見出し画像

#02 大地が消え、大地を生きる [奥野克巳]


 高度成長期以降、東京にたくさんの高層ビルが建てられ、高速道路や空港が造られた。建設には土砂が必要である。土砂は主に房総半島から運ばれた。一時はダンプがひっきりなしに往来し、周辺住民に健康被害や騒音、交通災害をもたらした。
 房総半島では土砂が削り取られた山が幾つもまるごと無くなった。削られた山の跡地にはその後しだいに、東京方面から残土や産業廃棄物が運び込まれた。それらの処分が今日でも続けられている。
 息を切らして、残土の山に登ってみた。こんなに高くまで、いったいどうやって残土を積み上げたのか。有刺植物で傷を負い、ススキが繁茂する山のてっぺんの平地に立つと、そこには、陶器やプラスチックの破片があり、動物の糞もあった。
 旅の終わりに辿り着いたのは、削られた山が運動公園になった場所である。山を一個分まるまる削り取ってしまう人間の力とはなんと強力であるのか。
 大地から削り取られて、運び込まれた土砂で建てられた都会のマンションやビル。橋や高速道路もまた、大地からできている。何もなくなったもともとの大地には、逆に都会から残土や産廃が運び込まれる。
 大地は主に都市の住民のために消え、都市の人たちは形を変えた大地を生きている。

奥野克巳(おくの・かつみ)
立教大学教授(文化人類学)。ボルネオ島の狩猟民プナンのフィールドワーク。現在の主な関心は、反『贈与論』的権力論、大地存在論など。近著に『はじめての人類学』(講談社)、『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(新潮社)など。

連載記事はこちらから

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?