#1モリーズ・ゲーム【β版】

こんにちは!
前回の【α版】につづき、ネタバレ有りの【β版】です。

【α版】はこちら↓

テーマは「父親との関係」「トラウマ」

さてこの映画をご覧になった方は、彼女が何に囚われ、なぜポーカーの世界に足を踏み入れ、何を守り続けたのかが、見えてきたのではないでしょうか。ここからは私の考え、捉え方です。脚本家はこんなことを考えて構成したのかな…と思っています。

学業においてもスキーにおいても、容赦なく厳しくモリーを指導していた父の浮気現場を見てしまったモリー。当時5歳で本人は覚えていないようですが、それが父を軽蔑するきっかけになり反抗的に。社会も男性も信じられなくなります。

ディーンのポーカークラブを手伝い始めたとき、きっと彼女を無意識に惹きつけたのは「男性を、しかもセレブたちを、コントロールできる」ということだったと私は思います。モリーにとって「男性」は父親を重ねた存在だったはず。
そこに彼女の才覚のおかげでクラブは成長。さらにレベルの高いお客が集うようになり、彼女にとってもリスキーなゲームは刺激的なビジネスだったことでしょう。

そんなセレブたちの、彼女以外誰も知らない不名誉なプライベートやスキャンダラスな情報提供を頑なに拒んだ理由。弁護士チャーリーの言うように、秘密を守る彼女に感謝しに来る客も、裁判を援助する常連もいません。
彼女は「曾祖母からもらった名前を守るため。自分に残ったのはこれしかない」と言っています。

お金も仕事も宝石も服も身ぐるみ剝がされてしまい、自分にとって価値があるものは名前だけ。
もちろん言葉のとおりにも捉えられるけど、ロサンゼルスに出てきたときには家族を捨て、そしてポーカーを生業にすると決めたときにはロースクール進学の道を捨て、結果的にひとりぼっちになってしまった彼女の複雑な思いを含んでいると感じました。

満身創痍の彼女にとって守れるものはそれくらい。冬のニューヨークの寒さがさらに寂しさを感じさせます。

本作から考察するトラウマとの向き合い方

精神科医でもある父の要点をついたカウンセリングで、父との絆を改めて深めることができ、裁判もかなり軽度な判決に留められハッピーエンドとなります。
幼いころの嫌な記憶やトラウマが、現在の自分に影響していると考えることは誰しも経験があるのではないでしょうか。特に一番身近だった家族と紡いできた事実は、どうしようにも距離を取れずひっかかりになっていたり、囚われ続けてしまう厄介な存在だったりします。モリーは幸いにも当事者である父が解決の糸口を作ってくれましたが、実際にはそんな機会がないままという場合もありますよね。

私がこの映画を初めて見終わったときに感じたのは、「自分が事実だと思っていることは、時間の経過とともに偏った色がついてしまっているのかもしれない」ということです。表現が難しいですが、過去の記憶といってもきっとそれは100あるうちの1にも満たない、本当に断片的な記憶です。特にネガティブな記憶は、何度も何度も思い出しているうちにごく一部のそれだけが色濃く残ってしまい、「それが今の悩みの原因であるはずだ」とクセのように紐づけてしまっている。実際には今感じているほど大したことではなかったかもしれない。確かめようのないことなのですが…

モリーにとっては「小枝で転倒した」ことがいたずらに運命を決めてしまいました。あなたにとってのトラウマもいったん横っちょに置いておいて、今この瞬間の自分に全集中で向き合ってみてもいいかもしれません。

最後に

ほとんどの雪山のシーンでは、厳しく身勝手な指導をする父親の姿が描かれていましたが、最後の回想では転倒で怪我を負いながらも立ち上がり、観客から喝采を受けるモリーの姿で幕を閉じます。
彼女は父親の存在をなしにしても、強く逞しい人間。かっこいいなぁと感じるために、このシーンばかり何度も見てしまいます。


さて、人生で初めて映画について深く考え、文字にしてみて改めて思いましたが、どんな映画を見て何をどう考えるのかはその時の自分をよく映していますね。きっとこのnoteで書いたことも、今の自分だから感じたことなんだと思います。10年後には違う視点で、またモリーズ・ゲームについてレビューしているかも…!

読んでくださったみなさんがどう感じたかはわかりませんが、アウトプットするのが面白いな~と思ったので、もう少し続けてみようと思います。
よかったらまた#2以降もお付き合いください。

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