2020年4月13日の『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』
パン屋、ミニスーパー店員、専業主婦、タクシー運転手、介護士、留学生、馬の調教師、葬儀社スタッフ……コロナ禍で働く60職種・77人の2020年4月の日記を集めた『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』。
このnoteでは、7/9から7/24まで毎日3名ずつの日記を、「#3ヶ月前のわたしたち」として本書より抜粋します。まだまだ続くコロナとの闘い、ぜひ記憶と照らし合わせてお読みください。
【コロナ年表】四月一三日(月)
アメリカで死者が二万人を突破、イタリアを上回り国別で世界最多に。
厚生労働省が啓発用アイコンに妖怪「アマビエ」のイラストを採用。
全国の映画館の緊急支援策として深田晃司監督、濱口竜介監督ら有志によるクラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」が始まる。一五日には一億円を達成、最終的に三億円を突破。
タクシー運転手
❖ 與那城敬人/二七歳/東京都
お客が激減し、日々の売上も落ちてゆく。追い打ちをかけるように、勤めている会社から感染者が出たというデマ情報が飛び交う。
四月十三日(月) 緊急事態宣言七日目
緊急事態宣言から約一週間、会社の方針が出た。
明日から四月いっぱいは休業。その分の収入は過去の売り上げの七、八〇%が補償として払われるということだった。緊急小口貸付といった国の補償もあるし、今すぐ生活が出来なくなるということはないが、ご家族を持つ親しい運転手もいるだけに、少々心配になる。
今日から変わった日常を過ごすことになった今、住んでいるアパートの四階の窓から外を見れば雨がひたすらに一軒家の天井を叩きつける音が聞こえてくる。
心なしか、この状況も相まってその一軒一軒が一回り小さく身をすくませているように見える。空は突き抜けることができないほど分厚く重い雲に覆われ、本当にこの上に太陽があるのかと疑うほど。暖房なしで室内にいると指先まで冷え、四月にしては凍えるほど寒い。関係ないことは分かっているが、この天気が厳しい情勢と心境を表しているようで少々不気味さと不安を誘う。
そういえば一カ月以上前、うちの会社のタクシー運転手にコロナウイルス感染者が出たというデマが流れた時、やっぱりネットは侮れないと思った。お乗せしたお客様が車のサイドにある社名を確認して、
「あんたのとこって……」
とネットにあるというデマ情報を持ち出してきた。
僕自身が、ネットの情報と会社の情報でネットを信用してしまったこともある分、無理もないと感じる。ただこの時、なんとなくコロナウイルスによって分断的というかデマによる攻撃というのを少し感じて、これがいつか大きな障害として存在するように感じた。
そして今、特にSNS上やネットニュースのコメント欄にはコロナウイルスの恐怖によって行動の一つ一つに妙な監視が付いているような気がする。
ネットだけじゃなく街中で喧嘩をしているのも見たが、不安になることはもちろんあるし、良くは思えないこともあるが今見る相手はそこじゃないと感じてしまう。どちらかといえば協力するべき人間同士なのに。なんだか緊急事態宣言が出る直前から、一週間ごとに倫理観や正義が変わっているというか、社会や経済への影響だけでなく精神という意味ではまさに、人間の内部にまでコロナウイルスが入り込んできている感じがする。
運転手として街中を見ると、外出する人が少ない分閑散として穏やかな時間が流れているが、ネット上との差が激しい。
まだこの先は続くけど、どうなってしまうんだろう。タクシー運転手の解雇のニュースも話題になっている。きっとそれぞれに正解はないし、自分もいつどんな状況に立たされるか分からない。まずは出来ることからやっていきたい。
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馬の調教師
❖ 山田質/四四歳/東京都
コロナの影響で競馬もついに無観客に。調教の仕事は続くが、新人ジョッキーのデビューに観客が入らないのはやはり寂しいもの。
四月十三日 川崎競馬開催初日
先週火曜日に出された緊急事態宣言後初の地元開催、川崎競馬がスタート。
川崎開催前に神社に競馬安全をお詣りし、社務所にて清めの砂を授かるのがいつものパターンですが、お詣り出来ても社務所が開いていませんでした。川崎競馬、4月の開催から例年通りスパーキングナイターで本日よりナイター競馬でスタートしましたが、例年通りでないのは先月に続き無観客での開催ということです。先月までは昼間競馬だったので特に気になりませんでしたが、ナイター開催でパドックから場内の方に目を向けると、照明を最低限にとどめてており、明らかに薄暗い場内で、寂しさを感じます。この時期は新人ジョッキーがデビューする時期で、川崎競馬場からも2名の新人ジョッキーが本日デビューしましたが、無観客なので、新人ジョッキーにとっては、晴れのデビューの日にお客さんが居ない状況なのは、何とも寂しいですね。
本日自分の厩舎から2頭がレースに出走しました。そのうちの1頭のオーナーさんは、初めて自厩舎に預けてくれ、競馬出走時の生観戦が楽しみと預けてくれた時から話されていましたが、この状況でそれも叶わず、テレビでの応援になってしまいました。ただ、こういう状況の中でも競馬開催してくれるのは、ありがたい限りなので、1日も早く新型コロナウィルスが終息し、当たり前の光景を当たり前に過ごせる世の中になってくれればと思います。
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台湾の蕎麦屋経営者
❖ 大洞敦史/三六歳/台湾
台湾人の妻と二人暮し。五年前台南市で開店した蕎麦屋「洞蕎麦」を閉めたばかり。日本を遠くに感じながら、新たな事業を企画する。
四月十三日(月)
台南を代表するレストランが五十八元(約二百円)の弁当を売り始めたと聞いて買いに行った。どこも生き残りに必死だ。台南という町の魅力の一つは、個人経営の小さな店がたくさんある事。飲食店にせよ商店にせよ、店にはだいたい個性を持ったオーナーがいて、馴染みの客がいる。牛肉スープ一つとっても三百を超える店があるといわれ、それぞれに特色がある。普段チェーン店が並ぶ風景を見慣れている外国人にとって、こんなに面白く好奇心をそそる場所はないだろう。憂うのは疫病の流行が長期化し、愛すべき小さな店がばたばたと倒れ、無味乾燥なチェーン店に取って代わられてしまう事だ。それはこの町が誇りとしてきた伝統と人情味の消失を意味する。
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(すべて『仕事本 わたしたちの緊急事態日記』より抜粋)