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浦和生まれの日本女子代表

 おせーよ。

 と言っても、足掛け4年間、女子代表監督は元浦和レッズの池田太だったから、文句は言いにくい。逆に言うと、池田監督は自分に赤い色がついているから浦和の選手を多くチョイスしにくかったのか。

 遠藤優は、もっと早く女子日本代表に選ばれても良かったと思う。WEリーグ所属チームの右サイドバックの中で遠藤が絶対的に一番なのか、客観的にはわからない。というか、僕は客観的になれない。主観的には遠藤が一番だと思っているが。
 主観的な思いが強いのは、3年前の彼女の変貌ぶりを知っているからだろう。

 レッズレディースのアカデミー時代、抜群のスピードで右サイドからチャンスを作っていた彼女が、2016年トップに昇格してからは、失礼だが鳴かず飛ばずになった。たまに出場機会を得ても、右サイドを制していた数年前までのプレーは見られなかった。
 高校年代まで図抜けていた選手が、プロになってからは"並み"の選手になってしまう例はよくある。遠藤もその一人なのか、と残念だったが、それは僕の浅慮だった。

 日本の女子トップリーグがWEリーグに移行してからの遠藤は見るたびに変わっていた。
 相手に負けないあのスピードが戻り、体の使い方などが加わり、右サイドでボールを持つと、かなりの確率でクロスを上げていたし、時にはパワフルなシュートも見せた。ある意味で"凄み"が増していったように思う。
 
 ある日、思い切って本人にその理由を尋ねた。
 彼女の答えをひとことで言えば「プロになったから」だった。
 それまでは「これが仕事ではないから」という思いが自分の逃げ場にもなっていた。しかしサッカーに集中できる環境、言葉を換えれば集中しなくてはいけない環境になって、それまでの考えを捨て、練習で自分を追い込んだのだった。
 楠瀬監督も「遠藤が自主練習に取り組む姿勢は誰よりも熱心」とそれを裏付けた。

 僕が取材したとき、遠藤は最後に「まだまだ上を目指していきたい」と語った。すでにレッズレディースは日本のトップチームになっていた。だから残る"上"は一つ。
 それは日本代表ということ?
 僕の問いに彼女は「はい」と力強くうなずいた。

 冒頭言ったように、それからだいぶ時間が経ってしまったが、目標どおり"上"の舞台に立った。次の"上"は代表戦に出場して活躍すること。
 浦和生まれ、浦和育ちの日本代表選手がワールドカップやオリンピックで輝く姿を見たい。

 写真は中学3年生のときの遠藤優。彼女が大人になってから試合の写真を撮っていないので、これしか手元になかった。

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