労基署にメールしたら匿名でも動いてくれた話【書き方編】
とある地方中小企業の総務課長であるSさん。
社長が残業代を意図的に支払わおうとしない態度に我慢ならず、労働基準監督署への申告を決意。
しかし、自分の身を投じて滅私奉公するほどの覚悟はないので、厚労省の「労働基準関係情報メール窓口」で匿名申告することにしました。
前回の記事:
さて、厚労省メール窓口には、「情報提供のポイント」という資料がご丁寧に提示されています。
しかも丁寧にも、送信フォームには「情報提供内容」として以下の項目が初期入力されています。
なんだかすごくたいへんそうです。しかしここまで丁寧に誘導しないと、おそらく「思い込みだけのトンデモな内容」が大量に送られてきてしまうのでしょう。
実際、労働者が会社の労働環境のおかしさになんとなく気付いたとしても、それを理路整然と文書化するのは決して簡単ではありません。
もちろん、法律の知識も必要です。
そして、残念ながら、搾取される側の弱い立場の人間というのは、論文やレポートを書いたことがある人ばかりではありません。そのために、プロが悩みを聞いて要点を整理したりする窓口があったり、社労士や弁護士が有償で対応したりしています。
ですのでこのメール窓口がどれほど有効に機能しているのかは疑問でした。
がんばって書いたところで、有る事無い事が書かれた他の投稿に埋もれてしまっては、対応してもらえそうにありません。
しかし、結論から言えばSさんのケースでは効果があったので、面倒そうに見えるからこそ、きっちり書けば採用確率が上がる、ということです。以下、コツというほどではないですが、この窓口から有効な申告をするためにすべきことを書きます。
①労働基準法を知ろう
まずは、何が違法で何が合法なのか、それを知らない限りは、会社の不正を主張することもできません。
法律を学ぶというと、なんだかハードルが高いような気もしますが、労働基準法ほどメジャーでかつ多くの人が一般常識として学んでおくべきものについては、いくらでも読みやすい解説本が出ています。
法律の原文を読まなくても、噛み砕いて説明されます。私が読んだのは下のものです。
こういった書籍で、まずは「自分の会社の何が法律違反なのか」を特定するのが大事です。
たとえば、次のような事実があったとすると、いかにも「違法だろ!?」という感覚を持つことでしょう。
実はこれらは必ずしも法律違反とは限りません。
ただし、就業規則の書き方や、36協定書の内容、従業員説明への仕方によっては、違法にもなりえます。
このように違法と即断できないものもあれば、明らかに違法、もしくは手続きが不適当、と判断できるものもあります。Sさんの会社のように、残業代がまったく出ない、そもそも勤怠時刻を管理していない、という極端なケースでなくとも、以下などは事実が示せれば即アウトです。
・課長という肩書だけで残業代が出ない
・36協定書の内容を従業員が知らされていない
・従業員代表者の同意もなく、出張手当の支払規定が就業規則から削除された
・会社指示で、出勤時間の15分前から清掃が義務付けられている
・固定残業制だが、明らかに実労働時間がそれに見合わずオーバーしている
②事実を証明できるようにしよう
メール窓口のフォームにも「実態把握が可能な資料」というワードがありますが、これが提示できるようにしておくことが重要です。
つまり、残業代不払いならば、何時まで仕事をしていたかがわかるようにする。
会社のメール送信履歴や、PCで仕事していなくても、顧客が同席していた、などの客観的な事実が証明できればベストです。
しかしそれでなくても、もしSさんの会社のように会社で勤怠時刻管理をしていないようならば、自分で記録をつければよいのです。
仮にそれが多少不正確でも、会社としてはそれを覆す情報がありませんから、それを正とみなさざるを得ません。悪徳な経営者がわざと管理しない、というのは、完全に自分へのブーメランになるのです。
従業員の同意ない就業規則の不利益変更についても、本来は会社側が、きちんとした段取りで十分な説明を行ったことを記録として残さねばなりません。
また、たとえ就業規則に「早出の時間外労働は、会社が承認した場合のみ認められる」などと書いてあったとしても、15分前の清掃が慣習化していて、たとえば当番制になっていて総務から指示された、などの事実があれば、実態のほうが事実として認められます。
このように、法律上は従業員にとって有利になっている点も多いので、「こんなことしても法的効力がないかも」などと思わずに、独自のメモでもなんでも、しっかり記録に残しましょう。
③会社への情報開示の可否を決めよう
入力フォームには下記の選択肢にチェックを付ける項目があります。
これらのどれにチェックするかによって、労基署側の動きやすさが格段に変わってきます。
ここで気付くのは、「情報提供者の名前も会社に通知して良い」という選択肢はありません。
そこまで腹づもりが決まっているなら、こんなメール窓口などにチマチマと情報提供などしなくても、直接堂々と労基署に申告しに行けば良いからです。
そして匿名を前提とした場合、これら選択肢の中では上のものほど、労基署が調査をしやすくなります。
それは逆に、申告者が誰なのか会社にバレやすい順番になっています。
Sさんは、2番目の選択肢、つまり社員から情報提供があったことくらいは明らかにしないと調査してもらえないだろうと思っていました。しかし、そんな情報提供をしそうな社員なぞSさんしかいない状況だったので、まずはとっかかりとして3番目の無難な選択肢でどこまで対応してもらえるのか、試してみることにしました。
Let’s メール送信
①〜③で揃った、基本的な法知識と事実の記録をもとに、いよいよメールに思いのたけを記載します。
げんなりするほど多い入力フォームの記述項目のうち、気をつけたい部分を解説します。
「(4)所定休日」
休日には「所定休日」と「法定休日」があります。
1週間に1回与えなければいけない休日は「法定休日」です。
たとえば土日が休日の会社は、どちらが法定休日であるのかを就業規則に明記しているところとしていないところがあります。
細かな解説は他所に譲りますが、実は明確に定めないほうが会社として手当を低く抑えられる可能性があります。
例えば日曜日が法定休日だと定めているならば、(4) では「土曜・祝日」などと書けば、「ちゃんと法定休日との違いがわかってるな」という感じです。就業規則から読み取れない場合は、ここでは「週休二日」などと単に休日を書くのでも問題ないでしょう。
「(5)賃金・割増賃金の支給条件」
「(12)賃金不払残業の状況」
次はこのふたつ。番号は飛んでいますがセットで捉えたいです。手当や残業代が不払いであれば、この項目に、違法な状況を書くことになります。
たとえば、法定休日に働いているのに手当が払われない、深夜手当が払われていない、などの状況があれば、 (5) に守られていない状況を書きます。
また、上からの圧力により、月50時間の時間外労働をしているにも関わらず20時間などと労働時間を過少申告しているのならば、その差について (12) に書きます。
「(10)労働時間の管理状況」
「(11)労働時間の実態把握が可能な資料」
次ですが、ここは重要です。
会社の管理が杜撰である、または労働時間を過少申告するのが常態化していて会社は黙認している、などの状況があれば書きます。
(11)の資料については記載必須!です。なんらかの記録からトレースできない限りは、たとえ労基署の担当者が調査をしたところで、事実を証明できないことになってしまい、会社にしらばっくれられたらただの徒労となるからです。したがい、上で書いたとおり、日頃からそれを意識して記録を残す事が大事なのです。
「(14)その他情報提供したい事項」
さて、最後のこの項目も重要です。
Sさんの場合は、次のような項目を書きました。
特に最後の点が重要です。
労基署の立場からすれば、「その問題について、あなたは会社に改善を申し立てはしましたか?」ということが気になるはずです。
それで誠実に会社側が対応するのでれば、そもそも労基署がわざわざ動く必要はありません。換言すれば、従業員では埒が明かないことを前提として、労基署が動くのです。
つまり「言っても無駄だった」という事実があるのなら、それを積極的に書くべきです。例としては次のようなものがあるでしょう。
労基署を動かすには、このように自分がやれることはあらかじめやっておいたほうが良いでしょう。
また、Sさんの場合は「情報提供があったことさえ内密にしてもらう」という申告だったので、もしそれで動きにくければ、開示のレベルを上げることも辞さない、そして最寄りの労基署で職員に対面で説明するのもやぶさかでない、ということを書きました。例えばこんな感じです。
そして最後に付け加えるとすれば、「調査いただけるならば全面的に協力する」「ぜひ指導をお願いしたい」といった謙虚な態度を記載しておきましょう。
間違っても「早急な対応を要請します」などと偉そうに書かないこと。相手も感情のある人ですからね。
メール送信後の結果
さて、このようなメールをしてから、しばらくはなんの音沙汰もありませんでした。
諦めかけたそのとき、事態は急展開。期待を上回るアクションが引き起こされたのです。
【立ち入り調査編】へ続く