SS「死にたくないから」

私は筆を執った。
理由は簡単だ。何かを書きたかったから。

この世の中は沢山の言葉であふれている。
人によっては雑音にも聞こえるそれを、私は愛していた。
何かを伝えるため。何かを褒めるため。何かを貶すため。何かを愛するため。
その言葉たちは沢山の列を成し、意味を伝えていく。
だけど、全てがすべて通じるわけではなかった。
拾われずに消えていく言葉がある。届かずに死んでいく言葉がある。
それを私は悲しく思うのだ。

言葉に声はない。
音だと比喩しても、彼ら自身が私たちに話しかけてくることはない。
だから消えていく言葉たちが私に対して「消えたくない」「死にたくない」なんて言ったわけではない。
それでも、拾われない言葉たちの気持ちを考えてしまうのは私が臆病だからだと思っている。
二の舞になりたくない。
誰にも拾われない言葉。誰にも届かない彼らは消える。
認知されないのはきっと「死」と同じなのだ。
死にたくない。
私はまだ、死にたくないのだ。

筆を執る。
今日は何を書こう。
新しい物語を書こうか。それとも思考を記そうか。
何かを残そう。
誰か一人でも見てくれる。気づいてくれる。
そうなってほしいから、私は。

死にたくないから筆を執る。

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