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直鎖アルカンはどこまで「直」鎖でいられるか

※本稿はミニコラムです。

要約

直鎖アルカンが本当に「直」鎖なのはヘプタデカンまでらしいですよ。

本文

 タイトルをみて「お前は何を言っているんだ?」と思った方がおられるかもしれませんが、実際直鎖アルカンがどこまでまっすぐなのかって考えたことありますか?つまり、十分に低い低温で熱平衡状態にある真空中に浮遊させたときに、完全に伸び切ったまっすぐな主鎖を維持できる直鎖アルカンの炭素数はいくつまでか、という問題でございます。

 そもそもの話として十分な低温環境下における[※1]低分子量の直鎖アルカンは安定なall-transコンホメーションを好みますから、理想的な分子の形は直線に近い形になります。まさに直鎖!って感じですね。

Fig.1 アルカンの理想的なall-transコンフォメーション

しかしながら、このall-transコンホメーションが安定であるという状態が無限に続いていくかというとそういうことはありません。例えばめちゃめちゃ長い一本のall-transコンホメーションポチエチレンなどはできません。直鎖アルカンはある程度以上の長さ(分子量) になると、all-transでびしっと一列に並ぶより自己溶媒和で折りたたまれた状態の方が安定になります。つまり自分自身との分散相互作用によって安定化が得られる、折りたたまって鎖同士が近づいた状態の方がアルカンにとって居心地がよくなるのです 。すなわち、直鎖アルカンの炭素数を増やしていくとどこかのタイミングで主鎖がまっすぐな構造(直鎖構造) から折れ曲がった構造(ヘアピン構造) へ変化するんですね。この直鎖型からヘアピン型への変形は4つの炭素が trans-gauche異性化することにより達成でき、cis-trans異性化と違ってエネルギー的に容易に起こりえる構造変化です。 

Fig.2 直鎖構造とヘアピン構造の雑な図

うーん、とはいえ「直鎖」というからにはちゃんとまっすぐ一本の鎖になっていてほしいものですよね。そうなると気になってくるのは構造変化のターニングポイントがどこにあるのかという点です。

 この疑問についてはMataとSuhmらのチームによって理論と実験の両方から検証がされています[1]。まず著者らは炭素数14~22の直鎖アルカンについて、直鎖構造とヘアピン構造のどちらがエネルギー的に安定なのかを第一原理計算により検証しました。計算の詳細は文献を見てもらうとして、計算の結果炭素数17±1にターニングポイントがあるようで、炭素数17±1以下だと直鎖構造が、以上だとヘアピン構造が安定となることが分かりました。この±1というのは誤差とかによる不確かさなので、実際には炭素数16,17,18のどれか一つがまさにターニングポイント、臨界鎖長となるわけです。
 次に著者らは気層低温ラマン分光を用いて炭素数13~20の直鎖アルカンのコンホメーション評価を行っています。評価方法の詳細は文献をみてもらうとして、評価の結果炭素数18のアルカンからヘアピン構造が優勢となっていることが分かり、計算で導いた結果と見事一致するものとなりました。これらの結果から、「直」鎖でいられる最長の直鎖アルカンは炭素数17のアルカン、ヘプタデカンであると結論付けられました。というわけで皆さん、今後もしヘプタデカンより大きい直鎖アルカンを描く機会があったらちゃんとヘアピン構造で描きましょう。

こういう基礎的な研究って面白いですよね。

※1
低温環境下以外では熱運動によるコンホメーション変化が生じます。例えば室温下のペンタンはすでにall-transコンホメーションが支配的ではありません。

余談

最長の直鎖構造直鎖アルカンはヘプタデカンだとわかりましたが、では
最短(?) のヘアピン構造直鎖アルカンはオクタデカンといっていいんでしょうか。実はそれはまだ検証が必要だと文献では述べています。というのも、もしかしたら炭素数16のヘキサデカンがヘアピン有利な可能性があるからです。炭素数が奇数のアルカンよりも偶数のアルカンの方が折りたたまれた構造になりやすいことや実験条件の問題などがあるためで、ヘキサデカンの構造がどうなっているかの実験的な証拠を得るにはさらに低温での検証実験を行う必要があると著者らは述べています。

参考文献


[1] Ricardo A. Mata, Martin A. Suhm et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2013,52,
     463-466.


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