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ご飯食べてない

僕は老人ホームで働いている。

お昼ご飯の後、
1時くらいかな。

事務所まで車いすで来られる方がいる。

「お昼、もう済みましたん?」
と。

ここ最近は、
お昼も夜も…ひっきりなしになってきた。


『済みましたよー。どうしました?』
と聞くと、

「ありゃあ…わて食べてませんねん」
「なんで呼んでくれへんかってんやろ?」
と。


働き出した頃は、
『ほんとにこのフレーズ言うんだ…』と
衝撃を受けた。

今では
この方の世界では、
食べてないんだろうな。

だってその記憶がないんだもの、
という理解はできるようになった。



『食べましたよ?
 今日はお刺身でしたやん?』
と返す。

まだ記憶に引っかかるエピソードがあれば、
「…あぁー。あれ?あれお昼ご飯でしたん?」

と、思い出してくれて、
納得してくれるときもある。

今日は1回目はそうだった。


でもだいたいが、
「いや、食べてない。
なんでそんなこというの?殺生やわ。」

「ご飯も食べさせてもらわれへんねんやったら、
もう帰ります。ここにおってもしゃーない。」

「こんなんやったら
もう死んだほうがマシです。」

と、混乱していかれる。



長く現場にいるものの肌感として、
誤解を恐れずに言うと、
これぐらいの
初期の認知症状が出てこられた方。

一番、本人さん困ってるんだろうな、
と思い、

また、
一番、周りの介護の手間がかかるな、
と思っている。




で、
皆そうではないかもしれないけども

【ご飯食べさせてもらってない】

と言う方々は、
「ご飯の時には呼ぶようにしますね。」
とかいう、解決策を求めているわけじゃない。


ただ、必死。

ただ、不安。


知らぬ間に引き出しが開いている。

ご飯を食べた覚えがない。

枕の下に入れておいた財布がない。

携帯の操作ができない。

何かおかしいことが起こってる。

誰だ?誰がこんなひどいことを?
なぜだ?さっきは。できたのに。


不安が不満になり、
不満が不安になり、

ただただ、
安心を求めて、
必死に確認をしている。

それだけ。




でも、
あまりに周りに訴えてしまう。
他の入居者さんから白い目で見られるようになる。
息子さんにも何度も何度も電話をしてしまう。

ご飯を買いに行こうと外に出て、
施設すぐのスロープで止まれなくなってしまう。
そしてその危なかった記憶を忘れて、
まだ出て行こうとしてしまう。


現実問題、
仕事があるご家族からは、
昼夜問わず度々の電話に疲労し、
携帯を解約することを相談される。

危険行為があるとされ、
他の入居者さんからの意見もあり、
鎮静目的の薬剤が処方される。





でも、
これは対処。

早急に対処しないと、

周りからの白い目が、
「この人はボケた人」というレッテルに代わる。

家族さんとの関係性が悪くなるのは避けたい。



先ほども書いたけども、
この事象の根本は、

不安。

それに対する早急な対処が、
抗不安薬。

長期的な対応になるのが、
不安の解消。



お察しの通り、
不安の解消なんて、
そう簡単にできるわけもない。

全く不安を感じないことなんて、
あるわけがない。

なので、
そもそも百点は狙わない。

薬の力も借りながら、
落とし所を探っていく。

自身でできることで
自信をつけていただく。
#突然のダジャレ


共同生活には共同生活なりの、
落とし所がある。

理想は百点だけども、
うちでいうと約60人の生活を守る必要がある。

理想だけではお腹いっぱいにはならない。
何せご飯を食べてないのだから。

許される範囲の
僕や他の職員を含めた
入居者さん一人ずつの落とし所を
通していけたらいいなと思う。






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