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同情をひく?

いつ頃だったか覚えていません。

私には、《同情をひく》という考えが、
生き方の一角にありました。
《同情をひく》と言うより、
《哀れみを乞う》と言うほうが正確。

難病/脊髄小脳変性症であることで、
《同情をして欲しい・同情を集めたい》
という姿勢が、生き方の一角にありました。

孤独に生きてきた私は、
誰かと仲良くなりたいと渇望して
いました。
また、自分の作品を販売するために
《同情》を利用しようとしてました。

当時、従姉妹とこんな会話がありました。
私:少し体調が悪い。
  また、病状悪化したかな?
従姉妹:そっか、、、進行性だものね


難病/脊髄小脳変性症は、と進行性。
何ら不思議のない会話です。

でも、進行したわけではなかったのです。
たまたまちょっと疲れて、体は動きが悪いだけなのに、
《また、病状悪化したかな?》
と、従姉妹の同情をひこうとしていました。

でも、そんな会話では、仲良くなれません。
誰とも仲良くなれません。
当時、私は、ライブハウスに足繁く通っていました。
元気なのです。
自分の作品を販売してました。
そんな元気な私が、
《また、病状悪化したかな?》
と、《哀れみを乞う》発言をしても
仲良くなれないし、作品も売れません。

創作の日々、清掃ボランティアの日々、
ライブ出演の日々。
それらを通し、
《同情をひこう・哀れみを乞う》
なんて、私には毒でしかない、とわかってきました。

《障害者手帳自主返納》
は、そんな《毒》を排出すること。
自分がひたむきに生きて
創作活動や清掃ボランティアの日々を
送るために、《毒》を排出したのです。



同情をひこうだなんて、私には似合わない。
ひたむきに清掃ボランティアをして
綺麗になった街を人々に感動してもらおう!
作品で人々に感動してもらおう!

それが、私の生き方。



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