学生忍者・正宗
闇夜には妖魔が潜んでいる。
路地裏の影で、部屋の暗がりで……奴らは人を襲い喰らうのだ。
そんな妖魔を狩る者がいた。
降魔忍。妖魔を狩る、忍者である。
●●●
大神・正宗は妖魔を狩る忍者、降魔忍である。
普段は私立御神楽学園の高一の学生だが、一たび忍務が入れば忍者として活動を開始する。
●●●
「「「「「人間、どれが本物か分かるかな? イヤ――ッ!」ヤ――ッ!」――ッ!」―ッ!」ッ!」
五体に分身したトカゲ型妖魔・ヒドラが一斉に正宗を襲う!
脇差ほどに長く鋭いカギ爪による引っ掻きは、当たれば容易に正宗を両断するだろう。
「イヤ――ッ!」
正宗は五枚の手裏剣を五体の分身へ投擲! その反動に乗るように後ろへと跳躍する。
「「「「「逃げてばかりか? 降魔忍と言えど所詮は子供、弱い弱い!」い弱い!」弱い!」い!」!」
ヒドラ達は嘲笑をこだまさせながら、鋭いカギ爪で正宗の手裏剣を弾き、さらに前へ出る。
「――ッ、イヤ――ッ!!」
正宗は再び五枚の手裏剣を投擲する。しかしこれも弾かれるだろう。
有効打を打てず、追い詰められている。そのことを感じながら、正宗は妖魔討伐の忍務を受けた時のことを思い出していた。
●●●
放課後。夕暮れに染まる街並み。
正宗がいるのは大衆喫茶店・スナーバックス。二人用の席に、学生服に眼鏡という恰好で座っていた。
対面にはセーラー服の女学生。濡れたような黒髪をポニーテールにした少女だった。
二人は何も話すことなく、注文したコーヒーに口をつけたりしている。
『――忍務です、正宗』
――コーヒーに口をつける正宗の耳に、目の前の少女――あやとりの声が聞こえる。
周りの人間には聞こえる事なく、対象にだけ声を届ける忍法――転霊発詞意(てれぱしい)である。
あやとりもまた、正宗と同じく忍者だった。
今、忍者同士の密談を行われているのだ。
『今朝、再開発地区の工事現場に死体が出ました。死体は人型大の獣に喰われたかのように損壊していました』
『妖魔か』
『機関の調査でそう認定されました。対象妖魔は再開発地区の工事現場に潜んでいるようです。現場は建てかけのビル等、隠れる場所には事欠きませんから』
『マズいな。あそこの工事現場には何人か人がいただろ?』
『ええ、路上生活者が住んでいたり、一部の学生がたまり場にしていたりします』
『なら早いトコ倒さないと』
『乗り気なのは良い事です。貴方にはその工事現場に潜む妖魔の討伐指令が下されました。現時点より、最優先で』
『了解。明日朝までには終わらせる』
『期待しています。学校には、遅刻しないように』
正宗は飲み終えたコーヒーカップを音も無くテーブルに置いた。
そのまま彼は、学生が持つには少しゴツめのギターケースを背負い、立ち上がり――
刹那、その姿を消した。
忍者の高速移動によって、現場へと向かったのだ。店内の誰にも、悟られること無く。
「…………」
正宗の行方をただ一人知るあやとりは、無言のまま、コーヒーに口をつけていた。
●●●
まだ太陽が沈み切らない黄昏時。喫茶店を後にした正宗は、すでに再開発地区の工事現場に着いていた。
常人なら電車で数駅の距離。忍者なら分単位の距離だった。
そのまま工事中のビル群を一つずつ探索した彼は、血生臭い妖魔特有の"におい"をあるビルから感じ――それを追った。
"におい"はビルの地下へと続き、何かしらの水路を辿り――空っぽの貯水槽にたどり着いた。
工事中につき明かりなど無く、真っ暗闇で何も見えない。――だが忍者である正宗の五感は、"それ"を捕らえていた。
暗がりに蠢く影。生々しい血のにおい。ひりひりと感じる殺気。ズルズルと血だまりを這いまわる音。
――"妖魔"は、そこにいた。
「――ッ!」
音も無く、正宗は手裏剣を投擲する。暗がりの中、それでも"それ"の頭部を寸分違わず狙う手裏剣!
しかし。
「その程度じゃあ無駄無駄ァ」
キン、という軽い金属音と共に、手裏剣が弾かれる。ニタニタと笑みの気配を発しながら、妖魔が口を開く。
「手裏剣ってことは忍者か。ちと小さいが。
――ドーモ、ヒドラです。というわけで俺達のエサになってくれや、小僧!」
――達?
妖魔の言葉に疑問を覚えた瞬間、正宗はその意味を理解した。否、させられた。
妖魔の気配が、増える。一つから、五つへと。
「「「「「人間、どれが本物か分かるかな? イヤ――ッ!」ヤ――ッ!」――ッ!」―ッ!」ッ!」
――そして冒頭に戻る。
五体に増えたヒドラはじわじわと追い詰めるように正宗を追う。
正宗は追い詰められないよう、手裏剣を牽制にしつつ、バク転で距離を取るが――
「「「「「無駄」無駄」無駄」無駄」無駄」
「「「「「小僧の手裏剣じゃあ俺達は傷つけられないよ。大人しく喰われろ!」ろ!」!」!」!」
「嫌だね」
ヒドラがエコーで正宗を責め立てるが、しかし。
正宗は諦めない。手裏剣を投げ、バク転で距離を取る――
「――ッ」
ヒドラ達から一定の距離を離れた所で、正宗は手裏剣を投げるのをやめた。
代わりに、背負ったギターケースへと手を伸ばす。学生服には不釣り合いなほどにゴツイギターケースは一人でに開き――
次の瞬間、正宗は抜き身の大太刀を握っていた。
「起きろ"煉獄"」
正宗の言葉に呼応するように、彼の背丈ほどにある巨大な大太刀は、その刀身を朱く輝かせる。
「「「「「それはまさか!」」」」」
驚愕に声を揃えるヒドラ達。その声には驚き、怯えが含まれていた。
「――食事の時間だ」
――応ッ!!
正宗の言葉に応えるように、"煉獄"と呼ばれた大太刀が燃え上がる。
炎は巨大な灯となり、貯水槽を隅々まで照らし――妖魔ヒドラの姿も露にしていた。
トカゲ人間、といった風体の五体のヒドラは、両手の鋭いカギ爪を威嚇するようにガチガチと鳴らし、正宗へと突撃する。
「「「「「やらせるかァ――――ッ!!!」」」」」
「"煉獄忍法壱式――業火剣嵐"」
豪、と焔が奔った。
正宗が放った剣閃は五つ。それらは炎を纏った「飛ぶ斬撃波」となり――全てのヒドラを両断した。
「「「「「馬鹿/
/な……」」」」」
左右に分かれた口々に、ヒドラが茫然と呟き……
――ボンッ!!
と一斉に爆発四散した。
「一件落着、かな」
正宗は静かに呟き、"煉獄"をギターケース内の鞘へと納めるのだった。
●●●
「――もう朝か。急がないと……」
地下から地上に戻った正宗を出迎えたのは、昇ったばかりの朝日。そして――
「お疲れ様です、正宗」
相変わらずセーラー服姿の、あやとりだった。
「何でここに」
「朝までには片づける、と聞いたので」
言いながら、彼女はカバンからコンビニおにぎりを取り出し、こちらに放り投げてくる。
「それを食べ終わったら急ぎますよ。学生の本分は学校生活なのですから」
「俺、忍者でもあるんだけどなぁ」
「忍者なのは忍務を受けている時だけです」
確かにそうだ、と正宗は納得し――急いでコンビニおにぎりを食べ始めた。
忍者の時間は終わり、学生の時間が始まる。
これが学生忍者、大神・正宗の日常だった。
学生忍者・正宗 完