2020年4月12日の『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』
パン屋、ミニスーパー店員、専業主婦、タクシー運転手、介護士、留学生、馬の調教師、葬儀社スタッフ……コロナ禍で働く60職種・77人の2020年4月の日記を集めた『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』。
このnoteでは、7/9から7/24まで毎日3名ずつの日記を、「#3ヶ月前のわたしたち」として本書より抜粋します。まだまだ続くコロナとの闘い、ぜひ記憶と照らし合わせてお読みください。
【コロナ年表】四月一二日(日)
イギリス・ジョンソン首相が退院。医療従事者に感謝のメッセージをツイート。
安倍首相がミュージシャンの星野源さんの「うちで踊ろう」にコラボする動画をTwitterに投稿。
ライブハウス店員
❖ 田中萌/二七歳/東京都
三が日以外三六二日イベントを行う阿佐ヶ谷ロフトⒶ勤務。慣れない配信を行うも、先のイベントは中止や延期ばかりで不安が募る。
四月十二日(日)
起きて早々に内閣総理大臣がアップした信じられない動画をみてしまい最悪の一日になることが確定。
認知の歪みがひどすぎて考えれば考えるほど自分の輪郭までぼやけていく錯覚を得てしまったし、久しぶりに感じた怒髪天を突く怒りに体がついていかず、しんどい。
いままでにも十分怒るタイミングはあったけど、今回はとくに腹が立ったし、がっかりした。
ソーリが安易に乗っかった元ネタのムーブメントが、いま身動きが取れないエンタメ業界の人たちが活路を見出したきっかけのひとつだったこと、外出を余儀なくされている人たちを傷つけないために考えて作られていたこと、大人も子供も安心して見て楽しめるもので、決してお粗末な啓蒙のための道具ではなかったはずなのに……と思うと元ネタが広がっていくのを楽しく見ていたぶん、やりきれないし怒りが湧く。無限に湧く。
異能系バトル漫画で中盤に出てきそうな、人の能力をコピーして攻撃してくる敵が「フハハハどうだ? 仲間の技で攻撃される気持ちは?」って言ってくるやつみたい。
いや異能系バトル漫画で中盤に出てきそうな、人の能力をコピーして攻撃してくる敵の方が全然いいな。だいたい何かしらの矜持があって攻撃仕掛けてくるわけだし。
異常なことに慣れてきたと思っていたけど、全然そんなことなくて、二重でびっくり。
正月以外の三六二日、週末は昼、夜、深夜で三枠。毎日イベントを組んでいるうちの店において、この騒動によるキャンセル対応は機械的にこなすしかなかった。先一ヶ月と少し、本数にして約四十〜五十本。系列店全体のキャンセル本数なんて考えただけで胃がキリキリする数字だった。
「中止でお願いします」「延期で……日程は未定で……」「配信に切り替えはどうでしょうか?」コピペみたいに同じような文面で毎日やりとり。
政府が何か発表するたび社内でまわるメール。そのたびに変わるルール。
中止・延期のアナウンス、延期日程の調整、払い戻し設定、の繰り返し。
われわれライブハウスはこのとおりだったし、身近なところでいえばお世話になっているからわかる、チケット販売サイトさん、あの時期はさぞかし大変だっただろう……。
イベントを予定していただいていた方たちに対して延期しましょう!という気持ちはあっても延期開催する日程が見つけられない。
いつも来月、再来月先のスケジュールを見据えて悪戦苦闘しているのに先のスケジュールどころか世界情勢もわからない状況で文字通りお先真っ暗という感じ。
外出制限が解けても、「じゃあ先日延期したアレ、来週やりましょう!」とはいかないわけで……。断食後に重湯から始めるみたいな、じわじわとゆっくりスケジュールを埋めていくことになるんだろうと思うと完全な「通常どおり」までかなり長丁場だ……気が遠くなる。ぞっとしないな。
仕事や生活が滞っている人たちがいて、みんなが不安抱えてんのにソーリは犬抱えてるしさあ。なんなんだよ。
丸一日情緒不安定に怒ったり絶望したりしていたら気づく頃には日付もかわっていてソシャゲのログインボーナスを取り損ねていた。
見事なまでに最悪の一日。
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葬儀社スタッフ
❖ 赤城啓昭/四五歳/東京都
遺族にコロナウイルス対応のマニュアルの書面を読み上げる。家族でも火葬に立ち会えないと伝えると、電話の向こうで沈黙が……。
4月12日(日)
結局お通夜はしないでお葬式だけを行う、いわゆる「一日葬」になった。故人がコロナウイルスではなかったといっても、お葬式で参列者から感染する危険性がある。高齢者は死亡率が高く、お葬式には高齢者が集まる。できるだけ集まる時間は短くしたほうが良いだろうという判断だ。ちなみに関東ではお通夜に大皿料理をみんなで食べる習慣があるのだが、これも感染リスクを高めるということで行われなくなっている。
さらに一般の参列者はお断りし、親族だけを招いた。高齢者の親族の参列も、できるだけ辞退して欲しいと伝えたので、大体10名くらいの規模になった。
式場の準備は、まずイスを離して並べるところから始める。念のためイスとイスの間は1・5mほど空けた。家族葬用の小式場とはいえ、10名の参列者は少ない。しかしそれでも式場の空間をいっぱいに使うことになった。
イスやドアは当然のことながら、記帳用のボールペンまでアルコール消毒をした。
換気を良くするために、窓をすこし開けておく。暖房を少し強めに効かせて、膝掛けを多目に用意した。
マスクをしているお坊さんの声をちゃんと拾えるように、普段は卓上マイクを使用するところを、スタンドマイクにして、寺院席の近くに設置した。
マスクを着けた遺族がぽつぽつと到着するたびに、アナウンスする。
「マスクを着けたままの参列は不作法だと思われるかもしれませんが、いまは非常事態です。ずっと着けたままにしておいてください」
今回のお葬式の新しい試みは2つ。
お棺に副葬品として入れたいものを尋ねた時、「筆」という答えが返ってきた。俳句が趣味で俳号もお持ちだったらしい。そこで和紙でできたコピー用紙を、前日文房具屋で購入し、生前詠まれた俳句を1枚1枚に印刷した。葬儀屋さんはお葬式の表記を作るために、きれいな毛筆の書体を出力できるパソコンのソフトを持っている。最終的には30枚ほどになった。それを式場内にずらっと並べる。
なかなか良い感じだ。
もう一つの試みは、大事をとって参列を取りやめた故人の妹さんのために、お葬式の中継を行うことだ。妹さんのお孫さんの協力を仰いで、AppleのFaceTimeというテレビ電話のアプリケーションソフトを使うことにした。iPhoneを固定するためのスマホ用三脚を前日Amazonで購入しておいた。
式場側の機材はiPhoneだが、視力の良くない妹さん側はiPadを使用したようだ。
これもうまくいった。
後で聞いた話だが、私が式中、故人の俳句を読み上げた時は、涙ぐんでいらっしゃったらしい。
最後、棺にお花を入れ終わった後、遺族の承諾を得て、iPhoneを故人の顔に近づけた。iPadの液晶画面には、ピンクと黄色の花に囲まれた、故人の安らかな顔が写っていたはずだ。
火葬場で拾骨が終わり解散というときにAさんが言った。
「お葬式ができるって、ありがたいね」
「そうですね、もしコロナウイルスだったら、こうやってお見送りすることなんて、できなかったですもんね」
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占星術家
❖ 鏡リュウジ/五二歳/東京都
講座やイベントで全国各地を飛び回っていたが、すべて延期かキャンセルに。執筆や動画配信などに注力するも、落ち着かない日々。
4月12日(日曜日)
原稿は書かなければいけない。震災のときもそうだったが、いや、それ以上に通常の星占いを書くことが難しい。なにしろ、先が見えない。この先、緊急事態宣言が解除されてもいたずらに外出や人との接触を勧めることはできないだろうし、書ける内容が大幅に制約されるのだ。何より、この状況で気楽に「星占い」など書いている場合かという気持ちにもなる。また雑誌の休刊、合併などの声も聞こえてくる。
しかし、Life goes onだ。こんなときだからこそ、いつもと変わらぬペースで空を動く星を感じていただくことにも少しは意味はあるのではないかと自分を励ます。
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(すべて『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』より抜粋)