事業理解を深めるために、皆さんどうなさってますか
ツイッター法務 クセ強スナックのお話の続きです
2023年3月1日におもちさん主催のツイッタースペース「クセ強スナック」でdtk先生と一緒にお話をさせていただき、その後その時に手元に持っていた書付けをnote記事にコピペして公開いたしました。
前回の記事の最後で「これだけだらっと長い文章になったのに、スペースでお話したテーマの半分しかカバーできてなくて我ながら驚愕するわ(意訳)」と申し上げている通り、前回の記事では事業理解を深めるために何をしたらいいだろう、とか、事業理解の進みが速い(うまい)人とそうでない人の違いは何だろう、といったテーマについては全く言及できませんでした。
これらのテーマについても、ある程度手元にメモを用意していましたので、コピペしていきたいと思います。前回に引き続きの言い訳なのですが、一口に法務といっても会社の規模や法務部の規模によって役割定義には差がありますし、業種が異なると役割が大きく違ってきます。また、同じ「メーカー」であったとしても、当社のようにB2B2CとB2Cの両面を持っている会社とB2Bの会社ではかなりの違いがありますので、私の感想がお役に立つかどうかはお読みになる方の所属組織の状況によると思います。それでも、何か共感性のあるものを見つけていただけたら良いと思いますし、何か業種等々を超えてポータブルなスキルに関する思い付きなどに資することができたらいいなと思います。
予めお断りいたしますが、今回もかなーりだらっと長いです。申し訳ございません。
事業理解がマジで爆速の人たちがいる
その1:Ms. CFO
スペースでもお話しましたが、当社の最大の国内グループ会社(グループ内の社格のようなもので言えば、最終親会社である当社と並列と言っていい存在)に、ファイナンスの責任者として約2年前に中途入社された方とお話した時に、ものすごく驚く経験をしました。仮にその方のことをMs. CFOとお呼びします。女性の方なので。
先日、私を含む法務部員全員を相手にMs. CFOが日本国内の事業の状況について説明するというセッションがあったのですが、その際にMs. CFOがしてくれた説明が素晴らしかったのです。現在の状況や直近5年程度の推移といったお話だけでなく、当社のメインのビジネスモデルの草創期の話に触れてみたり、最近刷新されたあるデータ利活用の仕組みの何がどう(当社として)エポックメイキングであるのかを、これも過去の歴史の流れと絡めてわかりやすく説明してくれました。その過去の推移への言及は無くても国内事業の説明は成り立つのですが、そこで敢えて古い話を交えることでもろもろのメリットがあると判断したから彼女はその話を盛り込んだのだと思います。
私が「すげえな」と思ったのは、当社と当社グループのマニアと言っても過言ではない私が聞いていても、一か所も「ん?そこ違うんじゃないかな」というひっかかりを覚える箇所が無かったことと、全部ご自身のご理解をもとに臨機応変に(聴講者からの質問に逐次で答えながら)自分の言葉で説明し切っていたことです。Ms. CFOが入社して2年であそこまでに至った背景には、当社グループの国内最大子会社のCFOとして多くのビジネス上の課題についてファイナンス面から分析・判断する責任を負い、そしてそれを果たすための情報アクセス環境と権限が与えられている……という彼女特有の要素もあったと思います。ただ、同じように中途で入られたエグゼクティブ層の中でも、過去の方も含めて彼女の理解の現場への密着度と正確さは間違いなく上位に入ります。私は、取締役会事務局や(任意の)指名・報酬委員会の事務局をほぼ一人で務めていた時期があり(今はその役割からは外れています)、当社および当社グループのエグゼクティブとの接点や彼らに対する評価プロセスや内容を見る機会が多かったのですが、そのころのエグゼクティブ層の方と比べても、Ms. CFOの当社ビジネスに対する知識はレベルが高い部類に入ると思います。
その2:法務部に中途入社したスタッフ(弁護士資格あり)
私がどれだけMs. CFOのことが大好きなのかをここで延々と垂れ流しても仕方がないので、別の方の事例もご紹介したいと思います。
Ms. CFO同様、やはりコロナ禍に突入してからの時期だったのですが、当部の私の課に一人の弁護士さんが中途入社で加入しました。この方は、司法試験に合格し、司法修習に行かれた後にインハウスローヤーとして当社とは全く畑の違うメーカーに就職され、その後当社に転職してこられた方です。この方は、目下当社や当社グループの情報を吸収しているところではありますが、そのラーニングカーブの急さ(学びの速さ)に非常に驚きました。
この方は、当社の事業とは一見かなり遠いところを規制している法令の改正・施行が当社に影響を与える可能性にいち早く気づき、非常に丁寧に調査検証の上で対応を進めてくれています。法令調査の正確(どんな情報源にあたれば良いのかの選択の正しさも含めて)・丁寧さだけでなく、ビジネスの細かい実態が見えていたからこそ「この法令の改正は、うちの会社にも影響があるのではないか」とか「そもそもこの法令、改正されなくてもうちの会社に影響があったのではないか」といったポイントに気づいてもらえたという事例でした。
これ以外にも、この方と一緒に案件対応やプロジェクトの打ち合わせに入っていると、この方は、日常的に興味を持って社内OSINT(Open-Source INTelligence)活動をしているなということが窺い知れます。また、部内・部外双方において「誰に何を聞けばいいのか」の勘所を押さえるのが早かったという点が印象的でした。
その3:法務部に中途入社したマネージャー(弁護士資格およびその他の士業資格なし)
では、転職してから各社の法務部で活躍できるのは法曹資格者だけなのかというと、そんなことは(少なくとも当社では)ありません。
もう一人の実例は、数社の法務部勤務経験を経て当社に中途採用で入られたマネージャー(部下無し)です。この方は、前職はメーカー勤務ですが当社とは全く業界が違いますし、その前は業種自体が全く異なっていた方です。
この方の場合は、とにかく当部という組織へのなじみがとても速かったことが印象的でした。そして、やはりこの方も「誰に何を聞けばいいのか」の勘所の押さえが速かったです。また、バラバラと制定・開示されている当社の内規や、リアルタイムで各事業部から発信されているガイダンスなどについて調べ上げてまとめ上げ、その他の当社のローカルルールや環境・事情を踏まえた内容で契約書のひな型のアップデートを重ねるなど、過去の経緯まで考慮に入れた「実態」に即した改善提案をしてくれています。
この方には、研究開発から最終製品の販売まで、当社のメーカーとしてのサプライネットワークの各段階の部門を担当としてカバーしてもらっているのですが、このような担当の持たせ方をすることができたのも、事業理解の促進への良い影響があったのかも知れません。また、これを言うと賛否両論出るであろうとは思いますが、この方の当部へのなじみの爆速ぶりは、部内の多くの方と仲良くなるのがとにかく早かったという事情が大きく影響しているように見えますので、部の中や課の中の人間関係がある程度落ち着いているというのも実は大事な要素なのかしら……と感じました。
見ていて感じた3名の共通点
ここでご紹介した皆さんを見ていて私が思ったのは、「皆さん、事業の理解を深めておいた方が自分が得をするということを理解していらっしゃるんだろうな」ということと、「理解を深めるだけでなく、自分が理解している・少なくとも理解しようとしているという姿勢をコミュニケーションの相手に見せることが、信頼の獲得につながるということを、キャリアのどこかの段階で実感したんだろうな」ということでした。また、前職と現職では何もかもが違っていて当たり前であるという認識のもと、転職後に新しい環境下でどんな情報を集めたら良いのかということについて、それぞれご自身なりの正解を持っているんだろうなと感じました。
新卒で入るにせよ中途入社で入るにせよ、その会社のことやその会社の商品・サービスのことが大好きになれるとは限りませんし、大好きになるべきであるとも思いません。会社と商品・サービスが大好きであるという人は、会社について、企業集団について、歴史について、商品・サービスについて知ることそのものに楽しみや喜びを感じ易いという点で(少し)有利ではありますが、「好きだから知るのが楽しい」というルートを辿るか、それとも別のルートで山の頂を目指すのかというのは選択の問題であり、人それぞれです。別に、会社にも商品にもさほど愛情や興味は無いという方でも、別の動機付けで事業の理解が進められればそれで良いわけです。
あくまでも想像ですが、私は、このお三方は、それぞれのキャリアのどこかのタイミングで「仕事を進めるときには周辺事情やそれまでの流れを把握してコトに臨む方がより早くより良い仕事ができる」と考えるに至った方々なのではないかと思っています(私のように会社好き好き商品好き好きというノリなわけではなく……)。このお三方は、何をすれば自分の仕事がし易くなるかという「計算」で動いていて、その「計算」は事業や組織の理解を深めることへの有効な動機付けになるのだとういことではないかと思います。ただ、この手の動機付けは、どうしても「この会社が好きー!この会社の商品・サービスが大好きー!!」というような感情的な動機付けに比べると維持継続が難しく(どこかの段階で、仕事に対して「ま、こんなもんでいっか」という気持ちになってしまうと動機づけが働かなくなる)、キープするためには、一定の努力や工夫が必要なのかも知れません。
少し話が飛びますが、当社の先代のChief Legal Officerは、「会社へのロイヤリティ」をかなり重要な評価項目として評価している方でした。私自身、この項目はいつも評価が高く、おかげさまでずいぶん助かったのですが、彼がロイヤリティを評価項目として重視していたのは、もしかしたら「会社へのロイヤリティが高い人は、その会社のことを学ぶ動機付けに苦労しないから、結果として事業理解がよくできるから」だったのかな……などと想像しています。
事業を理解する/してもらうために何をするか
本人の取組:社内OSINT
我ながらもはや「ただOSINTって言いたいだけなんじゃないのか」という疑惑も生じますが、まずは会社のことやビジネスのことが知りたければ、まずは社内OSINTですよね、と思います。どの会社でも、かなりの情報が社内の人間にとってはOpenな状態で提供されているのではないかと思います。自分にアクセス権が付与されているデータベース・データソースに片っ端から当たっていくだけで(当社の場合は)膨大な量の情報が得られますし、業務上必要があれば、社内で申請等をして更に幅広い情報へのアクセスを可能とすることもできるのではないでしょうか。
本当は、社内で必要な情報は体系的にまとまって従業員がたやすくアクセスできるように整理されて開示・縦覧されているべきなのですが、下手に歴史の長い会社にいると、これがなかなかきれいに整理できていないこともあります。また、規程やガイドライン、マニュアル等々はある程度整理されているとしても、開示・縦覧されている場所(イントラネット上またはクラウド上のどこに何があるのか)がよくわからないといったケースもあります。当社は、こういった情報の探索のし甲斐がとてもある会社ですので、もし当社に転職・新入社員として入社された場合には、存分に社内OSINTを楽しんでいただくことができます……。
本人の取組:キーマン探し・ネットワーキング
私は、「仲が良い」とか「よく知ってる」とか、そういった俗人的な繋がり易さをベースにしてお仕事をするというのは大嫌いで、そういう仕事の進め方をする方については「えぇ……」という目で見てしまいます。ですが、いろいろな領域のキーマンが誰なのかを把握し、その方とすぐにコンタクトできるように知己を得ておくという意味でのネットワーキングは、非常に重要であると考えています。最終的には、人の脳みその中に情報はあるのです。
また、キーマンの把握やその過程での各ファンクションの確認は、社内の組織構造や責任分掌、機能分担の状況を具体的に理解していくということでもありますので、結果として組織理解が深まっていくということにもつながるのではないかと思います。
会社の取組:オンボーディング
事業や組織の理解のために本人が努力するというのと同じぐらい、会社がどうその本人をサポートできるかという点も重要です。特に中途採用者を受け入れる場面では、その方にいかに早く事業の状況を理解していただくかというポイントは、会社側がいかにうまくオンボーディングを行うかということに大きく影響されると思います。
こちらのテーマについては、私がどうこうとダラダラ書くよりも、Hubbleの早川CEOがとても素晴らしい記事をまとめ上げていらっしゃるので、これを埋め込み引用してご紹介する方がはるかに有益かなと思います。
早川CEOがおっしゃるオンボーディングの対象に、もしかすると私が想定しているような「この会社のビジネスをいかに解像度高く理解するか」というお話は含まれない想定かも知れません。ですが、オンボーディングの方法論については、こちらのエントリの内容をめっちゃ参考にさせていただこう……と思いました。
会社の取組:適切なアサインメント
やはり、実際に自分で業務を担当したものについては理解が深まる可能性が高いわけですから、いろいろと経験を積んでもらうという観点からの適切なアサインメントも必要になってくると思います。ただ、一方で、Ms. CFOの事例のように、いきなりハイレベルポジションで入社した人が爆速対応をできているという事例もありますし、当社が●年前に社外から社長を招聘した際には、当時のその新社長も恐ろしいほどの爆速対応をしていました。このMs. CFOや社長の事例を考えると、「自らが手を動かして実務を経験しない限り、ビジネスの理解は進まない」というわけではないはずで、情報へのアクセスが確保されていれば、やりようはあるということだと思います。どんなポジションにいても、どんな担当業務の割り当てられ方をしていても、ビジネスの理解はできるはずなのです。
ちなみに、私が自分の課に新たな中途加入の方に来ていただく場合は、可能な限り、敢えて意識して最初の数か月間は時間的に余裕のある業務アサインメントをするようにしています(不可能な場合もあります)。ただ、ここで時間的余裕を作っても、どうもイマイチ理解が進まない方というのは一定数いらっしゃるのですが、この記事でご紹介したような爆速理解の皆さんとイマイチの皆さんとの違いが何なのかは、いまだ解明されざる謎です。
会社の取組:ナレッジマネジメント/ナレッジシェア
最後は、システムやツールのお話になりますが、個々人が得た情報はみんなで共有できるべきであって、その共有の環境は会社が準備する必要のあるものだと考えています。 社内のどこに何の情報があるのかの「情報の地図」をみんなでシェアしたり、また、相談者とのやり取りなどまで含めて情報を蓄積・保管し、容易に検索することができるイケてる案件管理システムを導入・活用することで、それぞれの担当者が孤軍奮闘して一から情報収集をしたりしなくても済むようにできると良いのではないかと思います。
自分が法務部に異動してきた頃のこと
自分の頭の中にあることをこの記事に吐き出すにあたり、今から2X年前、私が当社の法務部に異動してきた頃のことを思い出していました。私は、新入社員としてこの会社に入り、最初の2年とちょっとの間は営業部で営業担当をしていました。法務人材としての採用ではあったのですが、「営業で修行してから法務に来い」ということだったのだと理解しています。入社してからの2年間以上を法務で過ごすことができなかったことについては、実はいまだに納得できていない部分もあるのですが(あの間、自分の法務人材としての知識が日々刻々と失われていく恐怖と戦いながら慣れない営業活動をしなければならなかったときの気持ちは、多分一生忘れないのですが)、一方で、毎日いやと言うほど自社・他社の商品に触れまくり、直接得意先と触れあい、その先にいらっしゃる消費者とも直接接点を持つ経験ができたことは、その後の法務人生にプラスになった面もあると思っています。法務の人間は、一度キャリアのどこかの段階で別の部署を経験する方が良いと思っていますし、特に営業経験はその後の営業部からの相談対応にダイレクトに効きますので、できればみんなに経験させたいと思っています(これは、おそらくメーカー法務独特の考え方なんだろうなと思いますが……)。
ただ、私が新入社員だった頃に比べると、法務部に期待される役割機能は格段に高度化しており、それに伴って法務は慢性的に人手が足りないという状況になりがちな今の時代において、法務人材を一度営業に出すという対応ができるかと言われるとかなり難しく、実際当社でも最近入社した若手は他部門での経験を積むチャンスは与えられていません。この環境をにわかに変えることは難しい中、彼らが当社のビジネスを、営業の場面で起きている様々なことを、消費者が何を思って当社の商品やサービスを見ているのかということを理解できるようにするにはどうしたらいいのかな……と思ってこの記事を書き始めたら、またもや大変長くなりました。
ここまで読了された方、お疲れさまでした。何か「ふーん。ほー。へー。」と感じていただけることがあれば幸いです。