「忘却刑」
忘却刑。
それはとある魔法王国で執り行われる刑罰の一つ。
それを受けた罪人はありとあらゆるものから忘れられてしまう。
忘れられるだけでなく、認識されなくなる。
罪人は誰にも覚えておられず、誰にも認識されず――完全なる孤独に堕とされるのだという。
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忘れられる。認識されなくなる。ただそれだけだと思っていた。
「はぁ、はぁ、くそ、どうなってるんだ……!」
俺はとあるテロ行為を起こし、その罰として忘却刑を受けた。
誰からも忘れられ、誰にも認識されなくなる。
要するに誰からも無視される、程度のモノだと思っていたのだが――認識が甘かった。
「おい、待ってくれ……!」
通りを歩くごく普通の女の肩に、手をかける。しかし――
――スゥ
俺の手は、彼女の肩を通り抜けてしまった。
俺は認識されない。だから、誰にも接触できないのだ。それどころか――
「くそっ何で何も持てないんだ! そこにパンがあるのに――パンが通り抜けちまう!!」
パン屋の前で、陳列されたパンを前に四苦八苦する俺。パンを取り、口に運ぼうとしても――パンは俺の手を素通りしてしまう。
パンからも認識されず、接触されないのだ。
「このままじゃ、飢え死にしてしまう……!」
食べ物からも認識されず、干渉できない。食事が出来ないのだ。忘却刑というのは要するに――罪人を餓死させる死刑、ということなのだろう。
「くそっくそっ! 死にたくない死にたくない! どうにかしないと――」
空腹感が焦燥感を呼ぶ。死にたくないという悲鳴じみた思考が止まらない。俺は誰にも認識できない声で、叫んだ。
「誰か、俺を認識してくれ――ッ!!」
●●●
それから一年が過ぎた。
俺は相変わらず餓死寸前の空腹感と共に、街の片隅にぼんやりと立っていた。
誰からも、何からも認識されない。覚えてもらえない。その状況は変わらなかった。
この一年、誰とも会話していない。何も口に入れていない。苦しみだけが募る。
だというのに、俺は生きていた。
それは、
「俺は、"死"にさえ認識されないのか……」
この世のありとあらゆるものから忘れられ、認識されない。それはつまり、"死"という概念からすらも認識されないということ。
死ぬことも出来ず。かと言って誰とも交流することも出来ず。
生きているとも死んでいるとも言えない半死半生の状態で、俺は絶望の中に沈んでいくのだった。
――誰か、誰でもいい。俺の手を握ってくれ。俺の名を呼んでくれ。俺を――認識してくれ。
そんな弱々しい悲鳴を胸に秘めたまま。
「忘却刑」END