、③児童・生徒等の生命・身体の保護等緊急の場合に講ずべき措置の主に3点について協議する場です。この会議は首長が招集し、首長と教育委員会(教育長+教育委員)によって構成されます。

 さらにこの法改正によって、首長が教育に関する「大綱」を策定することもできるようになりました。

◆教育委員会制度改革による影響

 以上の教育委員会制度改革によるもっとも大きな影響として、「首長の教育委員会、及び地域教育における影響力の増大」が考えられます。首長が直接教育長を任命する制度となったことで、首長と教育長の強い繋がりが生じ、また「総合教育会議」が設置されたことで、首長が教育行政や地域教育施策に意見することが可能となりました。さらには首長が、直接教育大綱を策定することまでできるようになったのです。

 このような首長の権限増大は、地域教育行政の進展に大きな影響を与えています。これまで見てきた福山市の学校統廃合問題においても、首長の権限増大に伴い学校再編が進展したといえるような事例が生じています。

◆福山市長の学校再編の考え方とその影響

 福山市では、2016年から市長が福山市の各学区へ出向き、その住民の市政に対する生の声を聞くという「市長と車座トーク」を行なっています。これまで行われた「市長と車座トーク」の中では、学校再編に関する話し合いも多くなされてきました。市長はこの話し合いを通じ、「学校と地域は分けて考えるべき」という考えを住民に示しています。

2017年8月21日 市長と車座トーク 第31回 山野学区
学校が無いと地域で子育てができなくなるとは思っていません。地域に子育てをする魅力がどれだけ有るかということだと思う。

2017年11月20日 市長と車座トーク 第45回 常石学区
・小学校がなくなることと、地域の活性化ということは別だと思っている。

2018年7月13日 市長と車座トーク 第69回 常金丸学区
・これまでは学校があって子どもがいるのが地域の活力だという面があったが、今度は必ずしもそうではない。

 このような市長の発言や考えは、学校再編の動きを加速化させました。実際に、2018年9月13日に山野学区で行われた「市教委と地域住民の話し合い」においては、教育次長が次のような発言をしました。

2018年9月13日 市教委と地域住民(山野学区)の話し合い
〈話し合い参加者が作成した議事録から、筆者引用〉
教育次長:一定の人数がいて、いろんな考えの中で自分の考えと違う意見を受け入れる中で育っていく環境が必要だ。山野が問題あるというのではなく、全体のことを考えて、複式のところをどうにかしようと、この計画を出している。学校があれば地域が活性化するのではないと市長も車座トークで言った。それで、地域活性化の担当部署が新たに4月から出来ている。

 このように、学校統廃合について市教委と住民が話し合いを行う場であるにもかかわらず、市教委側が市長の発言を用いることによって住民を納得させようとしていることがわかります。住民の根強い反対に対して、「あたかも市長が学校再編を行いたいと思っている。」と市教委が説明することによって、無理にでも学校統廃合を進めようとしているのです。

 教育委員会改革制度以前は、教育行政の実質的な執行は教育長に委ねられており、首長の意見の反映は今ほど強くなかったように思えます。また教育行政は、本来教育の平等性や中立性、安全性の担保のために、首長とは独立した者が責任を負うべきであるといえます。

 しかし、制度改革によって首長の教育行政における権限が増大し、さらに首長と教育長の距離が近くなったことで、そのような教育の平等性、中立性、安全性の担保がなされなくなっているのです。

◆おわりに-福山市学校再編問題からわかる教育委員会制度改革の問題点

 これまで見てきたように、教育委員会制度改革による首長の権限増大や、教育長への接近は福山市の学校再編の進みを加速させました。しかし、福山市学校再編問題における教育委員会制度改革による影響として、もう1つ考えなければならない視点があります。それは、教育委員会制度改革によって教育委員の立場が弱体化し、教育長に対するチェック機能が弱くなっているということです。

 以前の教育委員会制度では、「教育長」は、教育委員のうちから教育委員会が任命して決定されていました。つまり、他の教育委員が教育長を任命するという責任があったということです。そのため、教育委員が教育長をチェックし、行動を監視することができたということが言えます。

 しかし教育委員会制度改革に伴い、新「教育長」は、議会の同意のもと首長の任命によって決定されるようになりました。新「教育長」の決定過程に教育委員が関与しなくなったことで、教育委員会における新「教育長」へのチェック機能が作用しなくなったと考えられます。(下図再掲)

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 このように、教育委員の立場が弱体化し教育長に対するチェック機能が作用しなくなったことも、福山市の学校再編の動きを進めたといえます。事実、2019年2月13日に行われた「第13回 教育委員会会議」の中で特認校の開校について話し合われた際に、教育委員から「山野の住民から反対意見があるのではないか。」という声も上がりました。教育委員の中には、山野学区の住民が特認校開校、及び学校統廃合について反対することを懸念する声もあったことがわかります。

 今回の福山市学校再編では、住民による反対が多く寄せられたにもかかわらず、市が無理やり学校統廃合に踏み切った異例の事例です。もし、以前の制度のように教育委員の教育長のチェック機能が作用できる状態であった場合、ここまでの無理な統廃合は行われたでしょうか。教育委員による教育長への抑制作用が働いていれば、住民との合意を優先し無理な統廃合が行われなかったかもしれません。

 2014年に法改正により行われた教育委員会制度改革では、「教育長へのチェック機能の強化と会議の透明化」ということも改革の柱として実行されました。「教育長へのチェック機能の強化」の内容は、「①教育委員の定数1/3以上からの会議の招集の請求についての規定、②教育委員会規則で定めるところにより、教育長が委任された事務の管理・執行状況を報告する義務について規定」の2点です。しかしこれらの規定は、少なくとも福山市では機能していないように思えます。

 以前の教育委員会制度では、教育行政に対して「地域住民の民意が十分に反映されていない」としていたものが、今度の改革で行った「地域の民意を代表する首長との連携の強化」は、むしろ首長と教育長の距離を縮め、権力を強化しているということもできます。

 首長の権限強化により影響力や関与が強まったことで、教育の政治的中立性や平等性が低下したとも考えられます。福山市の今回の学校再編問題に関しては、首長と教育長の接近に伴い、住民の意見が反映されにくくなったといえるでしょう。

 福山市の地域住民の民意は、どのように表明すれば反映されたのでしょうか。そもそも市は地域住民の意見を反映するつもりがあったのでしょうか。

M・Y

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