この夜でなければ
激しい雨が降る。そんな夜がある。斜めになって細く。針のように。
鳥も虫もそれぞれの厚い屋根に身を隠す。だがその白い鹿は違う。枝分かれした角を持つなめらかな白い生き物。彼らは雨の夜にだけ走り出す。他の夜には存在しない。雨が地表に届くとその輪郭が立ち上がる。白く浮かび上がるのだ。
雨が降る。森のあちこち、黄色くひらめくのは短い悲鳴。七千分の一、雨に擬態した針が鹿を刺す。彼らは長い針を纏ったまま官能的にひた走る。いずれゆっくりと倒れるが、倒れきることができない。針が死んだ鹿の体を留めている。
雨が止み、朝はまだ遠いのに、雲の切れ間から光が差す。いや、手だ。指を翼のように開いた白く大きな手がするすると伸びてくる。いくつも。差し込まれる。手。
銀の指ぬきをはめたそれは鹿をゆっくりと握る。銀に銀を直角に当て、針を鹿の中へと握りこむ。まるできのこの感触で、肉厚の、傘のような。粉っぽい。やわらかさ。苦痛もなく、それはぷつんと。針が鹿の中に落ち込んだ。闇を払う風が鹿を結晶化する。壊れて崩れる鹿もある。だが、ほとんどは。
やがて大きな手は天へするすると戻る。しゃらん、しゃらん。上っていく。神が楽器を、ご所望だ。