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2020年4月9日の『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』

パン屋、ミニスーパー店員、専業主婦、タクシー運転手、介護士、留学生、馬の調教師、葬儀社スタッフ……コロナ禍で働く60職種・77人の2020年4月の日記を集めた『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』
このnoteでは、7/9から7/24まで毎日3名ずつの日記を、「#3ヶ月前のわたしたち」として本書より抜粋します。まだまだ続くコロナとの闘い、ぜひ記憶と照らし合わせてお読みください。

【コロナ年表】四月九日(木)
新型コロナウイルスに感染し、五日からICUに入っていたイギリスのボリス・ジョンソン首相が一般病棟へ。
アメリカで雇用情勢が急激に悪化、失業保険申請件数が四日までの一週間で六六〇万件を超える。
感染者が確認されていなかった三県(島根・鳥取・岩手)のうち、島根県で県内一例目の感染者を発表。翌一〇日には鳥取県でも感染者を確認。
東京都の小池都知事は緊急事態宣言発令を念頭に、休業を要請、施設の種類によって休業を要請、社会生活維持に必要なため休業要請せず、の三分類を公表。
自治体独自の休業補償政策がひろがる。
日本救急医学会と日本臨床救急医学会が、感染防護具の圧倒的不足、緊急医療体制の崩壊をすでに実感しているとの声明を発表。

パン屋

❖ 田中絹子(仮名)/六二歳/東京都
夫を看取って一年、一軒家に一人暮らし。半年前からスーパーのパン売り場で働く。自粛要請が出てからは利用客が増えて大忙し。

四月九日(木)
 裏の奥さんと立ち話をした。
 娘さんが柴又の帝釈天にあるお店にパートで働いているんだけど、普段なら観光バスも何台も止まって人でごった返しているのに全然人がいなくて、週四日のシフトを週一に減らされてしまったから生活が大変とこぼしてた。
 隣の奥さんも、嫁も息子も仕事が在宅になって、自分も外に出れず家にいるのがしんどい、区の体育館の体操教室も休止しているからどこにも行けず一日中テレビ見ているしかないと言っていた。
 兄嫁も、政府はいったい何をやっているんだ、困っている人がいっぱいいるんだからお金を印刷してバラまけばいい、そうすればまた政府にお金が戻ってくるんだから、とすごいこと言う。
 普段は控えめな物言いをする人なのに驚いた。コロナは人の性格まで変えてしまうのかなぁ。
 今日はパートが休みだけど出かけることもできないので、家の中の普段できないところを掃除した。夕方、友達と一時間くらい公園に散歩に出かけた。けっこう人がいっぱいいて、みんな外に気晴らしに出てるんだなぁと思った。
 コロナはいつまで続くのかなぁ、日本経済は大丈夫かなぁと心配。

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映画館副支配人

❖ 坪井篤史/四一歳/愛知県
緊急事態宣言の七大都市から外れホッとしたのもつかの間、客足は減る一方。新作映画の上映も次々延期となり、閉館が脳裏をよぎる。

4月9日(木)
 いよいよ愛知県でも独自の「緊急事態宣言」が発令されることになった。発令日は翌日の4月10日。一体、劇場としてはどのようなスタンスでいれば良いのか。自分だけの判断はできない。まずは名古屋の各劇場さんと連絡を取り合う。シネコンはもう休業を決めている劇場もあった。ミニシアターではさてどうするか。発令されて、すぐに休館にするか、ある程度営業させてもらって休館にするか。ただはっきり言えるのは、我々スタッフの精神状態はかなりギリギリのところまで来ており、発令後、休業せずに継続できる精神の強さが無いことは明確にわかっていた。午前中にスタッフの緊急会議を開きたいと思い、上司の支配人・木全に朝から連絡を入れるが全く携帯が繋がらない。映画館にはマスコミからどう対応するかと問い合わせが何件か。そして自分の携帯には、連携をとっていたミニシアターさんやシネコンの支配人からスコーレはどう対応するかの連絡が続々やってきてぷちパニック状態に。そんな中、当館スタッフの大浦が出勤したので、木全と連絡が取れないので先にスタッフ同士の打ち合わせを始める。最初の論点は、4月11日から休館にするか、土日は営業して4月13日から休館にするか。自分はできれば、4月17日まで営業して休館にしたかったが、風評被害やスタッフの精神状態も含めてそれは難しいと思い、意見しなかった。ようやく木全と連絡が取れ、昼過ぎに緊急ミーティングを開始。最初の論点であったいつから休館にするかは4月13日から休館で落ち着くことに。更に次の論点は、このまま休館が長引く場合、シネマスコーレはどれだけ保つのか。僕はここが一番知りたいところだったので、きちんと答えが出るまで支配人の木全を問い詰めてしまった。ここまでやらなきゃいけない。映画館が守れなくなると判断した結果だった。今、思えば物凄い怒号と恫喝な会議だったけど、答えはちゃんと知れた。答えは「3ヶ月」だった。つまり「3ヶ月」何もしないまま休館することはシネマスコーレの「死」を意味することでした。

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ホストクラブ経営者

❖ 手塚マキ/四二歳/東京都
経営する店は大幅赤字。事業者を代表して嘆願書を政治家に渡す。取引するメガバンクに融資を頼むも、担当者からむごい言葉が……。

4月9日
 午前中に自民党本部にて岸田政調会長と面談。水商売協会という団体に矢面に立ってもらって、事業者を代表して歌舞伎町から私ともう1人、銀座から2人、六本木から1人の体制で伺った。天気もよく気持ちの良い午前。こんな時間に出かけることは普段ほとんどない。
 本部のロビーに簡易喫煙室があり、たばこを吸う。ぞくぞく人が入ってきてすぐ密になる。
「密ですね」と笑いあう。
 高級車のハイヤーで続々大物政治家がやってくる。テレビでおなじみ元大臣がマスクをしていなかった。本部は、自らの感染症対策には手が回っていないのだなと思った。定時になり、集まった人間たちで政調会長のいる会議室に案内される。エレベーターを降りた瞬間、テレビでよく見るフラッシュの嵐。カメラマンの密度が凄い。フラッシュの密度も凄い。写真を共有することは出来ないのかな?
 政調会長に水商売協会の人が嘆願書を読み上げる。政調会長の目が真っ赤。お疲れのご様子。要望書に対して政調会長が応えて終わろうとしているところに横やりを入れる。一瞬身構える雰囲気を私に向ける。しかし政調会長の認識のズレであった中小企業融資から水商売が除外されている話と、現実的にクラスターを生み出さない案を直訴。認識のズレを指摘されたことに、ちょっとムッとした顔をされたが、しっかり聞いてくれた、と思う。
 約10分の政調会長との面談後、柴山政調会長代理が残ってくれて丁寧に話を聞いてくれた。論理的に話せる人間が、この業界にも居るんだ。ということを知ってもらうことが大きな意義だった。感情的にならず冷静に話せたと思う。柴山さんもただ聞く態度を見せたのではなく、聞いてくれた。我々のことを理解しようとしてくれた。それは、私の言葉ではなく、彼の頭の中で彼の言葉として変換されて、引き出しの中にしまってくれたように見えた。
 帰りも晴れていた。

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(すべて『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』より抜粋)



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