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宇宙に魅了された2024年|佐々木亮
宇宙はこんなにも壮大で美しい——。1月8日発売の『やっぱり宇宙はすごい』(SB新書)は、理化学研究所やアメリカ航空宇宙局(NASA)の研究員として恒星フレアの研究に携わった著者が、最新の宇宙研究をわかりやすく解説した内容です。本書の発売に合わせて、「はじめに」を公開します。
最近、宇宙関連のニュースを見ることが多くなっていませんか? 今までは宇宙好きには届くけど、そうでない人にはあまり実感がなかったと思います。ただ、思い返してみてください。生活のなかで、無意識のうちに宇宙の話題を見る機会が増えていると思います。
特に2024年は、それを実感しやすい年でした。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の月面着陸成功は、世界5カ国目となり、その着陸方法の独創性は世界中から称賛されました。日本の技術力が宇宙開発を大きく前進させた歴史的な瞬間です。着陸の様子はJAXAのYouTube チャンネルで生配信され、日本時間では夜中0時を過ぎていたにもかかわらず同時接続約30万人という注目度でした。
加えて、日本でオーロラが見えるという普段ではありえないイベントも起きました。しかも5月と10月の1年間のうちに2度も。このタイミングで、オーロラは太陽フレアの影響で発生していると知った人も多いかもしれません。オーロラは私たちが宇宙のなかの一部であることを実感できる現象だったわけです。
ほかにも肉眼で見えた紫金山・アトラス彗星や日本の未来の宇宙開発の命運を握る新世代国産ロケットであるH3ロケットの打ち上げ成功など、本当に多くの宇宙ニュースが生まれた1年でした。
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そこに加えて、宇宙系の作品が世界を魅了しました。『三体』は中国の作家・劉慈欣が2008年に出版したSF小説で、全世界でシリーズ累計2900万部を売り上げた世界的ベストセラーです。2024年2月に文庫化、3月にはNetflix 版ドラマが配信され、SF好きにとどまらず大きな注目を集めました。私もこの作品の大ファンです。
詳しい内容はぜひ実際に作品を楽しんでほしいのですが、エリート科学者が異星人の侵略による人類存亡の危機に対峙するというストーリーです。SFとしての完成度の高さももちろんですが、この作品が注目されることになった大きな理由の一つに、作品のなかに当時の科学研究の成果がしっかりと盛り込まれていたということがあります。そして、その中心にあるのが宇宙でした。
天文学者のなかにも『スター・ウォーズ』、『スター・トレック』、『ガンダム』に影響を受けて、宇宙の専門家への道を志したという人が、JAXAにもアメリカ航空宇宙局(NASA)にもいます。こういった歴史に名を残すような宇宙SF作品に並ぶ大作が映像化された2024年は、やはり宇宙を感じられる特別な1年だったのだと思います。
さて、私はこれまで、8年間ほど宇宙の研究に携わってきました。ただの宇宙好きというだけでなく、研究というなんとも不思議な世界にまで手を出してしまったわけです。大学院で宇宙物理学の研究をし、独立行政法人理化学研究所やNASAで研究員として働きながら、博士号を取得しました。その当時から現在まで続いている、インターネットラジオともいえる音声メディア・Podcast(ポッドキャスト)で「佐々木亮の宇宙ばなし」を毎日配信し、最新の天文学の論文や宇宙ビジネスなどのトピックを伝えています。
本書を執筆するきっかけにもなったPodcast で音声配信を始めたのは、単にシャイで映像を通して宇宙について解説することが恥ずかしかったという理由もありますが、NASA研究員時代の経験が大きく影響しています。初めて会う方と仕事の話になったときに、「NASAで宇宙の研究をしている」と言うと、アメリカでは多くの人が、自分が好きな宇宙のトピックを投げかけてきました。
ただ、日本にいるときは全くそんなことはなかったのです。しかし、アメリカと日本でそんなに違うわけがないと思い、発信をすればそんな方々に届くんじゃないかと考えて配信を始めました。ありがたいことに出版社の方に見つけてもらうことができ、そこから発展して今こうしてこの本を執筆するに至っています。
そんなこんなで筆を取ったのが、この『やっぱり宇宙はすごい』です。宇宙は地球の常識ではとうてい考えられないような、ありえないことが次々に起こる空間です。1億光年先から来る光、太陽の327億倍のブラックホール、正体不明の物質……。地球外生命体や地球外文明の存在も実際に研究されています。知れば知るほど改めて感じる「すごい」を、宇宙にあまり馴染みのない読者の方々にも知ってもらいたいと思い、この本を書きました。
宇宙の本を何冊も読んでいる人にとっても楽しんでいただけるよう、さまざまな宇宙の現象が繫がっていく壮大さや、最新の知見まで多く盛り込んだつもりです。4年間毎日最新の論文をPodcast で発信している私の目線で厳選した、皆さんに楽しんでいただけそうなトピックをご紹介しています。
もう少し詳しくお伝えすると、私の専門は宇宙の研究のなかの、X線天文学という領域です。X線天文学とは、X線、つまり人間の目には見えないレントゲンで使われる光を対象に観測・解析する領域です。その歴史はまだまだ浅く、60年あまりしかありませんが、ブラックホールの存在を実際の観測によって初めて指摘するなど、世界の宇宙開発を牽引する日本、アメリカ、ヨーロッパ諸国、中国、インドが、現在注力しているとても興味深い分野です。
X線で宇宙を探ることで、「熱く激しい」宇宙を見ることができ、これによってこれまで人類が見ることができなかった新たな世界を覗のぞくことができるようになりました。X線で見る宇宙の姿は、ブラックホールや超新星爆発などが激動する世界です。宇宙に魅了された人間にとって、こんなにワクワクすることはありません。X線天文学は、宇宙の起源や誕生の秘密を解き明かす、重要な役割を担っていると言えるでしょう。この領域に興味の
ある人は、本文でより詳しく書いているので、そちらで楽しんでください。
なかでも、私は恒星フレアを研究していました。恒星については本文中で詳述しますが、簡単に言えば、自ら光を出して輝く天体のことで、夜空に輝く天体のほとんどが恒星です。太陽もその一つです。私は太陽ではありえないような、非常に大きな規模の恒星フレアを、国際宇宙ステーションに搭載されている全天X線監視装置MAXIを用いて研究していました(博士論文のタイトルは「全天X線監視による巨⼤恒星フレアの観測的研究An X-ray Survey of the Most Energetic Stellar Flares」です)。本書の記述は、約7年間この装置の運用をしてきた私の研究背景から生まれたものです。
本書は、全5章で構成されています。
まずは私の専門である恒星フレアを中心に、そこから超新星爆発など宇宙で起きる巨大爆発から始まり、ブラックホール、ダークマターやダークエネルギーなどの宇宙の物質、生命の起源や地球外生命体、最後に宇宙をめぐる時空間の問題へと続いていきます。各章のあいだに明確な繋がりはあえて設けず、どの章からでも楽しめるようにしていますので、気になるテーマから読んでいただくのがよいと思います。
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各章末にはコラムを掲載しています。少し専門性の高い内容ながらも、その章で書かれたことをより深く理解することができるトピックを選びました。さらに巻末の対談では、脳神経科学者の長谷川成人先生をお招きし、漫画『宇宙兄弟』にも登場する難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)についてお話を伺っています。
本書は、私の初めての単著になります。この本を通して、宇宙の面白さと奥深さを知り、世界の見方や普段の生活の感覚が少しでも変わるようなら、著者としてこれ以上嬉しいことはありません。
それでは、宇宙の秘密を探る旅へ出かけましょう。
著者プロフィール
佐々木亮(ささき・りょう)
1994年、神奈川県生まれ。理学博士。専門は、宇宙物理学。理化学研究所、アメリカ航空宇宙局(NASA)の研究員を経て、現在、株式会社ディー・エヌ・エー Senior Data Scientist、中央大学非常勤講師など。Podcast「佐々木亮の宇宙ばなし」を毎日配信している。旬の宇宙トピックスを親しみやすく解説する内容で注目を集め、Apple Podcast科学カテゴリーランキング1位を達成。第3回Japan Podcast Awards、UJA科学広報賞2024大賞受賞。著書に『超入門 はじめてのAI・データサイエンス』(共著、培風館)がある。