今回は、公立学校教員(以下、単に「教員」といいます。)の働き方に関する法律を取り上げます。教員の働き方改革については次回扱います。
なお、制度の概要を把握する上では文科省資料が参考になるほか、高橋哲『聖職と労働のあいだ』(岩波書店、2022)には詳細な分析があります。
給与に関する規律
給与条例主義
地方公務員の給与は条例で定められることとなっており、県費負担教職員のそれは都道府県の条例で定められます(地公法24条5項、地教行法42条)。これが議論の出発点となります。
特別な手当の支給と残業代の不支給
県費負担教職員の給与は都道府県の条例で定めるとはいえ、各都道府県の全くのフリーハンドで決められるわけではありません。
まず、給与水準について。2004年の国立大学法人化以前は、公立学校教員の給与水準は国立学校に準拠することとされており(旧教特法25条の5)、条例で定めるといっても一定の縛りがありましたが、国立学校法人化に伴って当該規定が削除された後も、文科省は各都道府県教育委員会に「現行の教員給与体系の基本は維持されるので,公立学校教員の給与について引き続き必要な水準が保たれるよう留意すること」と求めています。この「求め」に法的拘束力はないとはいえ、事実上従う都道府県が多いと思われます。
次に、教職調整額の支給と残業代の不支給について。給特法3条に定めがありますが、法律は条例に優先するので(地自法14条1項)、各都道府県は、条例で教職調整額の支給と残業代の不支給を定めなければならないことになります。
関連して、義務教育等教員特別手当も併せて紹介しておきます。「学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸学校の教育職員の人材確保に関する特別措置法」(通称「人材確保法」)3条が定める「優遇措置」を具体化するかたちで、各都道府県が条例で当該手当の支給を定めています。法律上は「優遇措置」とあるだけで、義務教育等教員特別手当を支給せよと具体的に定められているわけではないものの、各都道府県において一律にこのような手当が支給されています。
東京都の例
東京都では、学校職員の給与に関する条例(「給与条例」)が定められています(東京都における教職員の給与制度の概要については都教委ウェブサイト参照)。義務教育等教員特別手当についても当該給与条例で定められています(24条の3)。
他方、教職調整額の支給と残業代の不支給については、別の条例(義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置に関する条例)で定められています。
教職調整額は給料の4%とするのが給特法のデフォルトルールですが、東京都では一定の者について教職調整額を4%未満とする修正が行われています(給特条例3条2項)。給特法の4%はあくまで「基準」なので、例外も可という整理と思われます。
なお、東京都では、修学旅行や部活動の引率・指導についても、一定の場合に教員特殊業務手当が支払われることになっています。
労働時間に関する規律
教員の労働時間も条例で定められますが(地公法24条5項、地教行法42条)、前回のnoteに記載したとおり、地方公務員については一部規定を除き労働基準法の適用があります。したがって、教員の労働時間は、同法に反しない範囲で条例により定められることになります。
給特法による労働基準法の修正
教員については、地方公務員であることに伴う上記修正に加えて、給特法5条において労働基準法の適用がさらに修正・限定されています。
同条の前半は、教員について1年単位の変形労働時間制を適用可能とするための読み替え(働き方改革に関する令和元年改正で新設)と、教員の臨時の残業(後記の超勤4項目に対応)を可能にするための読み替えです。
労働基準法の読み替え規定である地方公務員法58条3項をさらに読み替えるもので、異常に読みにくい構造となっていますが、最終的に労働基準法は以下のとおり読み替えられます(太字が読み替え部分)。
また、給特法5条の後半は、地方公務員法58条3項による適用除外の範囲の修正です。1年単位の変形労働制(労基法32条の4)を適用可能とし、代わりに残業代の支払義務(労基法37条)を適用除外の対象に追加しています。後者は、前に述べた残業代の不支給に対応するものです。
給特法による残業の制限(いわゆる超勤4項目)
法律上、管理職以外の教員は、次の4つの業務のためにやむを得ず必要となる場合を除き、残業を命じられないことになっています(給特法6条1項)。4つの業務とは、①実習、②学校行事、③職員会議、④その他の緊急事態を指します。この基準をふまえ、各都道府県が条例を定めることになります(以下は東京都の例)。
しかし、給特法をめぐっては、実際にはこの4項目以外にも残業を命じられているのではないかという問題が提起されています。
残業が明示又は黙示に命じられているのであれば、端的に給特法及びこれに基づく条例違反になると考えられます(下記参照)。
なお、裁判例においては、校長には「原告の労働時間を正確に把握し,原告が勤務時間外に業務に従事せざるを得ない状況が存在する場合には,業務量の調整や業務の割振り,勤務時間等の調整を行うことなどによって,労基法32条の定める法定労働時間を超えて原告を労働させてはならない職務上の注意義務」があるとして、当該注意義務違反をもって国家賠償法上の違法として、残業代相当額の損害賠償請求がなされたものもあります(東京高判令和4年8月25日。ただし、残業代支給に係る裁判例の一部と同様に、給特法の趣旨を没却する場合のみ違法との結論が示されている。)。
逆に、残業を命じられているわけではない、言い換えると、使用者の指揮命令を受けずに自主的に4項目以外の業務を行っている(したがって、労働基準法上の「労働時間」にもあたらない)ということであれば、超過勤務を「させた」ことにはならず、給特法及びこれに基づく条例には違反しないことになります。
最高裁平成23年7月12日集民 237号179頁は、校長が時間外勤務を具体的に命じたり、学級の運営等を含めて個別の事柄について具体的な指示をしたこともなかったことを理由に、当該事案において時間外労働命令はなく、自主的な業務への従事であったとして、校長に給特法及びこれに基づく条例への違反はなかったと判断していますが、これも同様の論理です。
ただし、教員の残業を「労働時間」にあたらない自主的活動とする見方に対しては、それが「労働時間」の意義に関する判例・学説と大きく乖離していることを理由として、反対する見解が大多数ではないかと思います(以下など)。
給特法に違反して4項目以外の残業が命じられた場合の残業代支給の有無については、①給特法5条が残業代支給の根拠規定である労働基準法37条を明示的にに排除している以上、当該残業について残業代は支払われないとする裁判例(東京高判令和4年8月25日など)と、②一定の場合(※)には例外を認める裁判例(札幌高判平成19年9月27日など)があります。
(※)「時間外勤務等を行うに至った事情,従事した職務の内容,勤務の実情等に照らし,時間外勤務等を命じられたと同視できるほど当該教育職員の自由意思を極めて強く拘束するような形態で時間外勤務等がなされ,そのような時間外勤務等が常態化しているなど,給特法,給特条例が時間外勤務等を命じ得る場合を限定した趣旨を没却するような事情が認められる場合」(前掲・札幌高裁)
文科省の解釈
文科省が公表している上記資料によれば、超勤4項目以外の業務はすべて教師が自主的に行っていることになり、その結果、これらの業務を行った時間は労働基準法上の労働時間にはあたらず、給特法違反もないということになります。
上記で引用した学説の批判にある通り、教員が所定労働時間外に校務を行っており、校長もそれを黙認又は認容しているのであれば、むしろ原則として労働基準法上の労働時間にあたる(教員の職務の特性にも鑑みて、真に自主的活動といえるような場合にのみ、例外的に労働時間性を否定する)と考えるのが自然ではないかと思いますが、実務はそうなっていないということです。
ただし、文科省においても、このような解釈と労働基準法の考え方の間にずれがあることは認識されています(以下参照)。ずれがあるとしても、超勤4項目以外の業務についても一律に残業代を支給するよう直ちに転換することが現実的でない以上、現時点では上記の解釈を維持した上で、給特法のさらなる改正を含め、これから時間をかけて望ましい制度設計を検討するという姿勢と解されます。
労働安全との関係
上記のとおり、残業代請求の文脈では、超勤4項目以外の残業は原則として自主的な活動とするのが裁判例の傾向ですが、公務災害の文脈では、「自主的活動」論にとらわれず、勤務の実態に即した判断がなされる傾向があります。下記の裁判例では、その旨が明確に表れています。
その結果、校長は、各教員の実質的な労働時間の状況を把握するとともに、それが生命や健康を害するような状態であることを認識、予見し得た場合には、事務の分配等を適正にするなどして勤務により健康を害することがないよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うことになります。また、本判決によれば、このような義務の履行として、声掛けや面談、アドバイス等では足りず、業務負担を実際に軽減させるための具体的な措置を講じる必要があるとされています。
なお、同裁判例については、野村春歌「判批」労働法律旬報2044号22頁に詳細な分析があります。
教員の働き方改革
文科省の解釈によれば、教員の残業はあくまでも自主的な活動なので、何も問題はないということになりそうですが、現実問題として教員の多忙は大きな社会問題となっていることから、令和元年に教員の働き方改革に関する各種施策が公表されました。
今回のnoteはすでに長文となってしまったので、これについては次回取り上げます。
給特法の適用範囲
最後に、給特法の適用範囲を確認しておきます。
留意すべきは、近年増加していると言われる非常勤講師が本法律の適用対象となっていないことです(上記太字部分)。その結果、非常勤講師には原則どおり残業代が支払われることになります。非常勤講師の増加も問題視されていますが、これについては、別の回で取り扱う予定です。