抗COVID-19薬候補物質『モルヌピラビル』の合成ルートを見てみよう
(注意事項)
本稿はモルヌピラビルについてあくまで有機合成化学的な観点から紹介するものです。なので筆者の専門ではない医学的・薬理学的な話は記載しませんし、それに関する質問等にもお答えできません。
初めに
2021年ももう終盤。現在日本においては比較的落ち着いてきているものの相変わらずCOVID-19禍が継続しています。人獣共通感染症であるCOVID-19[1]はインフルエンザ同様完全に0にすることは不可能ですので、COVID-19禍の収束はインフルエンザがそうであるように接種者の負担が少ないワクチンと処方が簡単な治療薬の開発によってこそ成し遂げられるといえます。
COVID-19が発生して以降様々な治療薬候補が話題になりましたが、2020年中盤辺りから新たな治療薬の候補としてメルク社のモルヌピラビルをよく聞くようになりました。現在(2021年11月時点)日本で認可されている軽症中等症者向けCOVID-19治療薬は全て点滴や注射など専門家の高度な管理が必要になるものですが、モルヌピラビルは経口摂取で十分効果を発揮できたという報告があり人間での治験が鋭意進行中のようです。11月にはイギリスで世界初の認可も受けたこの物質、COVID-19禍の収束に経口治療薬の開発が必須であることを考えると、このまま初のCOVID-19経口治療薬として何事もなく世界的に上市されればCOVID-19禍における大きなターニングポイントになりえるでしょう。製薬メーカーや医療関係者の皆様を心から応援したいと思います。
さて、人類なら誰しもきっとモルヌピラビルのような新しい有機化合物の名前を聞くとまず知りたくなることがあるはずです。そうですね、合成方法ですね。よし、さっそく見ていきましょう。
モルヌピラビル合成ルート全体像
今回はEmory大学のGeorge R. Painter氏らが2018年に提出した特許文献[2]の内容をもとに話を進めていきます。現在メルク社がこの方法で合成しているかどうかは詰めて調査していないのでわかりません (ご存じの方がおりましたらご教授ください)。が、次々とより効率的(と論文執筆者たちが言っている)な合成法についての論文が出てきていますので、実際にモルヌピラビルが世に出てくる時は別の合成法で作られたものだろうとは思います。
特許に記載されている合成ルートをまとめると以下のようになります。
図1. 文献[2]で報告されているモルヌピラビルの合成経路
Uridineを原料として用い全5段階で合成するルートのようです。ぱっと見そこまで難しい反応や複雑な試薬・触媒は使っていないように見えますね。特に1段階目、2段階目の反応は学部レベルだったら有機化学演習Ⅰとかの試験で出してもいいくらいの反応です。では各反応を一個づつ見ていきましょう。
一段階目の反応
図2. モルヌピラビル合成一段階目
一段階目の反応は原料であるuridineに対して強酸(濃硫酸)とacetoneを反応させて1,2-diolのアセタール保護を行うものです。濃硫酸は触媒として用い、アセトンは反応試薬兼溶媒として用いているようです。Acetoneを用いるアセタール化は1,2-diolを保護するとてもポピュラーな方法で、生じるイソプロピリデン型の環状アセタールは塩基性条件下において安定な保護基となます。酸性条件には強くありませんが、逆にいえば強酸性条件下においては簡単に加水分解し脱保護ができます。この反応では酸として濃硫酸を用いていますが、扱いの容易さなどからp-TsOH (p-toluenesulfonic acid)を酸として用いる方がより一般的かとは思います。アセタールはヒドロキシ基の保護としてもカルボニルの保護としても使うことができる使い勝手のいい保護基なので、ほとんどの有機化学の教科書では重要反応として反応機構と共に記載されています。ここで記すまでもないかもしれませんがその反応機構を図3に示します。
図3.Acetone-強酸系による1,2-diolのアセタール保護の考えられる反応機構
カルボニル酸素へのプロトンの付加から始まりプロトンと水の脱離が適時進行することで最終的に五員環アセタール構造が形成されます。この反応は逆反応、すなわち酸による加水分解も容易に起こるので、収率良く反応を進めるためには発生する水を除去する必要があります。アセタールの酸による脱保護の反応機構については是非自分で組み立ててみましょう。基本図3を逆にたどればいいのでそこまで難しくないはずです。因みにカルボニルの保護基としてはアセタールの酸素が硫黄になったチオアセタールも有用で、チオアセタールはアセタールと異なり酸性条件でもとても安定でまた保護反応の際水を除去する必要がないという特徴もあります。
以上のように合成したアセタール保護生成物は最終的にtriethylamineを用いてクエンチをしたのち、特に精製をすることなく次の反応に進んでいます。『余談4』
二段階目の反応
図4. モルヌピラビル合成二段階目
二段階目の反応はヒドロキシ基と酸無水物とを反応させることによるエステル合成です。しかしながらただ両者を混ぜているだけというわけではなく、DMAP-補助塩基を触媒として用いる極めてオーソドックスな手法で行っています。DMAPはアルコールやアミンのアシル化などではとても役に立つち「アシル化が進行しなかったらとりあえず入れてみろ」といってもいいほど役に立つ試薬です。特にヒドロキシ基と酸無水物を反応させるんだったらファーストチョイスといってもいいですね。この反応は原理上ただ普通に塩基を入れただけでも進行しそうですが、DMAPを用いることで反応速度の向上や有機溶媒系、究極的には無溶媒系でもアシル化反応を行うことができるという利点があります。その反応機構についてはまぁこれも調べればすぐ出てくるものですが一応記載しておきます。
図5. DMAPと酸無水物によるエステル化反応の考えられる反応機構
この機構で特に需要なのは3段階目に生成しているN-アセチルピリジニウムイオンです。これが極めて優秀な求電子活性種であるのですが、ただのpyridineではなくN,N-ジメチル基がパラ位についているDMAPを使うことでよりこのピリジニウムイオンが生成しやすくなります(1段階目)。
因みにですが、このDMAPは毒性が強く危険な物質です。毒性の機序としては、DMAPが血中で酸素によってN,N-ジメチルキノンイミンに酸化され、それが通常のヘモグロビン[Fe2+]を[Fe3+]に変換してメトヘモグロビンを形成することで作用する(メトヘモグロビン血症)といわれています[5]。優秀な物質であることには間違いありませんが、皮膚からも吸収されてしまう物質でもあるのでもし使うとなった場合は注意して使うようにしましょうね。
三段階目の反応
図6. モルヌピラビル合成三段階目
三段階目の反応はウラシル環4位カルボニルのトリアゾール化反応です。私はこの分野に詳しくないので詳細な理由は存じませんし調べてもよくわかりませんでしたが、ヌクレオシドなどの生体分子の研究では反応中間体としてトリアゾール化誘導体というのはよく使われるらしいです[6]。Phosphorus oxychlorideは反応促進剤としての役割があるみたいですね。どのようにこの反応が進行するのか、その詳細はすみませんが調べきれませんでした。1,2,4-triazoleを7等量phosphorus oxychlorideを1等量とか使っていてかつエステルが無事なので、個人的にはBischler–Napieralski反応的な機構で進行してるのかなぁなんて思ってますが確証はありません。詳細をご存じの方おられましたら是非ご教授ください。
この反応はある意味モルヌピラビル合成の肝といえるような反応ですが、結構過剰な量の1,2,4-triazoleを必要とするのが正直あまりスマートではないですし、1,2,4-triazoleは生殖毒性を有すると考えられている[7]物質なので全世界中の老若男女が対象であろうCOVID-19用薬としてはくれぐれも残留の無いようにする必要があるでしょうね(文献[2]内ではシリカカラムで精製しているようですが)。
四段階目の反応
図7. モルヌピラビル合成四段階目
四段階目の反応はウラシル環4位トリアゾール結合部にhydroxylamineを求核置換させる反応です。特に触媒みたいなものも使わず溶媒(isopropyl alcohol)中で室温下攪拌するだけで反応が完遂するみたいなので、トリアゾールが優秀な脱離基となっているみたいですね。
因みにこの反応ですが、一応アミンの求核反応ですので分子内に二か所あるカルボニル部位[①エステルカルボニル][②ウラシル環カルボニル]へ余計な反応が起きてしまわないのかと思う方がいらっしゃるかもしれません。まずhydroxylamineですが、文献[2]中には特に記載はありませんが塩とは書いていないし使用量で〇〇mlと書いてるのでおそらく水溶液状態の市販品を使っているんだと思います(純粋なhydroxylamineは不安定なので普通は塩か溶液で用います)。仮に塩だとしたらhydroxylamineを遊離させるために強塩基を共存させる必要がありますしね。Hydroxylamineはammoniaよりは強くアルキルアミンよりは弱い程度の求核性『余談1』があります[8]。要はそこまで強い求核性アミンではなく、当然強塩基でもありません。また、一般論として酸塩化物や酸無水物のような活性カルボニル化合物とは異なり、塩基などの触媒やアミド縮合剤が存在しない状態での中性エステルとアミンの反応(アミノリシス)は、室温下においては非常に遅いかほぼ進行しないのです(例外は勿論あります[9]。有機化学の世界に絶対はありません)。なので①エステル部位への副反応を気にする必要はないでしょう。次に②ウラシル環カルボニルですが、このようなウレア型のカルボニルは基本エステルやアミドよりも反応性に劣りますので①エステルよりも気にする必要はありません『余談2』。
とまぁこんな感じで反応可能性点を潰していくとトリアゾール部位が一番反応しそうっぽいなという結論になるかと思います。
五段階目の反応
図8. モルヌピラビル合成五段階目
さて、いよいよ最後の反応です。最後の反応は酸を用いたアセタール保護基の脱保護反応です。まぁこれは特筆することもないですね。室温下で一晩攪拌したのちにMTBE(多分methyl tert-butyl etherのことだと思います)ー2-propanol系で結晶化精製することで最終生成物モルヌピラビル合成完了です。めでたしめでたし。
・・・いやいや、エステルとかヒドロキシルアミン部位があるのに酸なんか使っちゃって大丈夫なのでしょうか。特許にはこの工程での単離収率は記載されていませんが、調べてみると同じ条件で検証した文献[10]ではこの工程の収率は約47%だったそうです。うーん、脱保護で半分お亡くなりになるのは流石にいただけませんね。この文献[10]によればやはりエステルの分解やヒドロキシルアミン部位のヒドロキシ基への交換反応が副反応として起こっているようです。しかし条件を最適化することで80%程度の収率までもってけたみたいですが、完全に副反応を抑えるのは難しそうです。ここら辺をどう最適化していくかはプロセス化学屋さんの腕の見せ所でしょうね。
そんなこんなで以上、uridineから始まり全五工程全体収率約17%のモルヌピラビル合成反応でした。
モルヌピラビル合成ルート最適化研究
はい、以上文献[2]を参考にモルヌピラビルの合成ルートを紹介しましたがぶっちゃけどう思いますかこのルート。勿論特許案件なのでスピードが大事ですから報告者らも厳密な合成ルートの最適化は行っていないでしょう。ただ仮にこの方法をそのまま採用した場合、毒性のある試薬使うわカラム精製が必要だわ面倒な結晶化が必要だわ全体収率が17%だわで、効率よく大量にが求められる製薬においてはもうちょっと何とかしたい感がすごいです。なのでこの化合物が注目を浴びて以降多くの研究チームが合成ルートの最適化を研究・報告しています。それまで紹介してしまうと記事がめちゃめちゃ長くなってしまうので詳細は割愛します。興味のある方は主な文献を参考文献に乗せておきますので是非見てみてください[10~14]。ほかにもSciFinderやGoogle Scholarを使って『Synthesis Molnupiravir』とかで調べればいろいろヒットします。
まとめ
コロナさっさと滅びろ
余談1 : Hydroxylamineの求核性について
Hydroxylamineはよく見てみるとなかなか面白い化合物です。まずこの化合物は求核剤として振る舞いますが、アミン(-NH2)とヒドロキシ(-OH)という求核種になりうる部位が二つあります。そうなるとどっちが求核種として働くかが問題になりますが、基本的にはアミン部位が求核種となります。今回紹介したモルヌピラビル合成ルートでもアミン部位が求核攻撃していますよね(4段階目の反応)。これは単純にアミンがヒドロキシよりも求核性が強いからなんですが、そもそもなぜアミン(窒素)がヒドロキシ(酸素)より強い求核性をもつのでしょうか。答えをざっくり言ってしまうと電気陰性度が小さい窒素は酸素よりもロンペアのひきつけが弱いからと考えられます。イメージとしては酸素よりも電気陰性度が小さく引きつけが弱い窒素のロンペアは、酸素のものよりも比較的「大きく」「動きやすい」ため求核攻撃においてより結合を作りやすいと考えれば大体あってます (Klopman–Salem式を持ち出すとかドナーアクセプターのMO相互作用を考えるとかがより厳密ですがここでは略します)。なので基本的にはアミンとヒドロキシではアミンが勝つのですがここは有機化学、例外があります。Hydroxylamineのヒドロキシ部位が求核攻撃を起こす反応例はちゃんと存在するのです[15,16]。Hydroxylamineは中性水溶液中では図9に示すような平衡により約20%が双性イオン型(酸化アンモニア型)になっており[15,17]、この酸素アニオンが求核種として作用するわけです。実に奥深い化合物です。
図9. 水溶液中におけるHydroxylamineの平衡
さらに余談をしますと、Hydroxylamineはammoniaよりも高い求核性をもっていますが、Hydroxylamineや hydrazineのように求核原子にロンペアを持つ原子が結合すると求核原子の求核性が増加するということが経験的に言われており、これをα効果、そのような求核種をα求核種と呼びます。ただあくまで経験的なものでその理論的背景はまだはっきりしていないみたいです。もっとも、hydroxylamineや hydrazineに関してはその求核性の増大はアルキル置換よりも大きく劣るため、少なくともhydroxylamineや hydrazineでのα効果発現については疑問視する報告もあります[8]。
余談2 : ウラシル環の芳香族性
皆さん、この一連の合成においていろいろいじくっているウラシル環部位を見ていて何か気づくことはないでしょうか。そう、気づいたもしくは知っていた方もいるかもしれませんが、このウラシル環、実は芳香族性を有しています。え?二重結合が切れてるしHückel則に適していない?なるほど、ではもうちょっとよく見てみましょう。
図10. ウラシル環の共役(図中の数字は電子の数)
ここでアミド結合の性質を思い出してください。アミド結合はアミド窒素のロンペアがカルボニルと共役できました。それとおんなじことをウラシル環でも考えればよいのです。すると図10の真ん中のようにピリミジン型の構造をとることができることが分かりますが、これが芳香族性を示すことに文句のつけようはないでしょう。また、図10カッコ内のようにカルボニルの分極だけをみて、カルボニル炭素がカルボカチオン的なのになっていると考えても合計6個の電子が六員環をぐるりと囲んでいることが分かります。なお、窒素のクーロン積分や共鳴積分は炭素のそれとは異なるため、芳香族性をもつとはいえベンゼンの芳香族性と性質が異なってくることは知っておきましょう。このような芳香族複素環化合物はぱっと見芳香族っぽくないやつも多々あるので気づける目をしっかりと養いましょうね[18]。
因みに芳香族複素環化合物とは異なり、環は炭素で構成されているがベンゼン骨格がないにもかかわらず芳香族性を示すことができる化合物は非ベンゼン系芳香族化合物と呼ばれており、その代表格な化合物としてtroponeがあります。Troponoidの化学は歴史がありとてもここでは書き記せないので興味がある方は調べてみてください。Troponeの他にもannuleneやazuleneなんかも代表的な非ベンゼン系芳香族化合物です。
余談3 : モルヌピラビルの互変異性
モルヌピラビルについての文献をいろいろ見てみると、図11に示すようにウラシル環の構造が異なる二つの構造表記を目にします。
図11.モルヌピラビルの互変異性
これはどちらが正解とか不正解とかなくどちらも構造としては間違っていません。オキシム-ヒドロキシルアミン互変異性によりモルヌピラビルには図11のような二種類の構造が可能なのです。ただこうなってくると固体状態(薬の状態)と生体内、つまり水溶媒中ではどちらの構造に偏っているのかというのが気になるところです。生体のDNAやタンパク質と化合物との反応は、化合物中のたった一個のキラリティーが違うだけで全く別の挙動になる程繊細です。生体はオキシム体とヒドロキシルアミン体のモルヌピラビルを全く別の化合物として扱うでしょう。しかしながら、流石にそこまで踏み込んだ研究は見つけられませんでした。もしご存じの方がおりましたらご教授ください。構造が似ているアミノオキシムとイミノヒドロキシルアミンの互変異性においては、水中ではオキシムの方が安定という計算結果が報告されています[19]。なのでモルヌピラビルにおいても体内ではオキシム体が優勢なんじゃないかと思うのですが、ウラシル環の芳香族性という観点でみるとヒドロキシルアミン体の方が安定っぽそうなんですよねぇ。どうなんでしょう教授、私気になります。
余談4 : アセタール化は1,3-diolと1,2-diolどちらが選択されるか
1,2-diolもしくは1,3-diolの保護はアセタール化が便利です。これはいろんな教科書やインターネットの化学系サイトがそう言っています。ただ、そのアセタール化を行っているモルヌピラビル合成1段階目の反応をよく見てみると一つの疑問が生じます。Uridineの構造をよく見てください。本文中では当たり前のように3,4位の1,2-diolがacetonによってアセタール化されていますが、この化合物は4位のヒドロキシ基と5位のヒドロキシメチル基のヒドロキシ基が1,3-diolの関係になっているので、図12のような1,3-diolでの6員環アセタール構造の形成も可能性としてありうるのではないでしょうか。この反応における1,3-diolでのアセタール化は無視していいのでしょうか。
図12.Uridine 1,3-diolとacetonの反応による6員環アセタールの形成
ちょいと調べてみるとChem-stationさんのサイトにこんなことが書いてありました[22]。
ベンジリデンアセタールは6員環、ジメチルアセタールは5員環を熱力学的優位に形成する傾向がある。これを利用すれば反応例のようにポリオール化合物の選択的保護が可能となる。
なるほど、ジメチルアセタールは5員環構造が熱力学的に安定で、ベンジリデンアセタールは6員環構造が熱力学的に安定だとのことです。ただなぜ熱力学的に安定なのかの詳細がなかったのでもうちょい詳しく自分で調べてみました。いろいろ調べてみると、どうもアセタール化反応において使うカルボニルが違うと生成しやすい環の大きさが変わるみたいです。経験的にdiolのアセタール保護において、Acetoneなどのケトンを使うと1,2-diolでのアセタール化が優先し5員環アセタール(1,3-dioxolane構造)が、Benzaldehydeなどのアルデヒドを使うと1,3-diolでのアセタール化が優先し6員環アセタール(1,3-dioxane構造)を形成するようです[23]。なお、速度論的に優位な条件であれば、Acetoneでも1,3-diolでのアセタール化が進行し6員環アセタールを形成することもあるとのこと。アセタール化の選択性を簡単に示すと図13のようになります。
図13. Diolのアセタール化における選択性
一般論として、構造としては5員環よりも6員環の方が安定な気がしますが、なぜケトンとアルデヒドで形成されるアセタール環の大きさが違ってくるのでしょうか。この点については6員環が形成された場合の立体配座を考えてみれば答えが見えてくると思います。
図14. AcetoneおよびBenzaldehydeから形成された6員環アセタール構造
Acetoneのようなケトンで6員環アセタール構造を形成した場合、Axial位にアルキル基がくることを避けることができません(Acetoneの場合メチル基)。これは1,3-diaxial相互作用による構造の不安定化をもたらします。これにより、環の安定性としてはまだましな5員環が形成できる条件があるなら、ケトンによるdiolのアセタール化は5員環を優先して形成すると解釈できます。一方アルデヒドの場合はAxial位に1,3-diaxial相互作用による構造不安定化の心配がほぼ無い水素原子を置くことができますから、安定な6員環構造を形成できる1,3-diolのアセタール化を優先するのではないかと考えられます。つまりはケトンにとって速度論的には6員環アセタール構造が優位でしょうが、熱力学的には1,3-diaxial相互作用による構造不安定化が無い5員環アセタール構造が優位になるため、ケトンによるアセタール化は1,2-diolへの選択が優勢になると考えられます。
とはいえ今回の反応のようなacetoneでのアセタール保護の場合、Axial位にくるのはメチル基ですし、1,3-diaxial相互作用による構造不安定化がそこまで酷いとも思えませんけどね。多分図12に示してある1,3-diol保護体も多少は生じてるんじゃないかと思ってます。
参考文献
[1] https://www.hokudai.ac.jp/researchtimes/2021/08/post-32.html
[2] US20200276219A1, George R. Painter et al, "N4-hydroxycytidine and derivatives and anti-viral uses related thereto", 2020,
[3] Shangjie Xu et al.,Chem. Eur. J. 2005, 11, 4751 –4757.
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[5] Alan H. Hall., Toxicology of Cyanides and Cyanogens: Experimental, Applied and Clinical Aspects. 2015, Chapter 22.
[6] A. Miah et al., Nucleosides Nucleotides, 1997, 16, 53–65.
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[10] Steiner, A et al., Eur. J. Org. Chem. 2020, 43, 6736– 6739
[11] Raghunath Dey et al., ACS Omega 2021, 6, 42, 28366–28372
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Doi : https://doi.org/10.1021/acscentsci.1c00608
[13] Grace P. Ahlqvist et al., ACS Omega 2021, 6, 15, 10396–10402
[14] Raghunath Dey et al., ACS Omega 2021, 6, 42, 28366–28372
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[17] Anthony J. Kirby et al., Chem. Commun., 2010, 46, 1302-1304
[18] 岡 野 孝, 化学と教育, 2017, 65, 11
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[20] マクマリー有機化学 第8版 (上・中・下) 日本語訳版, 東京化学同人
[21] 有機化学 改定2版, 著 奥山格 他, 丸善出版
[22] https://www.chem-station.com/odos/2009/07/12-13-_protection_of_12-13-dio.html
[23] Comprehensive Organic Synthesis, 著 HorstKunz 他, Pergamon