プレジデントオンラインで宇津呂鹿太郎さんが打ち出した「怪談で世界平和を目指す」目標が私を奮い立たせた
プレジデントオンラインに、怪談師、宇津呂鹿太郎さんのインタビュー記事が載っていましたが、一人の男の「いきざま」の話として、こんなに面白い話はないっ!
そして何よりも私の頭にガツンと効いたのは、
宇津呂さんが事務所を設立した際に掲げた目標が
「怪談で世界平和をめざす」
となっていること。
笑っている場合ではない!世界がこんな状態になっている中で事務所に「世界平和をめざす」と堂々と掲げることは、冷笑されたり怒られたりする可能性も加味すればかなり勇気のいることと思う。
そして、その目標を掲げている「ココロ」についても、ちゃんと事務所のサイトに書いてある。
↓↓↓
こちらのサイトからだいじなところを引用すると、
素晴らしいと思うし、私も「日本の怪談」なるものに長らく興味を持って関わって来た身として、ここで宇津呂さんが言っていること、私にも実感として、すごく、わかる!
何というべきか、私は、まだ言語化がぜんぜんできないのですが、
日本の怪談というものの、表層の「怖い話」の奥のほうには、優しさとか、共感性とか、他者への配慮とか、そういう深い教えがたくさん眠っているらしい、そのことは私は経験として強く感じている。
そしてそれを知っている私にとってみれば、
「怪談で世界平和を」という目標、ぜんぜん、おかしなモノではないと思うのです。むしろ、はっきりと掲げていること、これは、素晴らしい!
でも、、、
そもそも、、、
そもそもですよ?
少なくとも毎日、社会人として一生懸命に生きている人ならば、究極の目標は、本人が言語化していなくとも、実は世界平和じゃありません??
たとえば私(ヤシロ)が「なぜサラリーマンをやっているか」といえば、
それで安定した生活をするため、
安定した生活を送ることで家族をも安全に暮らさせるため、
家族を安全に暮らさせることで地域社会や家族の友人たちの安全と安定にも還元したいため、、、
そうやってずーっと連鎖させていけば、私がサラリーマンをやっていることも、「究極的には世界平和のため」と言えなくもない。普段はそこまでオオゲサに考えないだけでね。
ならば「怪談から世界平和」も特におかしいことはない。
いやむしろ、「怪談活動も究極的には世界平和のためである」と明確にしていることは素晴らしいと思い、そして、
繰り返しになりますが、日本の怪談の伝統というものには、たしかに、何か、現代の我々がもっともっと学ぶべき深い知恵が眠っている。それを私は言語化できないが、経験的に、ずうっと、感じてきました。そんな私にはなおさら、「怪談で世界平和」はとっぴには見えない。
もうちょっと言語化しないと説得力がない?まあたしかにね、もっと勉強しないと。
ともあれ、
宇津呂鹿太郎さんが事務所設立に掲げた「怪談で世界平和」という目標にガツンと打たれた私、心の中で何かが奮い立ったことは間違いないのでした!怪談をあなどるなかれ。