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【vol.18】第Ⅴ段階 イエナ・特認校の開校による「選択と集中」へ(2019年2月13日~2020年2月27日)

◆はじめに

 今回は、福山市教育委員会会議で常石学区への「イエナプラン教育校」と広瀬学区への「特認校」の設置が決定された2019年2月から、教育長が住民説明会で内海・内浦学区の学校再編を「決定」した2020年2月までの1年間を扱います。

◆第Ⅴ段階の概要

 第Ⅴ段階の概要を述べます。この段階では、内海や山野などの地域に対する「人口の少ない地域には、学校を残しても仕方ない」という行政の論理が顕在化しました。さらに、「数」を揃えることが全てだという論理は、教育理念や、決定のあり方に対する考え方の中にまで見られました。つまり、第Ⅴ段階の行政の論理は、人口も、教育も、決定も「数」というものでした。一方で福山市は、常石や広瀬においては「イエナプラン教育校」と「特認校」の設置を決めました。これは、「数」の論理にはそぐわないものです。そのような矛盾を抱えながらも、2020年2月27日の説明会において、沼隈・内海地区の学校再編が強引に決定されたというのが、本段階の大まかな流れです。

1)「数」の論理に収斂する行政
 内海や山野に対する「人口の少ない地域には、学校を残しても仕方ない」という行政の論理は、「学校を残しても、地域が活性化するわけではない」という言い方で直接的に示されることもあれば、「(歴史的に)地域があって学校ができたのではない」のように、学校と地域の関係を何としても認めないという言い方で現れることもありました。ところが現実には、地域と無関係に学校は成立しません。そこで市教委は、「統合後の教育に地域住民として協力してほしい」とも言うようになりました。ここで市教委の想定する子どもとは、「地域の子ども」ではなく「市の子ども」です。

 また、「④学校再編の理由」を見ていくと、「小さい地域にお金をかけたくない」という行政の方針が表面化していることが分かります。「立地適正化計画基本方針」(2017年3月、第Ⅲ段階)に端を発する「公共施設の再配置」や、人口減少による「教員数の不足」が学校再編と結び付けられ、住民に直接説明されるようになりました。実際は、公共施設の必要性は「数」では測れません。なぜなら、地域からインフラがなくなれば、人が住めなくなるからです。しかし、福山市の論理は「市全体の施設配置」に重心を移し、個々の地域という視点は消えていきました。

 本段階では、市教委の「③教育理念」までもが、教室内の子どもの「数」を何より重視するというものでした。「1年先も分からない」社会を生きる力をつけるためには、「子どもの数をそろえなければならない」といいます。論理の背後にあるのは、「子どもには競争させることが必要だ」という考え方だといえます。

 また市教委は、改訂学習指導要領に示された「主体的・対話的で深い学び」を実現するためにも、一定の集団規模が必要だといいます。文科省は、統廃合を奨励しようとして「主体的・対話的で深い学び」を書き込んだわけではありませんが、福山市は国の文書の一部をいい所取りして、学校再編の理由として持ち込みました。

 市教委にとって「⑤行政の役割」は、「速やかに統廃合を遂行し、集団規模をそろえる」ことであり、「一定規模での教育の必要性を住民に理解させること」でしかありませんでした。そのことは、内海と山野の回答書に示された「⑥決定のあり方」に対する市教委の考え方にも表れています。内海町に対しては、「内海町には学校を残すことはできません」という形で切り捨て、山野町に対しては、「最終的には行政がその責任で判断する」という形で、住民との議論を遮断しました。

 また福山市では、学校統廃合を主導してきた市長だけでなく、市議会でも統廃合が既定路線となっており、市教委の暴走を止める役割を果たせませんでした。「①人口減少」の分析で触れたように、福山市議会では少数会派の意見に取り合わない様子が度々見られました。福山市議会の構造も、決定は「数」、つまり少数意見は排除して構わないという論理に基づいているといえます。

 このように、本段階の行政の論理は、人口も、教育も、決定も「数」でした。しかし、その傍らで進むオルタナティブ校の新設を見ていくと、単に「数」で切るということにとどまらず、「行政が残すと決めた地域は残す」という別の論理の存在が見えてきます。

2)「数」の論理と対極にあるイエナと特認校
 福山市は「数」の論理による統廃合を強行しながら、一方では常石の「イエナプラン教育校」と広瀬の「特認校」の設置を決めました。学校がなくなる山野や内海の住民は、「地域の選別だ」とは言いません。広瀬や常石も、今ある学校を一度廃止され、行政による暴力を受けた側であることに変わりはないからです。しかし、イエナと特認校は、結果的にはある地域の学校の再配置を認める政策です。それは、内海学区や山野学区には、「複式学級を解消するための学校統廃合」だと言っておきながら、常石学区には複式学級を特徴とするイエナを導入することや、「不登校に対応する全市的な学校を作る」と言いながら、「特認校」の準備委員会には広瀬学区の保護者や住民だけを呼ぶという市教委の姿勢に示されています。さらに、イエナのめざす「個別最適化された教育」は、これまで市教委が散々強調してきた「一定規模の集団での学習」とは相いれませんが、方針転換に対する説明は何もありませんでした。このように、福山市は、「一定規模の教育環境の確保」という「福山市学校規模・学校配置の適正化計画(第1要件)」(2015年8月)に示した方針を自ら崩壊させました。

3)それでも2020年2月27日の「決定」へ
 このような矛盾を抱えながらも、2020年2月27日の説明会において、(仮称)千年小中一貫教育校の設置は強引に通されました。教育長はこの会で、「住民の総意は統廃合を進めてほしいということである」と決めつけました。内海学区では、教育長が統廃合賛成派の住民を擁護し、行政の強引な進め方に反論する住民を批判することによって、内海町内の住民の分断を深めました。

◆第Ⅴ段階の分析資料一覧

 次の表は、本段階の分析に用いた資料の一覧です。

資料目録
資料目録凡例

 今回主に分析の対象となるのは、市教委による2つの「要望書に対する回答書」と、5つの「説明会議事録」です。回答書は、市教委の公式見解を示す文書であり、内海学区と山野学区から提出された要望書に対して、市教委が文書で回答したのはこれが初めてです。

 一方、説明会の議事録には、住民とのやり取りの中で現れる市教委の率直な本音が記されています。特に、内海説明会(2020年2月27日)は、市教委が強硬に学校統廃合をすることを決定した重要な説明会であるため、改めて章を立てて扱います。

・第Ⅴ段階で扱う要望書に対する回答書

回答書

・第Ⅴ段階で扱う説明会の議事録

説明会

◆行政の論理 ①人口減少

 行政側の資料から、人口減少に関わる記述を時系列に並べて論理を抽出していきます。

市議会【福山市議会 定例会】(2019年3月4日)
・大田祐介議員(水曜会):著しい高齢化と人口流出が進んでいる学区では、校舎を高齢者施設に転換出来れば、地元で安心して老後を送ることができます。また、宿泊施設に転用できれば、体育館やプールを活用してのスポーツ合宿の誘致や、ふれあいランドのような自然体験学習の拠点にすることも可能です。これらもPPP(官民連携)PFI(民間主導の公共サービス提供)を活用して、検討してはいかがでしょうか。(p.2)・・・(A)
市議会【福山市議会 定例会】(2019年3月6日)
・高木武志議員(日本共産党):(中略)2015年2月の小中一貫教育と学校教育環境に関する基本方針案が市教委から示された際には、第1要件に該当する全学区で学校の存続を求める要望書や署名が提出されました。それにもかかわらず、今回服部・駅家東学区、東村・今津学区では早々と開校準備委員会が開催されています。統廃合を進める理由に人口減少と少子化がありますが、先般発表された2018年福山市の人口移動状況によると、福山市はプラス383人の転入超過となっていました。そして、日本人のみの人口移動状況を見ると、2018年ではマイナス260人と、2015年のマイナス856人と比べて約3分の1になるなど、社会減は縮小しつつあると記載されていました。また、内海町では地域ぐるみで活性化に取り組み、人口増加策を強力に進めています。さらに、本市は子育て支援策を充実させるなど、人口減少に抗する政策を行っています。そうであるならば、周辺地域の学校を廃校にするのは、これらの取り組みに水を差し、施策に整合性がないではありませんか。御所見をお答えください。(中略:障害を持った児童生徒の通学、スクールバス、協議への教職員参加等について)

→三好雅章教育長:教育行政についてお答えいたします。
 初めに、(仮称)千年小中一貫教育校の計画についてです。これまで、千年、能登原、常石の各学区において地域説明会を行っています。内浦・内海学区においては、内海町教育環境整備推進協議会の役員、就学前施設、小中学校の保護者を対象に説明、意見交換を行っており、地域全体の説明会を3月中に実施することとしています。地域全体の説明会や保護者等を対象にした個別の説明会を重ねる中で、学校再編に対する理解を深めてまいります。
 次に、内海町内の教育環境の存続に係る要望書については、内海町内の学校に対する期待など、地域、保護者の強い思いを受けとめさせていただきながら、10年後、20年後を見据えた内海・沼隈地域の教育環境の整備充実のため、引き続き再編に向けて取り組んでまいります。 (中略)・・・(B)
説明会1【「公開質問状(その2)」をめぐって市教委との話合い(統廃合ネット)】(2019年4月17日)
・再編室:人口減少・少子化・高齢化が急速に進行する中、学校があれば地域が活性化し人口減少対策になるという状況ではなくなってきている。(p.13)・・・(C)
説明会2内海説明会】 (2019年5月10日)
・藤井再編室長:全国的にこうやって少子化が進んできているので、学校再編はものすごく進んでいて、広島県もかなり…福山市はまだ取り組みは遅いほうで、ほかの市はほとんどかなり進んでいる状況です。・・・(D)
説明会3内浦説明会】 (2019年5月11日)
・三好教育長:少子化が進み、社会がものすごいスピードで激しく変化している今日、子どもたちに求められる力を、学校生活、日々の授業においてしっかりと育てていくため、学校再編は避けては通れないと考えている。・・・(E)
説明会4【山野学区 話し合い】(2019年7月15日)
・佐藤教育次長:ただそれでもやっぱり人が増える子どもが増えるというのは、ちょっと限界があるというふうに私は思っています。(p.10)・・・(F)

1)市議会における少数意見の軽視
 この時期の市議会では、学校統廃合は決定事項であるかのように廃校の利活用に関する議論がされています(A)。日本共産党の議員からは、無理な学校統廃合を批判する発言が見られますが、市教委は「引き続き再編に取り組む」として取り合わっていません(B)。

2)学校を残したところで、人口は増えない
 内海の説明会(説明会2)では、市教委が「他の自治体でも統廃合が進んでいる」「福山市は遅い方だ」と述べています(D)。また、内浦の説明会(説明会3)では、「少子化は急速なので、学校統廃合は避けては通れない」と述べています(E)。

 さらに、資料からは、市教委が、統廃合の対象となっている地域(内海・内浦・山野)では、「人口減少は止まらず、対策をしたところで増えない」という前提でいることを読み取ることができます。例えば統廃合ネットとの話し合い(説明会1)では、直接的に、「学校を残せば地域が活性化するというものではない」と述べています(C)。また、山野学区の話し合い(説明会4)では、将来的に山野の人口が増える可能性を否定してしまっています(G)。

◆行政の論理 ②学校と地域の関係

 次に、学校と地域の関係について書かれているものを順に見ていきます。

【福山市議会 定例会本会議 代表質問】(2019年3月4日)
・大田祐介議員(水曜会):学校再編後の地域活性化についてお尋ねします。2月3日に服部学区において、小学校跡地の利活用や地域活性化に関する講演会、ワークショップが開催されたとのことです。どのような雰囲気であったのか、また、どのようなアイデアが出されたのか、お知らせください。まだ、学校再編の合意が得られていない学区についても、学校跡地の利活用や地域活性化策について協議提案することが、合意に向けての後押しとなります。ご所見をお聞かせください。

→教育長:次に、学校再編後の地域活性化策の協議等についてです。地域や保護者の皆さまとの意見交換の中で、再編により地域から学校がなくなれば過疎化が進行するという懸念の声があります。しかし、学校再編は子どもたちにとって良い学びの環境づくりのために進めているものです。そのため、子どもたちの教育環境と地域の活性化は、それぞれ別の課題として分けて議論していく必要があると考えています。この考え方に立ち、すでに一部の地域では地域活性化について話し合いを行っています。(p.1)・・・(A)
【福山市議会 定例会本会議 代表質問】(2019年3月6日)
・高木武志議員(日本共産党):教育委員会はこれまでの答弁の中で、地域住民の不安に対して、学校が存続をすれば地域が活性化するということにはならないといった旨の説明を行ってまいりました。これ、到底地域住民には受け入れられない発言であります。地域の皆さんは何とか地域に子育て世代を残してふやして、子どもが地域で育つように必死の思いで取り組んでおられるわけです。そのため、子どもたちが通う学校を大切にしており、その学校の存続と地域の活性化というのは切っても切れない関係だというふうに思います。内海の要望書の中には、そうした努力をやってきて6年間で35世帯の104名の方が定住をしたというふうなことも要望書の中に書いてありますけれども、そういうふうに地域を活性化していくための努力というものが、本当に住民こぞってそうしたことを取り組んでおられるわけです。こういった中で、地域の活性化と学校の存続が一体不可分なものとして取り組まれている中で、地域の活性化に子どもたちが通う学校というのは不可欠だというふうに思います。この学校の存続と地域の活性化を切り離していくということは、現実的には内海のところでも本当に大きな打撃になるというふうに思うわけです。不可能だというふうに思うんですけれども、その点について認識をお伺いしたいと思います。

→西頭智彦(教育委員会事務局管理部長):(中略)少子高齢化、人口減少社会が急速に進行する中で、現実の問題として児童生徒数が減少してきております。そういった現状がある中で、学校があれば地域が活性化し、ずっと持続していくと、こういう状況ではなくなってきております。したがいまして、将来を見据えたまちづくりを進めていく上においても、子どもたちの教育環境と地域の活性化の課題は分けて議論しまして取り組んでいく、そういう必要があるものと考えております。以上です。・・・(B)
説明会1【「公開質問状(その2)」をめぐって市教委との話合い(統廃合ネット)】(2019年4月17日)
・藤井室長:学校と地域のつながりは非常に大切だし、地域の方々の支え無くして学校教育は成り立たないということは十分よく分かっている。新しくできる千年の義務教育学校に対しても、みなさんの力・支えを心からお願いしたく思っている。子どもたちには学校という教育環境で子ども同士の学び合いと言うのが大事なので、地域が広がることで支えてくれる地域の方も増えるので、子どもたちもより支えてくれる人が増えていく。(p.24)・・・(C)
説明会2【内海説明会】(2019年5月10日)
・三好教育長:そういう場としての海の学ぶ体験活動ができる学びの拠点を内海町で展開することをお願いできないかと、勝手なお願いではあるが思っています。内海で行われている教育は否定するものではないし、内海町の自然環境やそれに培われてきた文化や風土は最大限教育の場で活用させていただきたい力を貸していただきたいという思いは強くあります。それは学校という形ではないけれども、考えていただけないかとおもっています。・・・(D)
説明会3【内浦説明会】(2019年5月11日)
・市:内海町に学校を残すことはできないが、新たな義務教育学校の学びの場とするとともに、内海の自然環境を生かし、市内全域の子どもたちの体験学習の場となるように考えている。・・・(E)
説明会4【山野学区話し合い】(2019年7月15日)
・三好教育長:学校は子どもと先生たちのためだけにあるんではないとして、先生のためにあると思っていません。学校は子どものためにあります。子どもがいて、そこで学ぶというところから、学校が出来ていったんであって、地域があって学校があったんじゃないんです。子どもがいてその中で、子どもへ関わって、地域の人たちが様々に協力して頂いて、今は学校と地域は密接に関わっていているし、地域の学校だというのはよく分かります。しかし、学校というのはそもそも子どものためにあるというところの前提に私たちは立っています。(p.18)・・・(F)

 「②学校と地域」については、3つの論点があります。

1)「学校再編を飲ませるために、地域活性化事業を行う」
 (A)の質問と答弁は、山野の「関係人口創出事業」の文脈をふまえると、異様なやりとりであることがわかります。前の第Ⅳ段階では、山野の住民が、同事業が学校統廃合を進めるための事業として持ち込まれたのではないかと不信感を抱いたため、破綻したことを確認しました。この市議会では、「廃校後の利活用や地域活性化について話をすれば、反対住民を納得させることができるのではないか」という趣旨の質問に対して、市教委が「再編後の地域活性化については、すでに話し合いを始めている」と答えています。つまり、やり方に問題があるので行政と話をしたいと言われていた事業を、見直すどころか続ける方針だということを、議員と市教委の間で平然と確認し合っているということになります。

2)「学校と地域は元々関係がなかった」(B,F)
 2つ目は、学校と地域の関係についてです。第Ⅲ段階で市長が持ち込んだ「教育の問題と地域の問題は分ける」という説明が、本段階でも繰り返されました。(B)は市議会の一場面ですが、日本共産党の議員が内海の自発的な移住促進の取り組みに触れ、学校の存続と地域活性化を分けることは地域にとって打撃になると指摘したのに対し、市教委管理部長は「学校があれば地域が活性化するものではない」と答弁しています。さらに、(F)で教育長は「学校と地域は元から関係がなかった」と述べており、何としても地域と学校を分けようとして発言に無理が生じています。

3)「『地域の子ども』ではなく、『福山市の子ども』の教育に協力してください」(C,D,E)
 3つ目は、市教委のいう「子ども」が、「地域の子ども」ではなく、「市の子ども」になっているという点です。第Ⅲ段階の能登原学区の地域説明会(2019年11月29日)では、「統合後の学校での教育に協力してほしい」という行政からの「お願い」が見られました。(C)の室長の発言は、学校と地域の関係を認める発言のようにも見えます。しかしこの場合の「地域」は、現に存在する地域ではなく、再編後の学区を指しています。(E)の説明会の発言は、各々の地域が学校に協力することは否定するが、福山市全体のためには協力を求めるという意味合いが強くなっています。

 語弊を恐れずに言うと、行政の論理は次のようなものです。行政の枠外で地域と学校が結びついていると、力を持って厄介なので、学校を地域から一度切り離す。地域の子どもは、一度市の子どもとする。その上で住民は、市の方針に沿って学校教育に協力するべきだ、という論理です。このような、行政にたてつく地域や住民は学校に関係することを許さず、行政の考えに賛同する地域は学校に関係してほしいという論理は、次の第Ⅵ段階でも顕著に見られます。

◆行政の論理 ③教育理念

 続いて、教育理念に関する記述を見ていきます。ここから、市教委による「要望書に対する回答書」の分析が加わります。回答書の内容は、市教委による公式見解です。

回答書1【「福山市立千年小中一貫教育校」の整備に係る内海町内の教育環境の存続要望書に対する回答について】(2019年4月9日)
・学校が小規模化することで、子どもたちが、意見を交わしながら理解を深める授業が展開しづらく、多様な価値観に触れさせることも難しいといった面があります。 さらに、2020年度から小学校で、2021年度から中学校で実施する学習指導要領は、主体的・対話的で深い学びとする授業改善を求めています。子どもたちが生きていく変化の激しい先行き不透明な時代を見据え、より多くの友達の意見を聞いたり、一緒に知恵を絞って考えたりといった「主体的・対話的で深い学び」となる効果的な授業を行うためには、一定の集団規模は欠かせません。・・・(A)
説明会2【内海説明会】(2019年5月10日)
・教育環境に対する考え方、子どもたちが置かれている現状やこれから子どもたちが生きる世界・社会への認識が大きく違うと思う。学校は、子どもたちのためにあり、子どもたちに変化の激しい社会をたくましく生きていく力を付けるためにある。「今の状況で何も問題はないし、穏やかでいい」「安心して丁寧に指導が受けられるから良い」ということはよく分かる。しかし、5年先どころか1年先もどうなるか分からない社会が押し寄せてきている。多様な人がいて、多様な意見があふれる中で、自分で主体的に考えていく力、他者と協働してより良い考えや価値を見出す力を身に付けていかなければならない。 ・・・(B)
説明会4【山野学区 話し合い】(2019年7月15日)
・三好教育長:今のように、地域で子どもに関わっていただいている、そこをどういう形でこれからもお願いできるのか、また何か新たな、学校は申し訳ないけど、そういう数、子ども同士の数から学校は再編させてもらいますけれども、この山野という地域を子どもたちが山野の今の10人くらいの子どもじゃなくて、加茂とか市内全域から、山野の中でみなさんや自然や歴史や色んなここの地域が持っとられる文化に触れる機会をどうやったら作らしてもらえるかなということは勝手に考えてます。(p.9)・・・(C)

・藤井再編室長:2015年に山野と広瀬の小中の子どもの数が少なく、減ってきているという状況の中で、子どもたちには一定の集団の規模が必要という中で、子どもたちは育っていく、そういった授業作りをしていきたいこともあって、学校再編という考え方を出させて頂きました。(p.5)・・・(D)

・三好教育長:しかし先ほども申しましたように、子ども同士の基本としての数が少ないというのが、ここまで少なくなるといったことがそれが一番です。…あくまでも、とても貴重だというのはわかるんですけど、あまりにも数が少ない、というところがやはり学校を再編をしようとする一番のところなんです。(p.9)・・・(E)
回答書2【要望に対する回答について(山野)】(2019年8月27日)
・友だちとの対話を通じて、多様な考え方に触れて新たなことに気付いたり、他者と自分の考えを関連付けたりしながら物事を深く理解し、学びの面白さを実感することが、学びに向かう力につながります。・・・(F)

・時代の変化が加速している中で、人の価値観、個性、興味・関心なども多様化しています。先行き不透明な社会に向かう子どもたちには、そうした多様性を認め合い、理解しながら、自分で考え、生きていく力が必要です。そのために必要な力を確実につけていくことのできる教育環境、一定規模の集団を確保していくことが、私たちの責任と考えています。・・・(G)

・2020年度(令和2年度)から小学校で、2021年度(令和3年度)から中学校で実施する学習指導要領による主体的・対話的で深い学びを実現するためには、子ども同士の話合いや探求・体験・問題解決的な学習を重視した授業づくりは不可欠です。・・・(H)

・新たに導入される小学校5・6年生の外国語(英語)、必修化される小学校のプログラミング教育、特別の教科「道徳」における教育の質の充実のためにも、学校規模・学校配置を見直すことは避けられません。・・・(I)
【ママラジ通信】(2019年11月)
・三好教育長:本市の全ての取り組みは「子ども主体の学び」に向かっており、…(クエストエデュケーションによって)「生徒が自ら学び成長する」「学校が学び合いの場になる」「社会と連動して社会を変えていく」これら三つの学びを目指しています。生徒が答えのない問いに挑んで仲間とともにやり遂げる体験を通して、自分たちで学ぶことの大切さや知ることの喜びを感じます。そして、学校の中だけの閉ざされた学びではなく、社会とつながり、社会の中にある課題を見つけ解決するなど、実社会を題材にして学ぶことを通して、社会を変えていきたいとか、新たな価値を創り出したいという意欲につなげます。・・・(J)

1)「新学習指導要領の教育理念を実現するためには学校再編が必要だ」
 市教委は、目指す教育理念として、内海要望書に対する回答書で「主体的・対話的で深い学び」を示すようになりました(A)。これは、文部科学省による平成29・30・31年改訂学習指導要領に書かれた教育理念です。「主体的・対話的で深い学び」は、山野の要望書に対する回答にも書かれており、同様に新学習指導要領で導入された教育課程(小学校5・6年生の外国語、プログラミング教育、特別の教科「道徳」)も、学校再編を正当化する理由として使われました(I)。

2)「1年先も分からない社会で生きる力をつけるには、今のままではいけない」
 市教委は、内海学区の説明会で、1年先も分からない社会でたくましく生きる力をつけるためには、「今のままでいい」という住民の教育観は遅れていると否定する趣旨の発言をしました(B)。しかし、内海町の住民の論理は、「今のままでいい」ではなく、町で一貫校を作り、町の教育拠点にしたいというものでした。加えて、後にも改めて述べますが、内海では住民による移住受け入れの取り組みが成果を上げています。しかし、市教委は、行政の論理に基づいた学校再編を進めることによって、住民の取り組みを妨害しています。

3)教育をするためには、教室内に子どもの「数」が必要だ
 2019年7月15日に山野で行われた話し合いでは、教育には一定規模の集団が必要だとされました(D)。また、とにかく子どもの「数」が足りないのだという言い方もされました(C,E)。山野の要望書に対する回答書では、「対話による協働的な学習(F)」を実現するためには、一定の集団規模を確保することが(絶対の)条件であるとされています(G)。

 教育長が出演する、エフエムふくやまのラジオ番組が発行する「ママラジ通信」では、教育長が、「学校だけに閉ざされず、実社会を題材にして学ぶ」ことの重要性を訴えています(J)。このような教育は、すでに地域教育として行われており、特に学校再編の対象となっている小規模校では活発です。「適正化計画(第1要件)」に始まる、市教委が実際に行おうとしている地域社会から学校を奪う計画に照らすと、教育長の言動はつじつまが合いません。

◆行政の論理 ④学校再編の理由

 続いて、行政側から見た「④学校再編の理由」の論理を分析していきます。「②学校と地域」では、人口の多い地域には学校を置けますが、少ない地域には置けないという論理が見られました。「③教育理念」も、一定規模の集団における競争を良しとする「数」の論理でした。「④学校再編の理由」を見ると、これも「数」の論理になっています。

説明会2【内海説明会】(2019年5月10日)
・人口がどんどん減って、税収も少なくなっていく中で、教育にかかる経費は我々は最大限確保していこうと思っています。そういった中でもやはり、教育にかける予算として、子供たちが生きていく中で、教育もなんでも減ってきています。学校の教育の質の維持を考えると、基本的にはやはり集約をしていかざるをえない。・・・(A)

・次長・男性:先ほどコンパクトシティということで申し上げます。考え方は、これから人口減少社会の中で、住民の方が利用される公共施設あるいは民間施設が今までのように、市内にまんべんなく維持していくことは経営の観点から言ってもどうしても採算が。コンビニであっても、これから人口がどんどん減っていくと、そういうサービスはどんどん減っていく可能性がある。その代わりに、じゃあどこへそういう施設を集約していくかということが、コンパクトシティの考え方。当然その中には公共施設ということで学校が含まれるわけです。・・・(B)
回答書2【要望に対する回答について(山野)】(2019年8月27日)
・また、人口減少社会にあって、全県的にも教員の確保は厳しい状況にあり、学校規模を整えることは、教員の適正な配置につながり、将来にわたって教育の質の維持向上が図られます。・・・(C)

1)税収減のため
 内海の説明会では、人口減少による税収減が、学校を集約する理由だとされました(A)。

2)公共施設を削減するため
 また、コンパクトシティ政策の一つとしての学校統廃合であるということが、初めて住民に向けて説明されました(B)。第Ⅲ段階において、「立地適正化計画基本方針」(2017年3月)が示されました。それ以来、市側の論理は、公共施設を削減すべきだという考え方に支えられていましたが、これまで住民に対して明示されることはありませんでした。この段階で、小さいものは残せないという「選択と集中」の論理が、ついに表面化したといえます。

2)教員数の不足のため
 山野への回答書には、「人口減少により、広島県全体の教員数が減少している(C)」ことが学校再編の理由として挙げられています。しかし、教員配置は広島県教育委員会の管轄であるため、もし本当に教員不足のために学校統廃合をせざるを得ない状況であるならば、県教委からそのような説明があってしかるべきです。

 以上のように、本段階では、小さい地域にお金をかけたくないという方針が市教委の説明にまで現れてきたといえます。

◆行政の論理 ⑤行政の役割

 続いて、行政側から見た、「行政の役割」に関する記述を見ていきます。

回答書1【「福山市立千年小中一貫教育校」の整備に係る内海町内の教育環境の存続要望書に対する回答について】(2019年4月9日)
・次代を担う子どもたちに必要な力を確実に付けていくことのできる教育環境を作っていくことが、私たちの責任と考えています。・・・(A)
説明会1【「公開質問状(その2)」をめぐって市教委との話合い(統廃合ネット)】(2019年4月17日)
・教育委員会としては子どもたちの未来にどう責任を持っていくか、そのために今どういう動きをしていかないといけないかという判断をした結果が今の動きだ。立場が違うため納得してもらうことは難しいかもしれないが。(p.23)・・・(B)
説明会2【内海説明会】(2019年5月10日)
・これから求められる教育や力を考えたときに、これ以上待つということ、は教育行政として無責任ではないか子供にとって、このままを押し付けることは無責任だという考えです。・・・(C)

・ある程度一定規模の人数の中でもまれたりとか、子供たち同士のかかわりの中で成長したりとか、達成感を味わったりとかというそういったところで成長していくというようなところに行くのか、それともずっと少人数のなかで、これが地域のためだと言われながらやっていくのかということで、やはり教育委員会として考えるときには、子供たちのためには一定規模が必要だ、しかもそんな悠長なことは言っていられないので、計画をするということがあります。・・・(D)

 教育行政の責務に関する全般的な認識としては、要望書に対する回答書で、「子どもたちが力をつけることのできる教育環境を作ることが、行政の責務である」と表現しています (A)。では具体的に何をするかというと、学校再編だといいます。(B)の中の「この動き」とは、学校再編を指しています。

 「③教育理念」の分析では、市教委が、今のままの学校が良いという住民の論理を批判していることを確認しました。ここでも、行政が考える自らの役割は、教室の中に一定の「数」を揃えることになっています。それをしないことは、「教育行政として無責任だ」とまで言っています(C)。そして、行政の説明の中には、焦りが見られます。教室の一定規模を確保するためには、早く統廃合をしなければならない、時間の余裕はないという焦り(D)です。

◆行政の論理 ⑥決定のあり方

 続いて、行政側の「決定のあり方」に関する論理を見ていきます。

市議会【福山市議会 文教経済委員会】(2019年3月6日) 
・高木武志議員(日本共産党):(前略(北口広場再生、服部学区について))
 現在、山野町や内海町などでこうした統廃合計画というものが進められておりますけれども、住民合意は得られておりません。そうした中で、教育委員会は今後もこのように、住民合意が得られなくても行政の判断で学校再編というものを進めていくのか、行政の計画どおりに進めていくのか、こういう考えなのかということについて伺いたいと思います。

→西頭智彦(教育委員会事務局管理部長):(中略)この間、東村、今津、服部、駅家東、こうした地域におきましても、保護者の方、そして地域の方々と意見交換を交わしながら、そして保護者の方の不安でありますとか、地域の方が持たれている懸念、そういったものをしっかり我々が受けとめて、それに対する具体的な対応策等々をお示しする中で、そういった不安の解消、そして新たな地域づくりについての一つの道筋等も共有しながら進めてきております。そういった形で、100%の方に再編というのを大賛成ということにはなりませんが、そういった営みを重ねていく中で、やはり新しい学校に対する期待、そして新しい地域づくりに向けた熱意、そういったものを受けとめながら、行政がこの再編について判断をしていくということでございます。以上です。・・・(A)
市議会【福山市議会 文教経済委員会】(2019年3月8日) 
・土屋知紀委員(日本共産党):現在、福山市内では、例えば内海と沼隈の再編計画ですとか、今説明があった山野、広瀬等の説明会等で住民に対する説明会が随時続けられているんですけれども、その中で、こういったスケジュールの問題になると、最初から期限を区切ってやることはスケジュールありきではないかという批判がたくさん出てます。そういった内容はホームページにもきっちりと掲載されているわけです。今の説明では、まさに初めからスケジュールありきで、行政の都合だけで事を進めることになっています。こんなことでは住民合意は到底得られないですよ。まず、初めからこの2022年度開校というのは出すべきではないし、一番最初にやるべきことは住民合意でしょう。住民合意を得られなかったら計画を再編するというのが教育委員会の基本的なスタンスになるべきだと思うんですけど、いかがでしょうか。

→西頭智彦(教育委員会事務局管理部長):繰り返しの答弁になると思いますが、一定のやはり計画を立てていくというのは、スケジュールというのは、これはやはり私どものほうでお示しをして、その中で意見を交わしていく。そういう過程の中で、状況によってはこのたびの広瀬が一つの例になると思いますけれども、そういういろいろな住民の皆様、保護者の皆様との議論でありますとか、あるいは国の政策、そういったことも考えていく要素にもなってきますので、やはりそういう意味においても、一定のスケジュール感をお示しをしながら話し合いを進めていくということは必要なことだと思っています。以上です。・・・(B)
回答書1【「福山市立千年小中一貫教育校」の整備に係る内海町内の教育環境の存続要望書に対する回答について】(2019年4月9日)
・より良い学びの環境づくりのため、(仮称) 千年小中一貫教育校の整備を進めていく考えであり、内海町に学校を残すことはできませんが、内海町を学びの場として子どもたちの教育活動を展開できるよう取り組みます。・・・(C)
説明会2【内浦説明会】(2019年5月11日)
・学校の設置は、教育委員会で責任を持って方針や計画を立てるが、最終的には、住民の代表である議員が、市議会で福山市立学校設置条例の改正を議決して、設置・廃止が決まる。 ・・・(D)

・「小中一貫教育と学校教育環境に関する基本方針」は、行政だけで検討したものではない。地域や保護者の代表、大学教授や各団体の代表などで構成する学校教育環境検討委員会に、望ましい学校教育環境のあり方について諮問し、その答申の内容を尊重して策定した方針であり、住民の代表の意見が反映されているもの。・・・(E)
説明会4【山野学区話し合い】(2019年7月15日)
・三好教育長:今進めているのも、少なくとも全員が大賛成という様なことはこれに関わっては出来ないと思っています。しかし、そこに議論させてもらいながら、もうやっぱり子どものためにこうしようというところで今皆さんそういう判断をして協力を頂いていますから、そういう意味で、皆さんの理解を頂く中で、どこかの時点で、もうこれでお願いしますということになって、じゃあもうしようがない、やって行こうという少なくともそういうところまでは、やり取りをさせてもらわないといけないと思います。それを合意というかどうかは、それぞれ見解理解は違うと思いますけれど。(p.18)・・・(F)
回答書2【要望に対する回答について(山野)】(2019年8月27日)
・4点目の「合意」についてです。
学校再編は、地域・保護者との議論を重ねた上で、最終的には行政が、その責任で判断すべきと考えています。教育委員会としましては、引き続き、学校再編について、皆様に御理解いただけるよう取り組んでまいります。・・・(G)

1)市教委の暴走を止められない市議会
 最終的に学校統廃合を決定する権限は市議会にあるということを、市教委自身が説明会の中で言っています(D)。しかし、ここまでの分析でも確認してきたように、福山市議会が学校統廃合を監視する機能を果たすことはありませんでした。(A)では、日本共産党の議員の質問に対し、市教委が「100%の大賛成は得られないが、それでも進める」として取り合わず、(B)では、やはり日本共産党の議員の質問を、行政が再編のスケジュールを先に示すという進め方を改めるつもりはないとして受け流しています。

2)住民の意見はすでに聞いたので、これ以上聞くつもりはない
 教育長は、2019年7月15日の山野学区の話し合いの場で、住民が諦めるまで話し合うという趣旨のことを述べています(F)。あくまで方針を見直すつもりはないという立場です。内海の要望書に対する回答書の中では、市教委の公式な立場として、「内海町に学校を残すことはできませんが」と明言しました(C)。また、山野に対する回答書には、学校再編は「最終的に行政の責任において判断する」と書かれました(G)。

3)学校再編の方針は、住民が望んだものだ
 2019年5月11日の内浦の説明会では、「福山市小中一貫校教育と学校教育環境に関する基本方針」(2015年6月)は、学校教育環境検討委員会が作成した「望ましい学校教育環境のあり方について(答申)」をふまえて出されたものであるので、住民の意見が反映されているとしていると述べました(E)。しかし、基本方針に関するパブコメでは、方針の見直しを求める声が寄せられたのもかかわらず、無視したのも行政です。これだけ学校再編に反対している住民に対して、「これは元々住民が望んだことではないか」と急に言われても、住民としては受け入れられないはずです


 以上が、内海の学校統廃合が決定された説明会(2020年2月27日)以前の分析です。市教委は、全ての分野で、何を置いても「『数』が重要である」という論理を展開していました。過疎地域には価値がないと言い、子どもの数がそろわなければ教育はできないと言い、市議会の少数意見を軽視しています。地域も数、教育も数、決定も数です。内海説明会(2020年2月27日)における教育長による「決定」は、この論理の延長線上にあります。

 ところが、このような「数」の論理とは相反する動きが出ていることにも注目しなければなりません。「イエナプラン教育校」と「特認校」です。内海町の学校が数の論理で強引に統合される傍ら、イエナと特認校を新設する動きをふまえると、市教委の論理は「子どもの数が足りない学校を切る」というだけでなく、「市教委の指導の下に教育を行う学校は残す」という質のものだということが見えてきます。

*イエナプラン教育校(常石)

 まず、常石学区の「イエナプラン教育校」について述べます。第Ⅳ段階では、常石ホールディングスによる提案という形で常石小学校の跡地にイエナプランのオルタナティブ公立学校を設置することになったという経緯を述べました。ここからは、その決定を受けた市教委が、イエナについてどのように説明を行ったのかを見ていきます。

【福山市議会 定例会本会議 代表質問】(2019年3月4日)
・三好教育長: 県教育委員会においては、昨年6月に、文部科学省がソサエティー5.0に向けた人材育成として、個別最適化された学習、異年齢・異学年集団による協働学習など、新しい学校、学びの姿を示したことを踏まえ、県内公立小学校へのイエナプラン教育の導入に向けて、市町教育委員会と連携し、新年度からカリキュラムのあり方を研究することとしています。・・・(A)

・三好教育長:本市では一人一人の学ぶ過程を大切にした、子ども主体の学び全教室展開を目指し取り組んでいます。昨年10月からは、パイロット校として小学校7校で、単元や内容によって教科横断的、また、異学年集団を活用した学びのカリキュラムを編成し、試行的に実施を始めており、イエナプラン教育は福山100年教育の理念に基づく本市の取り組みの考え方と方向を同じくするものです。・・・(B)

・三好教育長:イエナプラン教育を行う学校の環境整備や外国人児童生徒への日本語指導など、教育発展のための支援についての提案が地域と常石グループからありました。このことを受け、沼隈、内海をはじめ周辺地域や市全域、さらには全国から期待される学校を目指し、(仮称)千年小中一貫教育校に再編した後の常石小学校の施設を活用し、官民で協力して創設することとしました。・・・(C)
説明会1【「公開質問状(その2)」をめぐって市教委との話合い(統廃合ネット)】(2019年4月17日)
住民:常石での正式な地域説明会はまだ行われていない?
藤井学校再編室長:公開という形ではやっていない。
住民:非公開でやっている?それもまた面白いね。
住民:それは保護者が対象か?
室長:保護者は全学年・全学区で…
住民:常石もやっている?
住民:常石もまず…
住民:なぜ公開ではない?
室長:公開ではないというか、イエナとプラン教育校を創設するという方針を3月議会に出している。その前にその地域住民に伝える必要があるということで集まってもらい、説明した会があるということ。
住民:保護者全員か。
室長:声かけは保護者全体。だから保護者も…
住民:それはちょっと変ですね。
住民:7校の学校統廃合についての説明会というのは開かれていない?
室長:地域説明会は千年や能登原でしているような形でのものはしてはいないが…
住民:それはどうして?
住民:それを先にするのでは?
住民:学校統廃合が先に出てきたわけだから。それを全対象地域でするということだったでしょう?それをなぜ常石だけはされていない?
室長:常石からの要望書が出てきたという経過もあるので、進め方については各地域の役員と相談して決めている。その中でまだ行われていないだけで、これから改めさせてもらえるようにと今思っている。・・・(D)
説明会4【山野学区 話し合い】(2019年7月15日)
・三好教育長:複式とイエナが全く違うとは言えませんけれど、一つは1~3学年が一つ。複式は1・2と3・4と5・6という3学級、一緒かというと、そこの一つ年齢構成が大きいと考えます。(p.12)・・・(E)
【びんまる第7回】(2019年9月)
・三好教育長:イエナプラン教育の特徴は、…年齢の違う子どもたちが、対話を重ね、協力しながら課題を解決することを通じて、多様な考えを大切にし、協働することの素晴らしさを学びます。大人の社会では、同じ職場にさまざまな年齢の人がいるのは当たり前です。その中で、さまざまな立場からの意見を出し合い、話し合ったり集約したりしながら物事を決めていきますよね。イエナプラン教育は、そうした社会に近い環境で学びます。・・・(F)

1)県と企業と町会の根回し→事実上、常石の学校の再設置
 福山市の常石造船は、「福山市教育フォーラム」(2018年8月7日)の場で、広島県がイエナプラン導入を考えていることを知りました。それを受け、福山市も全市的なイエナプラン教育校の導入に向けて動き出すことになりました。

市教委がイエナの設置場所に常石を選んだことについて、他学区の福山市住民はもとより、常石小学校と同様に千年小中一貫教育校に統合予定だった5小中学校2中学校の学区の住民に対しても、何の説明もありませんでした。千年小中一貫教育校の設置計画に対しては、内海・内浦・能登原・常石の各学区の住民は、同じように反対の声を挙げていました。しかし、常石では常石ホールディングスの提案を受けて公立オルタネイティブ学校の設置計画が進む一方で、内海町の「町に一校でもいいから残すべきだ」という要望は聞き入れられませんでした。

 「(仮称)千年小中一貫教育校」を設立するにあたり、内海・内浦・千年・能登原学区では地域説明会が開催されましたが、常石学区では統廃合の説明会が行われませんでした。このことは2019年4月27日の統廃合ネットと市教委との話し合いの中でも指摘されています(D)。この話し合いでは、市教委は「今後開催する予定だ」と述べていますが、2022年1月現在になっても開催されることはありませんでした。常石学区としては、元の小学校を存続するに越したことはないにせよ、イエナプラン教育校は、常石小学校の再設置という性格が強いことが分かります。

2)小規模校、複式学級の強制廃止
 教育長の説明によると、イエナプランで実現したい教育は、文科省の示す「個別最適化された学習」、「異年齢・異学年集団による協働学習」です(A)。また、「一人一人の学ぶ過程を大切にした、子ども主体の学び」という言い方もなされています(B)。山野、内海、内浦、能登原小学校では、複式学級を編成する学校もあり、事実上それらの理念を実現した教育を行っていました。ところが市は、全市的なイエナプラン教育校を作る以上、市に一つで十分なので、これらの学校を強制的に廃止するといいます。

 しかし、複式学級を廃止して複式学級を設置するという計画には無理があります。山野学区の話し合い(2019年7月15日)において、住民に「イエナと複式学級は何が違うのか」と問われた教育長は、「違いがあるとはいえない」という回答をしています(E)。この発言には、つじつまは合いませんが、事実なのでそう答えるしかなかったという教育長の様子を示しています。これまで市教委は、「よい教育をするために必要なのは、子どもの数だ」と様々な場で言ってきましたが、これに相反する理念を掲げた学校を堂々と新設する動きを見せています。

*イエナと全国メディアの問題

 ここで、全国メディアやネットメディアがイエナプラン教育校をどのように報道したかについて触れておきます。

NHKスペシャル「シリーズ 子どもの”声なき声” ”不登校”44万人の衝撃」ウェブサイト紹介文】 (2019年5月30日)
・(前略)計44万人にも上る中学生が“学校へ行きたくない”と考えている現実。いま、こうした声を学校への“NOサイン”だと捉え、公教育の枠組みを大きく見直す模索が広島県で始まっている。去年4月、福山市の公立中学校に「校内フリースクール」を設置。さらに、子どもたち個々の違いを尊重する教育で知られるオランダの現場を視察し、公立学校への導入を決めるなど、新たな施策を次々と打ち出している。・・・(G)
朝日新聞Globe「オランダで注目「イエナプラン教育」日本にも出てきた導入校」】 (2019年9月4日)
・公立小学校がオルタナティブスクールの手法を全面的にとりいれる。そんな計画が日本でも動き出した。(中略)新生・常石小は定員180人ほどの予定で、希望すれば全国から受け入れる方向だという。イエナプラン教育の導入に踏み切ったのはなぜか。福山市教育長の三好雅章(61)は「学ぶことは楽しい、と感じて欲しかった。学ぶ環境や学び方を研究してきて、イエナがあった」と話す。(中略)教育長に就任した14年以降、子ども主体の学びを重視し、教科や学年の枠を超えた教育課程を少しずつ編成した。先生の研修を毎月するなど、地ならししてきた。そんなときイエナに出合った。昨年11月のオランダ研修だった。誘ったのは広島県教育長の平川理恵。文部科学省も昨年6月、人工知能(AI)などの先端技術が高度化した社会「Society5.0」の人材育成について、一人ひとりの能力や適性に応じた学習、異年齢集団で学ぶ重要性を指摘した。常石グループも資金協力を申し出た。お墨付きはそろい、環境が整った。(中略)研究によると「多様な学びが認められている国で、そうした教育(オルタネイティブ教育)を選ぶのは全体の1割程度。それを大きく超えることはない」という。「でも、その1割が大切なものとして社会の中で位置づけられ、公教育の中で一翼を担うことに意味がある。『1割の妙』が教育全体の風通しをよくして、残りの9割にも新鮮な空気を吹き込んでいく。怖がらず、発想を転換することが必要だ」(中略)日本では、学校教育法1条に定められた「学校」以外で義務教育を行うことは認められていない。こうした「学校以外の場」は公教育の枠から外れた存在で、地元の学校に二重に在籍する必要があったり、公的補助が乏しいため授業料が高かったりと、さまざまな制約がある。こうした状況が、不登校の増加にも影響しているというのは、多くの専門家が指摘するところだ。年間30日以上学校を欠席した「不登校」の小中学生は17年度に過去最多を更新し約14万人に。保健室登校などの「不登校予備軍」も中学生だけで33万人に上るとの日本財団の調査結果も出た。・・・(H)

 不登校問題を扱ったNHKスペシャルの中で、広島県と福山市の取り組みに焦点があてられました(G)。番組では、福山市が5つの中学校に校内フリースクールである「ふれあいルーム」を設置したことや、2018年秋、広島県教育長や福山市教育長らがオランダにイエナプラン教育の視察に行ったことなどが示されました。また、朝日新聞の記事でも、不登校問題に対応する糸口として、福山市のイエナ導入をクローズアップしています(H)。これらの報道からは、福山市では、市街地の大規模校で不登校に追い込まれた児童生徒が、やっとの思いで広瀬や山野、内海や内浦の学校を見つけ、少人数の環境で学習することができているという実態が抜けています。市が不登校児童生徒の居場所となっていた学校をわざわざ廃校にする計画を立て、それに住民が反対していることには触れず、イエナを導入しようとしていることだけ強調するのは、真実の一部だけを切り取った報道に他なりません。

 これらの報道に続き、翌年、東洋経済オンラインも記事を出しています。掲載時期は第Ⅵ段階にあたりますが、ここでまとめて扱うことにします。

東洋経済Online「公立初「イエナプラン教育校」に移住者も集う訳」】 (2021年3月17日)
・21年度の新低学年の受け入れに当たって20年10月に行った説明会には、延べ202名が参加。市内全域の在住者が対象だが、移住者も受け入れており、東京都や埼玉県などから参加した保護者もいた。入学が決まった約20名のうち半分は市外からの応募だったといい、注目の高さがうかがえる。(中略)個別最適かつ協働的な学びの重要性が強調される新学習指導要領とも親和性の高いイエナプラン。同校の取り組みが普及の原動力となっていくのか。今後も注視したい。・・・(I)

 この記事では、イエナや学校再編は、新学習指導要領の教育理念を実現するために行うのだという市教委の説明を、右から左にそのまま流しています。福山市が、文科省の新学習指導要領をある時から突然都合よく学校再編の理由に使い出したことは、第Ⅴ段階の分析でも確認した通りです。学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び」は、学校再編を促すための文言では決してありません。しかし、記事ではそのことに対する指摘はありません。これでは、メディアの権力監視の機能を放棄し、「福山市は文科省の方針に忠実である」、「福山市は先進的な教育を積極的に取り入れている」という世論の形成に貢献しているようなものです。市による住民への暴力に、全国メディアやネットメディアが加担していると言わざるを得ないのではないでしょうか。

*特認校(広瀬)

 次に、第Ⅳ段階の最後に突然出てきた広瀬学区の「特認校」について述べます。山野学区、広瀬学区には、大規模校に通うことができない児童生徒が学区外から通学しています。元は実情に沿って出てきた「不登校児童生徒のための特認校」の計画でしたが、段階が進むにつれて矛盾が生まれていきました。

 2019年2月27日の福山市教育委員会会議において、広瀬学区における「特認校」の設置が決定していましたが、会議は「秘密会」とされていたため、2019年7月15日に話し合いの場が持たれるまで、山野の住民は計画そのものを知りませんでした。

【福山市議会 定例会本会議 代表質問】(2019年3月4日)
・大田祐介議員(水曜会):山野、広瀬、加茂学区の再編は、とりわけ広瀬学区において大きな集団になじめない、不登校などの理由により、多くの児童生徒が学区外から通っている事、学区内に児童養護施設があるという状況があります。そうした教育上の配慮が必要な子どもたちの教育環境のあり方について、全市的な視野に立ち検討しているとのことでした。現在の検討状況をお知らせください。

→教育長:本市における、指定学区以外の学校に校区外から通っている児童生徒の状況や長期欠席、不登校の現状等を踏まえ、全市的な教育環境の設備充実の観点から、これまで検討を行ってきました。…こうした法の趣旨も踏まえ、本年度から6中学校区へきらりルームを設置した他、今後、校内への少人数指導教室の設備、適応指導教室の増設などとあわせ、教育上の配慮が必要な児童生徒に対する全市的な教育環境の設備充実の一環として、広瀬地域に特認校を設置することとしました。(p.1)・・・(A)

・大田祐介議員(水曜会):最後に、教育環境整備についてお尋ねしたいんですが、広瀬に特認校を設置するということで答弁がありました。…山野の人はですね、とにかく学校を残してほしいというその一点張りで、まあ、その後の利活用であるとかいう話には乗ってこられないとも聞いております。じゃあその特認校は広瀬に行きます、で山野ではありませんでした、で山野はもう学校が無くなるのかっていう失望が広がるんではないかと思うんですが、公立の学校は難しいとしても、私立の学校なら私は可能性があるんじゃないかと思っています。それは、今、フリースクールというのが全国に出来ておりまして、それは色々な種類があるんで詳しくは説明しませんが、不登校の子どもを受け入れるフリースクールもあれば、自然体験が出来ますよっていうようなフリースクールもあります。そういったフリースクールを山野に設置してはどうかなと、ひとつの提案でございます。(p.5)・・・(B)
説明会4【山野学区 話し合い】(2019年7月15日)
・教育次長:2月に特に不登校になって地元の学校に通えない、集団になじめない、子どもたちの学校として北部地域に、新たな学校を作っていこうということで、方針を出させて頂いたところです。結論から言うと、山野の地域ではなくて広瀬の地域に小中一貫の学校を設置していく計画をしています。…引き続き子どもたちはこの地域で育っていける、といった環境を整えて行きたいと思っておりますので、今日はその考え方を説明させて頂いて、我々とすれば、子どもたちが、より良い環境の中で学んで行ける、といった条件整備をしていきたいと思っておりますので、今日はよろしくお願いいたします。(p.1)・・・(C)
【資料 特認校 広瀬】(2019年7月15日)
不登校になり、在籍校への登校(復帰)は困難だが、新しい学校で学び直しができる環境を整備することで、自分への自身を取り戻し、高校進学を見据えた社会性の育成と学力の定着・向上を図る。・・・(D)

集団への適応が難しい子どもに対し、その状況に応じて、安心して学べる環境を整備することで、緩やかに教員や友だちとの人間関係を築きながら、集団における社会性やコミュニケーション能力を育成する。・・・(E)

・スケジュール
2021年度(令和3年度) 教育課程特例校の申請(文部科学省)・・・(F)
回答書2【要望に対する回答について(山野)】(2019年8月27日)
・多様で適切な教育機会の確保等を国、自治体の責務とする「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」が2016年(平成28年)に制定されたことも踏まえ、山野小・中学校を選び通っている児童生徒も含め、教育上の配慮が必要な子どもたちが学ぶ特認校を設置することにしています。
山野に住みながら児童生徒が再編後の新しい学校や特認校に通学できるよう、その支援は、責任を持って行います。
こうしたことから、要望の1点目と2点目とも関わりますが、学校再編計画の見直しと、山野小・中学校を小規模特認校にすることは考えていません。・・・(G)
特認校 準備委員会だより 創刊号】 (2019年11月)
・新しい学校の校名を募集します!
〔内容〕校名とその校名に込めた想い
〔用紙配布〕広瀬地域(町内会加入世帯)
広瀬小学校(児童・保護者・教職員) 広瀬中学校(生徒・保護者・教職員)・・・(H)
【特認校 準備委員会だより 第7号】(2021年11月)*時系列としては第Ⅵ段階
教育課程の特例 新教科「広瀬タイム」
 生活科、総合的な学習の時間に、国語・社会・理科・図画工作・技術家庭科の教科を組み合わせた、独自の教科を新設します。広瀬地域の豊かな自然環境を素材に教科等で学んだことを活用し、栽培、ものづくり等の活動、観察・実験、調査、発表・討論等、体験的に学習します。・・・(I)

 福山市教委は、山野小中学校や広瀬小中学校には大規模校に通うことが難しくなった「不登校」の児童生徒が通学していることを知りました。そこで、不登校の児童生徒のために、いわゆる「教育機会確保法」に基づき、市として「特認校」を設置することにしました。「特認校」は全市的な取り組みであるので、市に一校だけ作ることになりました。

 市は、「ルンビニ園」という児童養護施設がある広瀬に「特認校」を設置することに決めました。一方で山野に対しては、要望書に対する回答書の中で改めて、「学校再編計画を見直すつもりはない」ことと「山野小中学校を小規模特認校にするつもりはない」ことを明言しました(G)。

 ここまで、次の4点の論理の矛盾が指摘されます。

1)「不登校」でなくなった児童生徒を「不登校」に戻す
まず、福山市は「山野や広瀬には不登校の子が通っている」ということを認識しましたが、正確には異なります。広瀬や山野の児童生徒は、広瀬・山野小中学校に通うことによって「不登校」ではなくなっていました。したがって市教委の措置は、「不登校」でなくなっていた児童生徒を、再び「不登校」に戻してしまったということになります。

2)事実上の「小規模特認校」の強制廃止
 次に、福山市は山野には「小規模特認校は認めない」としましたが、山野小中学校にはすでに学区外から通学する児童生徒がおり、事実上、小規模特認校の役割を果たしていました。そもそも、現行の国の制度には「小規模特認校」という制度はありません。公式に、いわゆる「小規模特認校」にするために必要なのは、学校選択制を認めるという手順のみになります。それを「認めない」ということは、事実上の小規模特認校をわざわざ強制的に廃止するということです。

3)教育機会確保法の趣旨に逆行する
 3点目は、教育機会確保法との兼ね合いです。市教委は、「特認校」設置の法的根拠は「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」、いわゆる「教育機会確保法」であると説明しています(2016年12月成立、2017年2月施行)。この法律の趣旨は、集団の中で学ぶのが難しい児童生徒にも教育を受ける機会を確保するというものです。しかし福山市では、「特認校」を設置することで、現存する広瀬小中学校、山野小中学校に通学する機会を奪われる子どもが出てきます。加茂小中学校に通うことが難しい以上は、「特認校」に通い、「不登校」という枠組みに入るほか選択肢がなくなることになります。したがって市教委の政策は、多様な学びの機会を保障するという法の趣旨に反しています。

4)「児童養護施設の存在」だけが広瀬を選定した理由として説明された
 4点目は、設置場所の選定の方法です。福山市は、児童養護施設「ルンビ二園」の存在を理由に「特認校」の設置場所を広瀬に決めました。しかし、児童養護施設の存在と、不登校児童生徒のための学校の設置は、必ずしもイコールで結び付きません。福祉施設の存在のみを「特認校」の設置の理由にしていることは、本来は疑問視されます。なぜなら、児童養護施設に入園する子どもの中にも、学校に通うことが難しい子どももいれば、学校では楽しく過ごすことができるという子どももいるからです。児童養護施設在園の子どものために、特別な配慮を施した学校教育環境を用意することは意味のあることかもしれません。しかしそれは、「山野には作らず、広瀬に作る」ことの理由としては不十分なはずです。配慮が必要な子どもを保護する福祉的な理由によって広瀬を選定したと言われてしまうと、「おかしい」と言えなくなるという点でも、児童養護施設のみを理由に挙げることは問題があります。

 以上が「特認校」の導入段階です。ここから実際に計画を進めていく段階に入ります。

 教育委員会会議で「特認校」の設置が決定したのは、2019年2月13日でした。山野の住民には、2019年7月15日の話し合いの場で、初めて説明がなされました。この時配布された資料には、「2021年度(令和3年度) 教育課程特例校の申請(文部科学省)」と記載されていました(F)。

 2019年10月17日から「特認校」の準備委員会が始まりました。準備委員会の中で、校名(「広瀬学園」)や校歌、教育課程が決まっていきました。カリキュラムは、不登校の児童生徒のためのものというよりも広瀬の地域学習等に重きを置いていました。例えば第8回準備員では新教科「広瀬タイム」の創設が決まりました(I)。こうして「特認校」はいわゆるオルタナティブ校のような性格を帯びていきました。

 以上の時期の出来事には、矛盾が3つ指摘されます。

5)広瀬の住民のみに対する事前説明
 まず、「特認校」の設置は、広瀬の住民にのみ事前に確認して設置が決められました。これは、「特認校は全市的な取り組みだ」ということと矛盾します。「特認校」の特認校準備委員会も、広瀬小中学校のPTAや広瀬の連合町内会、福山ルンビニ園の職員など、広瀬の住民や地域関係者のみで構成されています。また、校名については、広瀬の地域と小中学校の保護者のみにアンケートを取りました(H)。福山市全体を対象とし、不登校に悩む児童生徒や保護者に募るのが通常の流れです。これでは「広瀬の学校の再設置」という性格が強まり、「広瀬の学校は残すが、山野の学校は残さない」という地域の選別を行っていることになります。

6)「不登校特例校」ではなく「教育課程特例校」を狙っていた
 次に、「特認校」を「教育課程特例校」で申請する点です。2018年3月4日の市議会における議論を見ると、あくまで「不登校児童生徒への対応」として「特認校」を設置するという文脈になっています(A)。しかし、2019年7月15日に山野の住民に公表された文書を見ると、末尾に「2021年度 教育課程特例校の申請」と書かれています(F)。これは「不登校特例校」とは異なるものです。

 「不登校特例校」は、学校教育法施行規則第56条に基づいて全国に17校設置されています。一方、「教育課程特例校」は、時数を増やしてより多岐にわたる教育内容を行うという趣旨のものです。広瀬に通うことを想定するのは「不登校」の児童生徒だというのであれば、説明通り「不登校特例校」を設置するのが筋です。また、「教育課程特例校」を申請するという計画は、2019年2月13日の教育委員会会議の段階ではまだ明言こそされていないものの、「人や自然と触れ合う体験的な学習を取り入れた教育課程にしたい」という説明はなされていました。そして7月15日の山野への説明会の段階では明言されています。このことから、市教委はかなり早い段階から、オルタナティブ校のような学校の設置を狙っていたのではないかと考えられます。

7)不登校児童生徒への対応という視点の欠如
 また、制度上「教育課程特例校」で申請することにとどまらず、中身にも不登校児童生徒への対応という視点が見られないことも問題点として挙げられます。例えば準備委員会も、福山市全体の不登校児童生徒の実態をどのように調査し、児童生徒の募集をかけ、交通手段等を整備するのかという議論から始まるのが通常の流れではないでしょうか。しかし実際の内容は、校名や校章、制服等の選定を、広瀬の住民だけに諮り、進めるというものでした。不登校児童生徒のための学校と言っておきながら、「不登校」という課題そのものに向き合う学校にはなっていません。

8)「適正化計画(第1要件)」の崩壊
 最後に、「適正化計画(第1要件)」との兼ね合いです。市教委は、「適正化計画(第1要件)」では、子どもの数によって統廃合を決めるとしていました。しかし見てきたように、「特認校」の設置は広瀬の学校の再設置の様相を深めています。つまり、「適正化計画(第1要件)」で立てた前提を自ら崩壊させているといえます。

*2020年2月27日 内海説明会

 ここまで、イエナと特認校の矛盾点を見てきました。その上で、2020年2月27日に行われた内海説明会を分析していきます。

 本説明会では、福山市教育長の三好雅章氏が主に答弁に立ちました。教育長は、説明会の中で声を荒げる場面も見られました。この日を経て、内海・沼隈地区では学校統廃合がいよいよ実行に移されることになりました。以下は、説明会の録音テープを文字おこししたもので、≪ ≫内は、筆者による、状況を示す補足の説明です。

説明会5内海説明会】 (2020年2月27日)
・三好教育長:緊密な人間関係の中だけに、家族の中でも反対賛成とかいうことになったら、分かれて、分かれて、それを表立って言うということがとってもしんどい。これも共通して声としていただきました。
 自分はこうなんだけれども聞けないとか、アンケートに答えるのもなかなか答えられないとか、行くのももっとしんどいと言われてたとか、というふうな声を聞く中で、それはお世話になった方への、一緒にいろんなことをやってきた方々がたくさんおられるわけで、しかし子どもの将来のことやご自身として町のことを考えたご自身の意見や思いはあっても、家族だったり夫婦だったり兄弟だったり親戚だったりという関係の中でなかなかそれを表立って言えない。言えないからということで、アンケートよう出さないけれどもという連絡をいただいたり、そういうことも含めて、内海町が好きでみなさんが好きなんだなぁという思いをとってもしました。
 しかし、そういうことも含めて、新たな学校を作るということ、そしてまちづくりについて話を始めたいということがみなさんの総意であるという風ふうに判断いたしました。これから、これから新たな学校をどのようにつくるのかということと、まちづくりに向けて、どうまちづくりを、町をつくっていくのかということを、に向けて、これから話をする、スタートを切る、その区切りの会にさせていただきたいということで今日伺っております。よろしくお願いします。・・・(A)

・教育長:今日はこのような会にするつもりはありませんでした。というのは、全体で集まると反対の人は発言できるが賛成の声は上げられない。昨年(2019年)5月の説明会以降も、賛成と思っていても言えないとの声をかなり聞きました。先ほども言ったように個別の面談をさせてもらっている。アンケートも厳封をして、個人宛で渡して、厳封で返してもらうようにしていても、アンケートを出すなという指示が出たり、あるいは私(教育長)の面談へ行くなと言われたり。面談へ行ったことが分かったら…ということを皆さん言われました。そのような状況の中で、・・・(B)

住民:誰が言ったのか。住民:誰が言ったのか。

教育長:≪住民の声を遮り≫この場で誰が言ったか言えないから皆さんしんどい思いをしているのではないですか。だから私(教育長)が悪い、教育委員会がとんでもないということにしてください。ここで皆さんが賛成/反対とか誰が言ったとかの会にしていては、本当に子どものためや地域のためにと考えている方々の声は一つも出せませんよ≪声を荒げて≫。それだけしんどいものをもってここへおられる。だから今日も来たくないと思って、来ていない方もおられるわけですから。・・・(C)

住民:≪ざわめく≫

教育長:だから、いえいえ、そこは引けないです。この間、ずっと「言えない」という思いは沢山聞いた。

住民:≪教育長の声を遮って≫ごく一部だ。

教育長:いえ、ごく一部ではありません。ありません。ここで賛成だと立って言ってもらう。その間、友達の子ども同士のことや仕事の関係などをとても気にされながらやられている。そんな人間関係も言えない、それだけ気を遣われている≪声を荒げて≫。それぞれにお世話になったという気持ちもあるから、この部分で意見は違うが、そうかと言って喧嘩はしたくない。若い人だって年齢が高い人だって。反対の人はどんどん意見を言えるかもしれないが、賛成ながら意見を言えないという思いを持たれている人は沢山おられる。だからそこは、・・・(D)

住民:≪教育長の声を遮って≫すいません。すいません。そういう状況を作っているのはあなたたちです。

教育長:はい。私たちで結構です。・・・(E)

・教育長:ましてや賛成という思いはなかなか言えない。だから今までの話し合いの中で反対の方の思いは言えるが、ここにおられる皆さんのみんながみんな反対ばかりではないと受け止めている。・・・(F)

・教育長:こういう場で賛成という意見は言えないと思う。そこを引っ張り出そうという…どんどん追い詰める状況になり決して良くないと思っている。・・・(G)

・教育長:いま言われたように、皆さんの思いが一つになるということはなかなか難しいと思う。それを全部行政のせい、教育委員会がこうしたと言われたらそれは、“申し訳ない”としか言いようがない。だから区切りをつけて新しい学校を造ること、まちづくりをどうするかという話し合いを始めさせてください。・・・(H)

 教育長は、説明会の冒頭で、「みなさんの総意は新しい学校を進めることだと判断した」と述べました(A)。結局はこれが全てで、内海の学校統廃合は無理やり「決定」されました。冒頭の市教委による説明が終了すると、質疑応答の時間中、住民は教育長に抗議しました。一方教育長は、自身の考えに賛同する立場である賛成派の住民を擁護し、反対派の住民のせいで意見を言うことができなくなっていると批判しました(B,D,F,G)。

 教育長は、学校再編の責務を果たすためなら、教育委員会が批判されても構わないと繰り返し発言しました(C,E)。保護者や地域住民との話し合いを重ね、慎重に進められるべき学校統廃合について話し合う場で、教育長は、住民との対話を放棄して開き直りました。たとえ住民が反対しても、合意を形成することができなくとも(H)、学校再編計画を見直す余地はないということを確認するとともに、反対意見は住民の意見ではないということが示された説明会でした。このように、説明会は紛糾したにもかかわらず、説明会を開催したという事実だけが残り、再編計画は「決定」だとみなされました。

◆住民の論理 ①人口減少

 ここからは、住民側の論理を見ていきます。

【「福山市千年小中一貫教育校」の整備に係る内海町内の教育環境の存続 要望書】(2019年2月13日)
・過疎の進行による少子高齢化を見据える中、地域の活性化についても住民自ら空き家対策で若者世代の入居を促し6年間で35世帯102名(内子供27名)の方々に定住して頂き定住人口に繋げています。(p.5)・・・(a)

・学校は地域コミュニティの存続発展のために大変重要な役割を果たしています。学校が統廃合されて地域から学校がなくなれば若い世代が住まなくなり、地域の存続が危ぶまれます。(p.5)・・・(b)
【公開質問状2(統廃合ネット)】(2019年2月20日)
人口減少対策の効果はあらわれていません。その原因や対策が明確でない中で、なぜ学校再編・統廃合を先行させるのでしょうか。「地域説明会」等へ教育委員会だけが参加するのではなく、少子高齢化・人口減対策・地域活性化に取り組む部署からも参加し、責任ある回答をすべきだと考えますがいかがでしょうか。(p.4)・・・(c)
説明会1【「公開質問状(その2)」をめぐって市教委との話合い(統廃合ネット)】(2019年4月17日)
・住民(統廃合ネット):学校を取ったら人口が減っていく、と私たちは一般的に思っている。学校がなくなると子どもと親が定住しないから人口は増えない、持続が不可能になる。人口減少対策と学校の統廃合は大いに関係があるという視点で考えていくのが普通ではないかと。(p.21)・・・(d)
説明会2【内海説明会】(2019年5月10日)
・住民:引っ越すって時にまずは何を気にするかというと、学校は近くに、どの辺にあるか。買い物するところはどこにあるか、病院はどこにあるか。この3つをまず引っ越すときに1番気にすると思うんです。学校がなくなってしまうと、もう内海町は死んだようなものだと私は思います。・・・(e)
【うつみ 明日へ 第13号(内海町の将来を考える会 広報誌)】(2019年7月15日)
空き家対策として、2012年に始まり、8年目になりました。今年は2件新たに決まり、入居者「34件、114名」となりました(2019年6月時点)。また、入居した方で2名のお子さんが生まれました。・・・(f)

 (b,d,e)からは、「学校がなくなると、子どもや親が定住しなくなり、人口が減る」という住民の論理が読みとれます。それなのに、市は、人口減少という課題そのものに向き合わず、学校再編をしようとしています。(c)はそのことに対する批判です。 (a)を見ると、内海住民が空き家対策により若者世代の移住を促し、35世帯102名を受け入れたことが記されています。また(f)では、2012年からの8年間で、34世帯114人の移住を受け入れたとされています。このように、住民が人口減少を食い止めようと活動する傍らで、わざわざ人口減少に拍車をかける学校再編を行うことを、住民は批判しています。


◆住民の論理 ②学校と地域の関係

説明会3【内浦説明会】(2019年5月11日)
地域に教育の場を残すという目線で、内海に小中一貫教育校を作ることを考えてもらいたい。・・・(a)
説明会4【山野学区 話し合い 議事録】(2019年7月15日)
・住民:次に学校と地域の関連性についてなんですけれども、学校は一体誰のものかというふうに考えますと、これは「地域の住民のもの」という事になります、これは基本中の基本です。学校は子どもと教職員のためだけのものではなくて、地域皆さんの地域コミュニティの中心であり、防災拠点としての役割もあります。地域の人たち山野の人たちみなさん教育に関わっておられて、単純に「教育の場」という考え方だけでは進めてはいけないと思っています。(p.15)・・・(b)

・住民:そういう所も含め色々な事、山野全体を含めると、子どもたちのことだけをまちづくり推進委員長としては考えておられないなというのが話を聞いてわかったんですけど、やはり、若い人たちが町の方へ出て行くんではなくて残れる、そういったことを町全体で考えていく、それはもう教育委員会の先生方だけでなくって、協働のまちづくり課であったり、農林推進課であったり、去年から関わっている企画政策課であったりとか、色んな方との話し合いを一つの席でした方がいいなーいう事を常に、私もそうなんですけど思っておられます。色んなところで、学校や子どもだけ教育委員会の先生方は思っておられるんだと思うんですけど、色んな観点で考えていってほしいなと思っておられますので…。お伝えしておきたいなと思います。(p.6)・・・(c)

・住民:そんな学校もないところへわしの娘を嫁に出せるか言われたら、もう目も当てられんなぁいう気がするんです。学校を廃校をするのはみやしい(備後弁訳:簡単)かもわからんけど、反響がものすごい色んなところに、影響が出てくるんですよね。だから学校学校というのも分かるけども、やっぱり大きな目でものを見よらんといけないと思う。(p.9)・・・(d)

・住民:それは地域のことを考えたら、それを言われるとなんでそんなことが地域に対して言えるのかと思ってしまうんですね。学校再編は市教委が決めます、それは判断も市教委がします、だけどあなたたち今までやってきたことは、加茂の新しい学校でボランティアとして役立ててくださいねっていうことですよね。(p.11)・・・(e)
【「福山市学校規模・学校配置の適正化計画」の見直しに関する要望書(山野)】(2019年7月15日)
・同時に、昨年度新たに設置されました地域活性化担当の部署「企画政策課」とで「外部人材を活用した関係人口創出事業」にも協力をしてまいりましたが、その事業もなかなか進展していないのか実状です。それは、「学校再編を前提とした学校教育環境の整備と地域の活性化は別に考えて取り組む」という考え方や、「地域活性化は、企画政策課が中心となり進めていくことであり、市教育委員会の仕事ではありません。」といった姿勢が、私たちには納得できないからです。・・・(f)

 (c)の住民の発言からは、市教委は学校の中のことだけを考えていますが、地域のことも含めて考えるべきだという論理を読み取ることができます。(a)の内浦の住民も同様に、地域があって学校があるのだから、地域に教育の場を残すという視点を持つべきだとしています。山野説明会における(d)の意見も、学校がなくなることが地域に及ぼす負の影響を直観的に見通しています。山野の要望書では、「学校と地域を分けて考える」という市の論理は間違っているという批判が見られます(f)。

 山野の話し合いでは、「学校は住民のものだ」という意見が見られました(b)。教育は行政が行うのではなく、住民が行うという原理原則を述べています。そのような感覚があるからこそ、住民は、市教委の「再編後の学校での活動に協力して下さい」という、住民の意思を抜きにした論理に対して敏感に反応しました。(e)では、「市教委は、地域の自主的な取り組みを否定するが、市教委の指導に従って、再編後の学校教育に協力せよと言う。それはおかしい」という、本質的な指摘がなされています。

◆住民の論理 ③教育理念


【「福山市千年小中一貫教育校」の整備に係る内海町内の教育環境の存続 要望書】(2019年2月13日)
・私たちは小規模校でも工夫次第で適正規模校に引けを取らない教育ができると考えております。たとえば、他校との交流、ICT機器の活用、地域住民によるスクールサポートボランティア活動の協力等々です。すでに、私たちは少人数の特徴を活かして、個々の児童生徒に応じた指導を行い、大規模校ではなじめない子どもたちが生き生きと学習に取り組むなど、それぞれの子どもが個性を発揮しながら頑張っております。(p.6)・・・(a)
【「公開質問状(その2)」をめぐって市教委との話合い(統廃合ネット)】(2019年4月17日)
・住民(統廃合ネット):「多様な価値観」と教育委員会はよく言われる。しかし多様な価値観は学校の中だけで作られるものではない。地域があってこそでしょう。(p.23)・・・(b)
【「福山市学校規模・学校配置の適正化計画」の見直しに関する要望書(山野)】(2019年7月15日)
・その後も、一人ひとりの子どもを大切にするという教育の基本的な考え方から、山野学区に「小規模特認校」を認めて頂きたいという願いを届けてまいりました。・・・(c)
説明会4【山野学区 話し合い 議事録】(2019年7月15日)
今実際に山野から出て市内の学校に通わせる親もおるわけです。逆に市内からこちらへ通っているお子さんもおられるわけです。だからそれが多様性いうことじゃないでしょうか。別に山野の学校を存続していても支障はないわけですよね。(p.8)・・・(d)
【内海内浦保育所保護者会 署名】(2020年1月)
・どういう環境で子どもに育ってほしいかは、人それぞれの価値観。一つの価値観を押し付けるのではなく、本人意思で選択できることが誰もにとって幸せなのではないか。・・・(e)

 住民の中には、教育に数の論理はそぐわないという前提があります。内海の要望書には、たとえ小規模校でも、工夫次第で適正規模校に引けを取らない教育が可能だと書かれています(a)。それどころか、個々の児童生徒に応じた指導など、小規模だからこそできる教育をすでに行っているといいます。また、(c)の山野の要望書にも、大人数の中に埋没するのではなく、あくまで一人ひとりの子どもに向き合うことが大切だという論理が見られます。

 内海内浦保育所の保護者による署名(e)には、市教委による教育理念の押しつけに対する批判が込められています。(b)は、市教委のいう「多様」は教室の中だけの「多様」であり、本当の「多様」は学校の外に開かれることだという指摘です。(d)では、本当の意味で「多様」な教育環境を認めるのならば、市内から山野に通う機会を奪うべきでないとしています。

◆住民の論理 ④学校再編の理由


【「福山市千年小中一貫教育校」の整備に係る内海町内の教育環境の存続 要望書】(2019年2月13日)
・小規模校では切磋琢磨できない、社会性が養われない、コミュニケーション能力が身につかないなどの理由により、地域の実情も考慮しないまま市内一律に適正規模を基準にして学校の統廃合を進めようとしていることは、合理化以外の何物でもないと考えます。学校すなわち教育は会社などの事業経営とは大きく異なります。教育は予算の投資効率を求めるものではなく、次世代を担う子どもを育てるところであり、お金はしっかりかけなくてはいけないと思います。(p.5)・・・(a)
説明会2【内海説明会】(2019年5月10日)
・住民:義務教育学校、7つの学校を一つにして義務教育学校を作るとなった時に、やはり統廃合が目的になっているとすごく感じています。内海町から学校をなくすという理由がはっきりないまま、国や県教委などがいうままにどんどん色んな計画、イエナプランもありまして、学校規模や学級数規模の適正化という話がどんどん変わってきてイエナプランになってきて、結局、福山市が教育的な観点からみて、目指しているビジョンが何なのかがまったく見えずに義務教育学校というかたちでせかれていると私個人では思っているので、色んな話が変わっていって、信用できないという気持ちでいます。・・・(b)

 (a)に書かれているのは、小規模校のメリットや地域の事情に考慮せずに、適正規模の基準に従って自動的に統合を進めることへの批判です。つまり、教育に「数」や「合理化」の論理を持ち込むべきではないという指摘です。また、(b)の発言は、統廃合の理由が定まらないことに対する批判です。改訂学習指導要領の「主体的・対話的で深い学び」を理由として利用したことや、「適正化計画(第1要件)」の方針を放棄して、イエナを導入したことを批判しています。

◆住民の論理 ⑤行政の役割

【「公開質問状(その2)」をめぐって市教委との話合い(統廃合ネット)】(2019年4月17日)
・住民(統廃合ネット):今ある小中学校の価値を福山市がちゃんと見つめていないと思う。個人個人に対してよその大きな学校では得られないような素晴らしい教育をしているということを、教育委員会は観に行ったのか。(p.20)・・・(a)
説明会3【内浦説明会】(2019年5月11日)
・住民:笑顔で過ごせる人が多いという地域を作ることが、行政の一番大きな仕事だと思う。教育もその中の一つだと思う。・・・(b)
【常金中学校の学校再編計画に関する要望書】(2019年7月1日)
・アンケート結果、約9割がどのような形であれ、常金中学校の存続を望んでいます。また、住民アンケートの前に未来を考える会が実施した保護者へのアンケートでもほぼ同様な結果になっています。…これを踏まえ常金丸学区として、「常金中学校と新市中央中学校の再編計画」の白紙撤回を強く要望します。・・・(c)
説明会4【山野学区 話し合い 議事録】(2019年7月15日)
・住民:わざわざあるものをつぶして、新しい学校を作るのというのが、私にはこの統廃合どうなっていってるんだろうと思います。(p.12)・・・(d)

 (a)は、今ある小中学校の価値を認めるべきだという意見です。山野の話し合いにおける、(d)の発言も同様に、なぜ現存する学校の価値を認めず、別の学校を新設するのかと批判しています。また、内浦の説明会では、行政の役割は笑顔で過ごせる人が多い地域を作ることだという住民がいました(b)。インフラを取り上げるのではなく、やるべきことをやり、人々が地域で普通に暮らせるようにすることが、住民の考える行政の役割でした。

 福山市内では、中学校同士の統合計画も進んでいました。常金中学校区は、学校存続を強く要望していました(c)。住民の反対にもかかわらず、常金中学校と新市中央中学校の統合と再編後の学校の2022年4月開校が決定されることになります。


◆住民の論理 ⑥決定のあり方

説明会1【「公開質問状(その2)」をめぐって市教委との話合い(統廃合ネット)】(2019年4月17日)
・住民(統廃合ネット):義務教育学校とは何たるや、それを作る必要があるのかという段階なのに、“もう教育委員会で決めたから作る。それを分かってほしい”という説明会だったら必要ない。(p.26)・・・(a)
説明会5【内海説明会】(202年2月27日)
・住民:どこに内海町の保護者住民の総意があるかという見極めが、教育委員会の方で十分に出来ていないのではないかと私は思っている。・・・(b)

・住民:分断を持ち込んだのは教育委員会でしょう。・・・(c)

・住民:尾道市では保護者の署名等で統廃合を考え直すなどしているが、福山市ではなぜそれが出来ないのか。・・・(d)

・今日は、本当は発言を控えようと思っていた。この1年間、PTA会長として(中略)やってきてメンタルがボロボロだ。痛いし重い。(中略)PTA会長になって5月の説明会の直後、自分としては予想外だったが何人かの方が、学校や他の方を経由して私に“話がある”と。(中略)私が思っているのと全く違うことを言う方がおられた。(中略)当初頂いた意見に「学校は残ったほうがいいに決まっている」と。しかしもしこのまま再編が進んで、いざ自分の子どもがその学校へ通わなくてはならなくなったとき、今の状況のままで何事もなく通わせられるかどうか。…そこで参加しておかないと、もしゴリ押しでずっと進んでしまった場合、後から“内海入れてよ”となった時やはり先に入った学校から白い目で見られるのではないか。(中略)明確に「賛成。早くしてほしい」という声があるのも事実だと思ってほしい。(中略)内海に学校を残してほしいというのは、私も皆さんもそう思っているので敢えて私から話すことではないかなと。(中略)なぜこんなに保護者が悩み苦しむのだろう。(中略)やはり住民同士の話し合う機会も足りていなかったのか。そう反省すべき点もあると私は思っている。それが1年やってきて思うところだ。とにかく今はもうメンタルがボロボロだ。以上です。≪拍手≫ ・・・(e)

 統廃合ネットと市教委との話し合いでは、住民側から、教育委員会が決めたことを理解させるための説明会なら必要ないという主張が見られました(a)。

 (b)以降は、内海の統廃合が教育長により「決定」された、2020年2月27日の説明会における住民の発言です。(d)は、通常の行政であれば、ここまで住民が反対していて計画を見直さないのはあり得ないという、福山市の異常性を指摘する意見です。(b)の住民は、市教委は内海住民の総意を正しく判断できていないと述べています。この意見からは、「行政にとって都合良く総意を作ったのではないか」という、行政の一方的な決めつけに対する反発をまでも読み取ることができます。

 (e)からは、市教委の計画に反対すると再編後に不利益を被るかもしれないと考え、早く再編してほしい旨を市教委に伝えた保護者の存在が伺えます。そのような反応を責めることはできませんが、それが教育長に利用され、「統廃合を希望する住民が苦しんでいるではないか」として、決定の根拠にされたことも否定できません。(c)の住民は、住民同士の分断を持ち込んだのは市教委だと述べています。

 「行政には、学校統廃合の前に、人口減少対策としてやるべきことがあるはずだ」というものです。次に、「市教委の指導に従って教育を手伝う住民のみを歓迎するのはおかしい」というものです。最後に、「教育委員会が決めたことを理解させるための説明会なら必要ない」という論理が読み取れました。これらの論理は、行政に対する要求や反発として現れています。

◆行政の論理と住民の論理のずれ

 ここで、本段階で生じた行政の論理と住民の論理の齟齬を確認します。まず、「①人口減少」と「②学校と地域」に関わるずれを見ていきます。これまで述べてきたように、住民の論理の前提は、前の第Ⅲ・第Ⅳ段階から一貫して「学校は地域の中にある」というものです。各学区の住民が口を揃えて「学校がなくなると子どもや親が定住しなくなり、人口が減っていく」と主張しているのは、そのような前提があるからです。

 これに対して、行政は「学校と地域は別に考えなければならない」としています。これも、第Ⅲ段階から全く変わっていないのみならず、本段階では教育長が「学校は子どもの教育のためにできたのであって、地域があって学校ができたのではない」として、「(歴史的に)学校と地域は別物である」という持論を展開し始めたという意味では、さらに先鋭化しているといえます。しかし、次の第Ⅵ段階で詳しく述べますが、学校再編が「決定」した後の市教委は、手のひらを返したように学校と地域の結びつきを奨励し始めます。このことから、行政側が「学校と地域は関係ない」という無理な論理は、学校再編を実行に移すためだけに用いられていることが分かります。そこには、地域の持続を図ることが行政の責務であるという視点も、子どもにとって本当に良い教育環境は地域に開かれた学校だという哲学もないといえます。

 そこで、「③教育理念」と「④学校再編の理由」に関するずれを確認します。住民側は、教育は地域で行うものであり、また子どもは地域で育つものだと主張します。しかし行政側は、教育はあくまで学校の中で行うと主張します。本段階では、山野や内海住民による要望書に対する市教委の回答の中で、「多様性」という言葉がよく使われました。「人の価値観、個性、興味・関心などが多様化する中、先行き不透明な社会に向かう子どもたちには、多様性を認め合う力が必要」だという論理の出発点は分かります。しかしそれが、福山市の場合、「友だちとの対話を通じて多様な考え方に触れることが学びに向かう力につながる」「学校が小規模化すると、子どもたちが、意見を交わしながら理解を深める授業が展開しづらく、多様な価値観に触れさせることが難しい」という方向に向かいます。つまり、市教委のいう「多様」は、教室の中の子どもの数が多いことを指しており、つまり「多数」と同義なのです。

 しかし、住民側の論理はそれとは異なり、「教育に「数」や「合理化」の論理はそぐわない」というものです。「『多様な価値観』と教育委員会はよく言われる。しかし多様な価値観は学校の中だけで作られるものではない。地域があってこそでしょう」という、統廃合ネットの住民の言葉がそれをよく表しています。また、内海の住民は、市教委に宛てた要望書の中で「私たちはすでに個々の児童生徒に応じた指導を行い、それぞれの子どもが個性を発揮しながら頑張っている」とも述べています。このように、「多様」の本質をわきまえているのも、多様な教育を地域で実践する知恵を持っているのも、住民の側です。しかし、そのような住民の論理が政策に反映されないのは、そもそも住民自治のあり方に関する認識のずれがあるからです。

 本段階で見られた、「⑤行政の役割」と「⑥決定のあり方」に関わる論理のずれを確認します。住民は、地域にとって重要な学校に関することを、住民の意見を無視して進めることは許されないと主張しています。例えば山野の住民によってなされた「学校は一体誰のものかというふうに考えますと、これは「地域の住民のもの」という事になります、これは基本中の基本です」という発言は、住民自治の原理原則を端的に示すものです。しかし行政側の前提は、「学校に関することは教育委員会が決める」というものでした。したがって、住民に対しては、行政が決めた内容を理解させればよいと考えていることが分かりました。

 次回は、「第Ⅵ段階-学校再編の決行(2020年2月27日~現在)」の分析を行っていきます。

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