見出し画像

小説「駒込珈琲物語」第12話(全18話)



「おはようございまーす!」

 明るい声が聞こえて、私は考え事から現実に戻った。

 見上げると、そこにはポニーテールにキュロットパンツの女性が、ダリヤの花のように華やかに笑っていた。白いスニーカーが、目に眩しい。

「ああ、晴美さん、いらっしゃい」
「朝はカウンターでなのよね、そっちで注文するね」
「いいよ、もう11時になるから。席で待ってて」
「ありがとう」

 「晴美さん」と呼ばれたその女性は、店内を見回して、空いている私の隣のテーブルに座った。華やかな人だなあ、そう思って見ていると、目が合った。「晴美さん」は、にっこりと笑った。私はその笑顔にどぎまぎしながらも、微笑みを返した。

「あれ、二人とも知り合いだったっけ」

 水の入ったグラスを「晴美さん」のテーブルに置きながら、マスターが愉快そうに尋ねる。

「ううん、たった今、お会いしたばかり」
「はい」
「そうだったんだ。でも、これも何かのご縁だから。栞さん、こちらは内田晴美さん。お仕事は、えーと、不動産関係だっけ?」
「そうそう。この四月から、北口のフェリーチェプランニングで働いています」
「フェリーチェプランニングさんですか!」
「ご存知ですか?」
「ええ、私、今の家に決める時、フェリーチェプランニングさんにお世話になったんです」
「あら! すごい偶然!」

 晴美さんは、再びダリアの花のような笑みを浮かべた。この人は、なんて素敵な笑顔の人なんだろう。そう思うと、いっぺんに私は好感を抱いた。



「ほんと、すごい偶然だねー。やっぱりご縁ってあるんだね。晴美さん、こちらは堀口栞さん。食べること関係のお仕事、だよね」
「ええ。いろんな麻婆豆腐のレトルトとか、中華食材、調味料を扱う会社に勤めてます」
「素敵! そしたら、もしかしたらこんなイベント、興味ないですか」

 晴美さんは、バッグからファイルを取り出し、一枚のチラシを渡してくれた。

「〈こまごめ楽座〉……?」
「そう、楽市楽座の楽座から付けた名前なんです。駒込在住の人たち向けのフリーマーケット、ってとこかな。うちの会社で管理している物件の大家さんが、ご希望の方への内見も兼ねて物件を公開したいので、どうか場所を使ってやってくれ、っておっしゃってくださって。これから定期的に開催していこうとしているイベントの、第1回目の旗揚げ企画なんです」
「へえ……」
「大家さん、駒込の街を盛り上げていくサポートが出来れば、っていうお気持ちがとても強くて。それで、お話しているうちに、私がこの企画の担当者になってました」
「すごいですね」
「私も、この街に勤めるようになって、どんどん好きになる一方で。私自身も、駒込に引っ越せないかなーって思うようになって、ひそかに物件探しているところなんです」
「晴美さん、仕事柄、ちょうどいいじゃん」
「まあね。でも、これは……って思っていた物件に限って、人気が高いのよね」
「そういうもんだよ」

 マスターと晴美さんのやり取りを聞きながら、私は〈こまごめ楽座〉のチラシに目を通す。楽しそうな人々のイラストを見ているうちに、自分も何かやってみたい気持ちが、むくむくと湧いてきた。

 そういえば、こないだの会議では、「これからの時代は、〈地域〉を、〈街〉を、どれだけ大事に出来るかです」って言われてたっけ。ローカルコミュニティが、うんちゃらこうちゃら、って言われてた気がする。……あれ、もしかすると、自分の大好きな仕事と、駒込での暮らしを、ふんわりと結びつけていけるかも?



 私は、〈こまごめ楽座〉の開催期日を確認する。11月の頭ね、オッケー。

「晴美さん、この〈こまごめ楽座〉の申込みの〆切っていつまでですか?」
「10月の15日までです」

 頭の中で、手帳を開いて確認する。あと2週間ちょっとか。幸い、今は急ぎの仕事もないから、午後の2時間かけて企画ドラフト作り上げて、週明けに部長に打診してみよう。

「えっと……栞さん、もしかしたら〈こまごめ楽座〉検討してくださいますか?」
「まだ確約は出来ないのですけど、ちょっと上の方に話を通してみます」
「すごい、栞さん、行動はやっ!」
「だって、面白そうじゃないですか」

 そして、私は、自分が大きく笑っていることに気が付いた。なんだか、面白いことが始まりそう。






(つづく)









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?