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映画『オーメン:ザ・ファースト』レビュー

はじめに

2024年4月5日公開の映画『オーメン:ザ・ファースト』を鑑賞した。
近年のホラー映画というとハリウッド大手の配給会社から過去作品のリメイクや
リブートを繰り返している印象があり、元々は今作品にも期待をしていなかった。
しかし、割と評判がいいのに加えて、予告編が面白そうに見えたこともあり、
迷った結果鑑賞に至った。

結果から言うと、中々の良作であった。ぼく個人としてはリメイク版の
『サスペリア』ほどの衝撃や感動は無かったものの単調な『オーメン』の前日譚
になることは無く、この時代に沿った恐怖のあり方に尽力していたように思う。

まず初めに伝えておくべき事は、今作のホラー映画としての大まかな特徴だろう。
第一に、音で驚かす場面はあるか、というの点に関してはだ。
これは随所に散りばめられている。とはいえ、音で怖がらせるビックリ系のホラーでは無い事は伝えておきたい。
次に、どのくらいグロいのかという点に関してだが、PG12というレーティング
なのでそこまで過激なシーンは無いが、痛々しいシーンは多いためある程度の注意は必要だと思う。
一般的にホラー映画に求められると多くの人が考えるのは上記のような特徴だと
思うが、今作はそういった点に重点を置いた映画では無い。
むしろ、内面的な恐怖や時代を踏まえた閉塞感が主題であるような映画であるrと感じる。

本レビューはある程度のネタバレを含むが、なるべくそういう部分ではなく、
本作品がどのような形のホラーを目指していたのかに関する自分の考えを中心に
書いていこうと思う。
とはいえ、ネタバレを避けたいという思いが強い人には読む事をおすすめしない。

信用できない語り手

謎多き主人公マーガレット

本作の舞台は1971年のローマだ。
この地では教会に対する若者の不信感が募っており、デモが連日起こっている。
当然、科学の進歩による宗教の後退もあるが、それ以上に教会を含めた権力組織に対する反発が起きていたと考えるのが時代的にも妥当であろう。
今作の主人公はその時代の中、信仰に身を捧げるマーガレット(演ネル・タイガー・フリー)という一人の修道女である。
マーガレットの信仰に対する思いはかなり強く所謂、模範的な修道女としての
役割を担った人物である。その一方で、幼少期の変わったエピソードなどは小出しにされるものの、彼女の素性には謎が多いのも事実だ。

こうした語り手(今作の場合は主人公に当たる)を完全に信頼できないケースの事を「信頼できない語り手」と呼ぶ。これはこうしたホラー映画にしては珍しい
パターンであるように感じる。多くのホラー映画では殺人鬼≒犯人の素性が不明で、それを主人公陣営が解き明かしていくパターンが採用される事が多いように
思う。
今作では、教会内で起こる不穏な事件にマーガレットが巻き込まれ、解き明かしていく一方で、マーガレット側の持つ不穏さも次々に提示されていく。
つまり、マーガレットが正常ではない可能性を残しつつ、物語が展開されるという事だ。

こうした手法を取った有名な映画は他に『反撥』、『ローズマリーの赤ちゃん』(共にロマン・ポランスキー作品)辺りが挙げられるだろうと思う。
両者とも女性の恐怖に着目した作品で、今作に大きな影響を与えていると思われる
ため、気になった方は鑑賞をおすすめする。


マーガレット自身の内面の不安

信頼できない語り手と大きく括るだけでなく、より一層細かくマーガレットを
見ていこうと思う。
マーガレットは確かに謎が多く、視聴者の目線からすると常に容疑者の一人に
なってしまう。しかし、ぼくらは彼女に共感し、同情する事だろう。
何故なら、彼女自身が自分の内面や過去に対して悩みを抱えていたり、克服しようと心がけているからだ。また、彼女は自身と同じ悩みを抱えているカルリータと
いう孤児の女性に寄り添う存在である。
マーガレット自身が自分の中にある謎に対して不安感を感じているという点が、
カルリータという女性への優しさに繋がっている。

また、マーガレット本人でさえ、自分自身が分かっていないのも興味深い点だ。
先程まで、マーガレット自身も怪しい人物だという風に述べてきたが、その自分の怪しさの正体を彼女は知らない。彼女自身もぼくらと同じ立場であり、彼女の彼女自身への恐怖が、ぼくらの疑わしいものへの恐怖とシンクロする。
見えている世界をマーガレットと視聴者とで共有する事で、両者の距離が自然と
近いものになっていて、実に秀逸な設定だと感じる。

女性が受ける恐怖とイニシエーション

中心人物達が主人公のマーガレットを含め修道女である事も今作の特徴となって
いる。では何故男性ではなく女性陣が物語の中心人物である必要があったのだろうか。それは今作が「悪魔の子」であるダミアンの誕生までの前日譚だからだ。
悪魔の子の誕生には女性を通した出産が必須であり、男性の手からダミアンは誕生する事はない。この際、出産は女性にとって一つの通過儀礼となる。
その出産の描写のされ方が今作の大きな特徴になっている。

主に注目する点は、出産中の描かれ方と、出産後の女性の扱われ方であろう。
これらの描写の凄まじさは鑑賞時に気づいているはずなので詳解は避ける。
伝統的に女性が必ず通るべき通過儀礼としての出産をこういった角度で取り上げた作品は数少ないと思い、現代の価値観の中にある恐怖に忠実であるように思えた。

また、ダミアンの誕生に限らず教会が出産の場や孤児院という伝統的な「母」としての役割を提供している点も興味深い。教会という家父長制的な社会システムの中に女性的なイメージが組み込まれているという事なのであろうか。神父による説教や罪の告白といった表立った活動とは別に、キリスト教史的な女性の役割に注目しているのも今作の重要なポイントなのかもしれない。

おわりに

以上が『オーメン:ザ・ファースト』のレビューである。
最初にも述べたように、ホラー映画のリブート作品が大量生産されている昨今の中では今作は秀逸な出来の作品であったように思う。
20世紀フォックスという大手スタジオ作品であるために、PG12指定のレーティングでの公開であった事は仕方なかったのであろう。とはいえ、個人的には扱っているテーマに性や家父長制が絡んでいると思った事や儀礼の演出が美しいものの、若干抑えめになっている印象があり、R指定であれば一層自由度が高かっただろうと感じた。
脚本のストーリー展開も、『オーメン』の前日譚という縛りの中では検討していたと思うが、どうしても説明的に展開を作らざるを得なくなってしまう場面も生じていた。
最後に悪い点を並べてしまったが、全体としては良い映画だったと思う。
特にホラー映画は音が命なので(こういった恐怖をジャンプスケアと呼び忌み嫌う人も多いが)劇場で観る価値はあったと思っている。



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