【映画】トイ・ストーリー4、良かったよ
トイ・ストーリー4が地上波で放送されていたので観る。
公開された当時は否定的な評価が多かった印象だったが、めちゃくちゃ面白かった。個人的にはトイ・ストーリーシリーズで一番好きかもしれない。
特に気に入った所についてまとめてみる。
おもちゃとゴミの境界
トイ・ストーリーでは、キャラクターは一貫して「おもちゃは子供のためにある」という理念を持っていた。しかし、4ではフォーキーによって疑問が提示されているように思う。
フォーキーはゴミから作られたおもちゃで、自分をゴミだと思っている。ウッディはおもちゃとは何かを説明し続けるのだが、フォーキーは「ゴミとおもちゃは同じ」と理解してしまう。
これはとても重要な問いかけだ。
なぜなら、すべてのおもちゃは「子供のためにある」が、同時に「将来的にはゴミ(無価値)になる」ものだからだ。
子供は大事に遊んでいたおもちゃでも、突然興味をなくして別のおもちゃで遊ぶようになる。また、成長によって遊ぶおもちゃの質が変わってくるのはあたりまえのことだ。子供が遊ばなくなったおもちゃは物置にしまわれて、二度と遊ばれることのないままいずれは捨てられてしまうだろう。
持ち主の子供によってゴミがおもちゃになるように、おもちゃもいずれゴミになってしまう。捨てられるその時まで懸命に役割を果たそうとするおもちゃたちの姿は健気だが、一方で一抹のさみしさもある。
遊ばなくなったおもちゃたちはどこへ行くのか
伊集院光はラジオで「遊ばなくなったゲームのキャラってどうなっちゃうんだろう?」と言っていたことがある。
途中で進行を放棄してしまったゲームの主人公、二度と訪れることのないどうぶつの森の島、サービスが終了したゲームのアバター……彼らはどうしているのだろうか。
トイ・ストーリー4も同じ疑問を抱き、その答えを出そうとしていたのではないだろうか。
4では子供部屋を出て自由に暮らすおもちゃたちが描かれている。
それは、自分が遊ばなくなったおもちゃたちが「こう生きていてくれたらいいのにな」という希望のようなものなのだろう。
「捨てたおもちゃたちはどこかで元気にやっている」なんて、自分勝手で自己満足な妄想にすぎないし、トイ・ストーリーがシリーズを通して描いていた「おもちゃは持ち主を慕い続けてくれる」と相反するもので、ラストに反発があるのもしかたないのだろう。
個人的には、ウッディたちにいずれ訪れるであろう当たり前の未来と、その先にあって欲しいファンタジーを描こうとした4は、過去シリーズと比べてそん色のない傑作であった。
そのほかにも、序盤から終盤までホラー描写がたっぷり盛り込まれていた点も、ホラー映画好きとしては評価したい。トイ・ストーリー4は分類としてはホラー映画だった。