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坂口安吾『外套と青空』読書会 (2021.12.10)
2021.12.10に行った坂口安吾『外套と青空』読書会のもようです。
外套のようなジェンダー平等の奥底にある「鬼の目」
『外套と青空』を読んで、私は、広島の河合夫妻選挙違反事件を思い出した。広島の自民党県連議員への大規模な買収事件である。映像で見ると、広島県議を4期務めた河合案里氏には、妙な肉感があって、キミ子によく似ている。
議員の肩書という「外套」によって肉感を隠している。男の私の目の映るのは、彼女のそんな危うい印象であった。
彼女の異様な存在感を見るにつけ、参議院議員選に出馬して、ああいう複雑怪奇な買収のおこりうる人間関係の裏側に興味をそそられるのである。
(引用はじめ)
キミ子は男が狂喜することを知っていた。その男を冷然と見下している鬼の目がかくされていた。
その花村や舟木や間瀬や小夜太郎らは庄吉も一しよにキミ子を囲んで伊豆や富士五湖や上高地や赤倉などへ屡々旅行に出たという。キミ子が彼等の先頭に立ち、短いスカートが風にはためき、まつしろな腕と脚をあらわに、青空の下をかたまりながら歩く様が見えるのだった。すると花村も舟木も間瀬も小夜太郎も、一人々々が白日の下でキミ子を犯しているのであった。陽射のクッキリした伊豆の山々の景色が見え、その山陰の情慾の絵図が鮮明な激しい色で目にしみる。その絵図を拭きとることが出来ないのだった
(引用おわり)
庄吉とキミ子とその取り巻きの関係は、政治的結合に似ている。河合夫妻と広島自民党県連の関係者の奇妙な政治的結合も、この関係にそっくりであったのではないか、と彼女の妙な肉感を思いながら、私は仮説を立てる。
キミ子と庄吉が別れれば、この奇妙な人間関係は解消するはずである。しかし、庄吉には、キミ子と別れられない彼なりの事情があるのだろう。
(引用はじめ)
「あゝ!」
たまりかねた小さな呻き声が庄吉の口からもれた。庄吉は緩かに片手を顔に当てた。庄吉の腸をつきぬけて出る棒のやうな何物かがあったやうな気がすると、彼の顔には壮烈に涙が走り、彼は鞄を落していた。
庄吉は狂ったやうに太平にとびかゝった。太平の喉を押へて両の拳でグイグイ突きあげた。
「この野郎! この野郎! この野郎!」
(引用おわり)
買収事件は、実刑判決確定によって元法務大臣が下獄する(要するブタ箱に入る)という近代法治国家にあるまじきトホホな事件であった。
前代未聞のとんでもない恥ずかしい事件なのだが、国民は黙っている。
広範囲に色々な人が関わっているのだろうが、結局、河井克行氏だけが詰め腹を切らされて、(強制的に責任を取らされて)終わった。
彼は、拘置所で「この野郎! この野郎! この野郎!」と叫んだかもしれない。
『腸をつきぬけて出る棒のやうな何物』をも切らされて、河合元法務大臣は、控訴を断念して刑に服したのである。
キミ子への嫉妬と憎悪で結びつく男だけの人間関係。
嫉妬と憎悪でしか結ばれないところがスレッカラシなのだろう。そこに金が絡めば買収事件になる。
メロドラマもセンチメンタリズムもない、むき出しの動物的本能が投げ出されている荒涼とした世界を、この作品では、「青空」といっているのだろう。刑務所からもこの青空は見える。
純であったはずの太平が虱に悩まされる。こんな人間関係の泥沼に引きずり込まれれば、虱ではなく、帯状疱疹にでも悩まされるだろう。
(引用はじめ)
彼はもはやキミ子が情死を申出ないことを知っていた。太平は肉慾の妄執に憑かれていたが、情死に応ずる筈はなかつた。彼は死の要求を拒絶するばかりでなく、拒絶につけたして、人格の絶対の否定と軽蔑を目に浮かべるに相違ない。キミ子はそれを知っていた。太平はただ肉体に挑む野獣で、人格を無視しているが、肉慾のみの妄執が人格や偶像を削り去ることにより、動物力の絶対的な執念に高まるものであることをキミ子は嗅ぎつけている。その妄執は生ある限り死ぬことがなく、肉体に慕ひ寄り威力に屈した一匹の虫にすぎないことを見抜いていた。
(引用おわり)
政治の世界が人間的興味のつきない代物であるのは、人格や偶像という外套を着込んだ人々が、同時に青空に一匹の虫にすぎないような動物力の執念を、青空のもとにさらけ出しているゆえである。
河合案里氏も、鬼の目を隠していた。彼女にも、男性議員を虫のように眺めている鬼の目がある。
保守的な政治風土の青空の上に、不自然にまとったような外套のようなジェンダー平等の奥底にある「鬼の目」。
その鬼の目をしながらも、一方で「生方は本当に善い人よ。はらわたの一かけらまで純粋だけの人なのよ」といって、自分の代わりに下獄した元法務大臣の夫を擁護しかねない政治的結合のはての底しれぬ低俗な茶番劇。
外套ばかり論じても、政治の本質には迫れないのではないか。
この作品を読んでつくづく思ったのは、ほんとそれ。
(おわり)
読書会のもようです。
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