『ターミネーター2』に登場した「サラ・コナーの誤謬」
『ターミネーター2』は好きな映画ですが、
この映画に登場するサラ・コナーがどうも危険な思い違いをしているのが気になる。
未来において人類滅亡の元凶となるコンピューター「スカイネット」の誕生を止めるために、その発明者であるマイルズ・ダイソン氏を、殺害しようとするのですが、
ハードなSFファン、
あるいはSF作品を見た後に哲学的な考察を深めたくなる(私のような)人にとっては、
気になって仕方がないいくつかの重大問題に、どうやら気づかないままに、無謀な行動に出ている。
すなわち、
このサラ・コナーは、もっとハードなSF、
つまり、アシモフとかハインラインの作品の登場人物ならめちゃくちゃ苦悩するはずの、むしろこの苦悩だけで長編小説になってしまうくらいの、以下の大問題に気づいていない。
・未来において恐ろしい発明をする人だとしても、時間軸上でまだ何も悪いことをしていない人を、いきなり通り魔的に殺してしまってよいのか
・とりわけ、ダイソンさん一人を殺せばスカイネットの登場は防げるのか?ダイソンさんは映画内の描写を見る限り、大企業に勤めてチームで研究をしているエンジニアである。彼を殺しても誰かがその研究を引き継いで、スカイネットを誕生させてしまうのではないか?
この問いに疑問を抱かず、まっすぐに、妻や子供も抱えているダイソンさんの自宅を襲撃しマシンガンを乱射するサラ・コナーは、少なくとも哲学的ないし論理学的なセンスが足りないと言わざるを得ない。
けど、このように、「ある集団のリーダー、ないし象徴的な人物を暗殺すればそれだけで未来は変わる」と盲信してしまうのは、よく見るタイプの、なかなか怖い発想です。実際は、ある一人を暗殺しても何も未来は変わらない、それよりはむしろその人物が所属する集団や組織そのものの問題性をねばり強く告発する運動のほうが未来の変化に効くかもしれないというのに。
そういう意味で、私自身はそのような発想に盲信してしまうことがないように、このタイプの思考に「サラ・コナーの誤謬」と名前をつけて肝に銘じておきたいと思う次第でした。
ただし!
実は、ハードSF的に見ると、『ターミネーター2』にはもっと深刻な問題があります。
サラ・コナーが息子のジョン・コナーを産むのも、
そしてマイルズ・ダイソンさんが「スカイネット」を開発してしまうのも、
実は前作の『ターミネーター1』で、未来から来たロボットと、カイル・リースが戦ったことが原因になっています(というか、『ターミネーター1』での戦いがなければ、そもそもサラ・コナーだって、あのまましがないウェイトレスを続けていた)。
ということは、この世界においては「スカイネットが登場し、世界を滅亡させること」を止めてしまうと、さまざまなタイムパラドクスが発生してしまうことになる。
サラ・コナーがマイルズ・ダイソンを殺害して、よしんば、スカイネットの発明の阻止が成功したとしても、それはそれで「では誰がジョン・コナーの父親なのか」「そのサラ・コナーにマイルズ・ダイソン殺害を決意させるスカイネットの情報を未来から教えてくれたのは誰になるのか」等の膨大な矛盾が起こり、
最悪の場合、この宇宙そのものがふっ飛んでしまう。このデンジャラスな点に気づいていないサラ・コナーは、ある意味で、マイルズ・ダイソンさんよりも人類にとって危険である。
ただ、もちろん、
「未来において恐ろしいことが起こるとわかっている人間が、何か行動をしなければいられない」という気持ちを体現しているのだとすれば、サラ・コナーの一連の言動は理解できなくもない。ただしその場合も、まだ何も罪を犯していない人の家にマシンガンを叩き込むとかよりは、穏健な方法を先に考えてほしかったな、、、。
あ、そうか、それで息子のジョン・コナー少年が、サイバーダイン社の建物を爆破する(それも誰も殺さないように)という別案を言い出したのか!
さすがはジョン・コナー。暴走した母親を説得し、ターミネーターには「警備員や警官を一人も殺さずに戦闘不能にさせるよう」厳命した、ここでの判断や説得は素晴らしい。確かに、未来の指導者の資質は持っていたのだ!
ただし、ここでどれだけ頑張っても、ジャッジメントデイが止められないことは、なんと駄作と言われる「ターミネーター3」が示してくれた通り。
映画的には観客から総スカンを食った、「ターミネーター3」における、「そもそもジョン・コナーが生まれている世界である時点で、この世界ではジャッジメントデイ自体は回避不能」という説明は、実はSF的には正しい世界観だと思う。
この世界でスカイネット登場を防ぐには「ジョン・コナー自身が生まれなかった世界」に移行するしかないのですw。もちろん、このあたりの難しさはターミネーターのその後の作品の制作者たちも,頭を悩ませ、ついに『ターミネーター・ニューフェイト』では、「過去のシリーズとは別の時間世界での話です」という無茶を言い始めたw。
ですが、ターミネーターシリーズが、そもそも最初からさまざまなパラドックスの種を孕んでいる上に、
続編を作れば作るほどパラドックスの種をさらに無数に撒き散らしている以上、このシリーズがどんどん混乱していくのは宿命でした。
ともあれ、一人の映画ファンとしては、この後、また誰かが、この混迷極まるシリーズの続編にチャレンジし、またきわどい設定で今までの矛盾と格闘してくれるチャレンジを心待ちにしています!
いろいろ変な続編を撒き散らしてきたが、がんばれ、ターミネーターシリーズ!!
AIと人間との関係がガチで現実の社会問題となってきた今こそ、このシリーズには復活が望まれている!!