「ちいさなくらし」第11号 ── こだわりの先をかえた
「ちいさなくらし」も11回目。いつのまにか、12月を過ぎました。
ひとつ演奏会も終わりました。今週末は、また演奏会が控えています。ありがたいことです。
今日は「こだわりの先をかえた」話を書きます。
商業出版にこだわるのをやめた
noteを再開した頃から、うわごとのように「商業出版、商業出版」と言い続けてきました。創作大賞に落選しても、すぐに這い上がってきた商業出版ゾンビでした。
でも最近、なんか違うんじゃない?って感じ始めました。商業出版を第一の目的として、そこに向けて分析して、戦略を練って、それに見合った作品を書いて……って。なんだか、自分らしくないと感じたのです。
この一年、そういう努力を積み重ねようとしてきましたが、途中からそれだけでは頑張りきれなくなってしまいました。賞レースありきで書こうとしていたことが、とても苦しくなりました。そういうのもひっくるめて、「なんだか、自分らしくない」と感じたのでしょう。
頑張りきれないなら、小説を書くこと自体を辞めてしまおうか。そう考えた時期もありました。でも、そう考えるのはやめにしました。あんまり心身の状態の良くない時に考えたことを結論にしないほうがいいと、親友に言われたことを思い返したのです。ありがとう。
自分の納得のいく作品を書くことにこだわる
商業出版ありきで考えるのは、やめにしました。結構、大きな決断だったのかもしれません。なんだかんだで、若い頃から無意識のうちにこだわってきて、この歳になって顕在化したこだわりだったので、それを切り分けるときはいくばくかの悲しみも感じました。
でも、それよりも、もっとこだわりたいことが出来ました。それは自分の納得のいく作品を書くこと。作品の質を上げること。書きたい作品を、きちんと書けるようにすること。それが、自分の書き手としての基本的姿勢なのではないかと思い至ったのです。
納得のいく作品が出来たら、公募に出してみるのもいい。でも、はじめから公募ありきで考えるのはやめにしよう。シンプルにそう思えるようになりました。
もう一度、「わたしのトリスタン」も書けるかもしれません。時間はかかるかもしれませんが、本当に書きたい作品を書いていくことを、心身の健康のためにも大事にしていきたいです。
自分の納得いくことをとことんやるのが、心身の健康のもと。音楽も小説も、取り組んできた作品を概観すると、しみじみそう実感する一年でした。
音楽でもこだわりの先をかえた
気がつくと、音楽でもこだわりの先が変わりました。これまでは「どんな作品をやるか」を大事にしてきました。でも、これからは「どなたとご一緒にやるか」ということを第一に取り組んでいきたいと願います。
まずはじめに、どなたとご一緒するかということありきです。歌手にとっては、ピアニストは大事な存在。人選によっては文字通り命を縮めてしまう可能性もあります。これからは命を大事に演奏していきたいです。
これまでの音楽人生の中では苦しい共演経験もありましたが、それらはいい勉強だったと前向きに捉えて、未来だけ見て進んでいきたいです。
◆おしらせ
12/24の簡易版フライヤーができました。じつはフライヤーが出来る前に、多くのご予約をいただきました。残席僅少です。ありがとうございます。
私も好きな歌を集めたので、とても楽しみにしています。素敵なクリスマスイブになりますように。
おわりに
商業出版のこだわりを横に置いたら、とても楽になりました。違った心持ちで、作品に向かい合っていけそうです。これからが楽しみです。
しばらくは音楽の日々ですが、小説をまた書けるのを楽しみにしています。