蔵前日和──アラサー男子の休日【エッセイ】
───腹抱えて笑って、ゲラゲラ
気づいたら終電間際。
「山門、食べ方が汚い。犬がエサ食ってるみたい」と、あんのすけが言った。
たしかにぼくの食べ方はとても汚い。
これはKingGnuの常田大希とのたったひとつの共通点だから、誇りなので治す気はあまりないが、最近やっと箸の持ち方を覚えたりもしている。
あんのすけの家の近くの蔵前で一番美味いと評判(あんのすけ談)のラーメンを啜っていると、あんのすけから注意された。
「ごめーん」とへらへら謝る山門文治。
そして、ふたたび啜る。
「ねえ、本当に汚い。見てて不快。おたまでちっちゃいラーメンつくって啜るから、汚く見えるんだよ」
あんのすけは、こんな風に「不快」と伝えたあとにしっかり、〈山門の立場で〉どうすれば綺麗に見えるのか方向性を示す言葉で、綺麗な食べ方を指導してくれている。そして、なんか言われてもまったく悪い気しない。ひじょうに、頭のいい人間だ。さすがは元ホストである。
そして、言われた通りに、おたまでちっちゃいラーメンをつくらず、どんぶりから直接啜る。すると、ラーメンを食べただけなのに達成感が芽生える。どうやら綺麗な食べ方に近づいたらしい。あんのすけが、めんどくさそうに視線を剥がす。
にしても、うめぇラーメンだ。
あんのすけは言った「ここは蔵前のソウルフードなんだよ」。
そのとおりだと思った。そんくらいうめぇラーメンだった。
味はシンプルな背脂チャッチャ系で甘いメンマと味の染みたネギがすこぶるうめぇ一杯だ。
なにより店主がいい。この道何十年という感じの風格を放つ好々爺で、うめぇ一杯をいかにもつくりそうだ。
スープを啜れば、広がる芳醇な背脂の甘さ。
うっ……んめぇええええええあ。
味蕾が喝采する。
風味が炸裂する。
そして、味覚が轟く。
五感は完全にジャックされた。
美味。
この一言に尽きる。
気がつきゃ、ぼくは犬になってむしゃむしゃ食っていたというわけである。
そんなところに、あんのすけから「食い方汚い」と注意してくれたのだ。
(※冒頭に戻る)
さて、美味いラーメン食って外に出る。
平日の昼下がりの蔵前は、人通りもそんなに多くない。落ち着いた雰囲気だ。いやぁ、蔵前に住むっていうのは羨ましい。
かっこいい街である。台東区エリアにもかかわらず、おしゃれさも欠かさない。加えて、浅草が徒歩圏内という好立地。ちょっと足を伸ばせば上野や渋谷。そしてなにより、部屋から見えるスカイツリー。
ここは下町の麻布十番なのだ。
この振り幅が、蔵前の魅力だ。
おしゃれも行けるし下町感もある。
どっちも楽しめる街。
加えて、あの美味いラーメン屋がある。
蔵前はすっかりぼくの好きな街になってしまった。
あんのすけの家に着くと、あんのすけが飼ってる猫が、ガンダムをつくる作業台に鎮座している。ニャーとただいまと鳴いてるようだった。しっぽフリフリ、かわういやつめ。
なんて具合に猫を突いて遊んでいると、あんのすけが言った。
「ドラゴンボールの映画見ようぜwww」
と言い出した。
ぼくは勧められたら、なんでも観る雑食だが、イワシタは、その辺グルメだ。観たいものしか観ない。すこし頑固な職人気質なところがある。「ドラゴンボール?」眉をひそめる。すかさずあんのすけがプレゼンを始める。
「俺が今年見た映画で一番面白い。まず映像が半端なく綺麗。次に物語構成が面白い……」
ほかにもなんか言ってた気がするが、よく覚えてない。ケイタがプレゼンを終える頃になると、イワシタは目を輝かせながら、「ドラゴンボール見よう」ということになっていた。
ぼくたちは今、コンビニへ向かっている。なぜって?それには、こんな経緯がある。
Amazonプライムで300円の課金を済ませて(あんのすけ払い)て、いざ見ようとなったタイミングで、あんのすけが言った。
「なんかお腹すかね?」
わかる。お腹すいた。
しかし、ここでの返し方にはコツがいる。
「お腹すいたね。おれらはあんのすけが食べてるのを時々もらうよ」
山門文治には金がない。イワシタにも金がない。だが、あんのすけには金がある。彼は、なんかいい会社に勤めているらしいのだ。ITコンサルとかいう波に乗った仕事をしている。
だったら、金持ちが売れない芸術家に金を恵むのは、当然の帰結。
山門文治は、意を決した。
あんのすけにビールを奢らせよう。
あんのすけが破顔する。こんなずうずうしいことを言っても、一つも怒らず笑ってくれる。ふところの深い人間でもある。
コンビニに着いた。戦いの始まりだ。
まず、先に仕掛けたのは山門文治だった。
「あんのすけさん持ちます?」ぼくは、コンビニの籠を渡す。
何かに勘づき、一瞬イラナイと答えるあんのすけ。
しまった。目論見がバレたか?だが、ヤッパチョウダイと言ってくる。どうやらバレていないようだ。
次に仕掛けたのはイワシタ。
彼は足早に駆け抜け、ビールコーナーの前に立つ。
そして、「まぁ見るだけね」とニヤニヤしている。
ぼくも「まぁ見るだけな」と返してニヤニヤしながら、オリオンビールを探す。だが、ないのでエビスビールにした。イワシタもじぶんの好きなビールを選んでいる。
ここからが勝負だ。
あんのすけはなぜか今、機嫌がいい。
こういう時、彼は奢ってくれる。
「これ、どう思う?」
とビールを見せる。
「なに?」とあんのすけ。
「いや、どう思うかなって」
「はっきり言えよ」
「奢ってください!」
「俺、(仕事で明日朝早いから)飲まねぇのに?!」
こんな流れで、ぼくとイワシタは、あんのすけの買い物籠にビールを詰め込む。
ちなみに、ぼくは31歳。イワシタも31歳。同い年だ。
あんのすけは29歳。つまり、2個下。でも、全然彼のほうがしっかりしている。
こんな情けない2個上をあんのすけはどう思っているのだろうか。
そして、ぼくはあんのすけのコンビニで買った袋を持って(せめてもの感謝の印)、あんのすけの家に戻る。
さぁ、ドラゴンボールの始まりだ。
部屋を暗くして、あんのすけの部屋の大画面のテレビで、映画が始まる。
とんでもないものを見せられた。
あんのすけが今年見た映画で一番面白いというだけのことはあった。
戦闘シーンが鳥肌モノだった。
VRでも、3Dでもないのに、そう見えてしまうのだ。
今の水しぶき浮き出てねぇか?
そんなド迫力な視点誘導で、本当にじぶんがZ戦士になったかのような臨場感だ。
アニメ映画って、今ここまですげぇんだって感動した。日本のエンタメは本当にすごい。アニメもそうだ。
だってそうだろう。
ドラゴンボールはたしかに面白いけど、
『ワンピース』『NARUTO』『BLEACH』『ハンターハンター』『呪術廻戦』『ぼくのヒーローアカデミア』『チェーンソーマン』など、たくさんの作品を観てきたぼくにとっては、もうドラゴンボールというのは、どちらかという終わった作品というイメージで、ぼくにはすこし遠い世界の話だった。つまり、ちっちゃい頃再放送で見てたことはあるしキャラも一通り知ってるけど、鳥山明亡きあと追ってまで観ようと思っていなかった。
それが、どうだろう。
めちゃくちゃ面白いではないか。
まさに、観るという体験だった。
ビール片手に、お酒の飲めないあんのすけの肩の筋肉に缶をぶつけて「カンパーイ!!」と煽る。
3人でバカ笑いする。
ああ、休日って感じ。
こいつらといると楽しいなァ。
3人のグルーヴ感みたいなものが生まれた気がする。
そして、気づけば終電間際の時間になり、ぼくとイワシタは蔵前をあとにする。
立川までいっしょに帰ることになる。
帰り道の電車で、浅草橋から御茶ノ水で乗り換えて、御茶ノ水から中央特快に揺られて帰る車内。
となりに座ったイワシタと話した。
「いやぁ、ドラゴンボール面白かったね」
「うん……面白かった」
「ドラゴンボールこれからあるね。まだまだドラゴンボールが楽しませてくれそうだね」
「ぼくはちょっと、ドラゴンボールを斜に構えて観ていたよ。ちゃんと面白い。ちゃんと感動させられた。日本のエンタメ本当にすげぇって思った」
「いやぁ、エンタメって本当にすごいよな」
「そうだね」
「人間というものがなにかよくわかってるよね」
「こうしたら楽しいとか、こうしたらもっと集中するみたいな脳科学的みたいなやつ」
ぼくは、イワシタのその言葉に唸った。
この日は、あんのすけの家でイワシタと3人でだべつて映画観て、YouTube観てるだけで1日終わった。
気の合う男友達で集まって、映画観るだけでこんだけ楽しめるんだったら、
お金ってそんなにいらねぇのかもなぁ、なんて思う。
(いやいや、あんのすけにだいぶ奢ってもらってるからこの発言はやばい。)
だが、そうじゃない。
家でのんびり話しながら映画観ただけなのに、
めちゃくちゃ大満足で帰路に着ける。
いやぁ、男友達ってすばらしい。
たくさん笑って、いじりあって、バカなことして
そして笑ってを繰り返す。
あたりまえってすばらしい。
あんのすけさん