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「ちいさなくらし」第4号 ── 50歳からどう生きる?


 「ちいさなくらし」第4号になりました。続いてると、嬉しくなりますね。無理はしていないので、きっといいペースなのだろうと思います。

 来週は、15日火曜日に更新予定です。祝日はむりしない、むりしない。




松浦弥太郎さん「50歳からはこんなふうに」


 先日、夫が松浦弥太郎さんの新刊「50歳からはこんなふうに」をプレゼントしてくれました。



 本屋さんで見かけて、ずっと気になっていたので嬉しくなりました。夫も、なにげなくめくったページに書かれていた言葉が刺さったみたいで、ふたりで読もうねと言ってくれました。

 昔から大好きな、弥太郎さん。その言葉は、乾いた土に水が染み込むようにぐんぐん吸い込まれていきます。

 特に、これから迎える50代をどうやって過ごしていこうかな……と考えていた時だったので、立ち止まって考えるいいきっかけをいただきました。

 弥太郎さんのご本については、今週のWEBラジオ「ちいさなくらし」でもご紹介させていただきました。よろしければお聞きになっていただければ幸いです。

 弥太郎さんのご本に影響を受けて、余裕のあるスケジューリングを心がけるようになりました。ただ近年は心身の調子を崩してしまったので、余裕のあるスケジュールを組まないと、自分がパンクしてしまうようになりました。でも、弥太郎さんのご本を読んでいたおかげで、無理なく移行出来ています。

  どんなスケジュールを組むかというのは、どんな暮らしを送るかということ。どんな暮らしを送るかというのは、どんな人生を送るかということ。それに気づいたときに、はっとしました。はたして、いまの自分は生きたい人生の方向に向かっているのかしら。そんなことに思いを巡らせたりしました。


50代をどう生きていきたいか


 先日、46歳の誕生日を迎えて、人生後半戦をどういうふうに生きていきたいか考える時間が増えてきました。

 正直なところ、ここから始まる新しい冒険にわくわくしています。オペラ歌手という肩書を手放して、いろんな人生戦略とかも手放して、なんでもない自分として今は待機時間で。ものすごく、ぽっかりとしています。

 この時間に、おうちをきれいにしていこうと思って、おうちの片付けを始めています。まずは、一日ひと捨てから。今日は三つ捨てられたので、がんばりました!

 50代をどう生きたいかはまだわかりませんが、歌は今までのように仕事にしていくのではなく、人生の楽しみのひとつとして取り組んでいけるように、徐々に移行していけたらいいのかなあ……と感じています。技術水準を落とすというわけではなく、意識の持ち方や取り組み方を変えていきたいのです。子供の頃のように純粋に、音楽を楽しんでいけるように戻っていきたいと願っています。50歳の節目に、ひとつ里程標となる演奏会を企画しているのですが、そこから先は無理をせずに音楽と付き合っていきたいです。

 これまでは音楽を通じての使命とか、成し遂げなければならないことなどに縛られていました。でも、それらの思いは心と体を蝕み続けるだけでした。その期待には応えられません!!という心身の叫びが爆発して、調子を崩したのだろうと考えています。

 50代は、もっと自由に音楽に向き合いたいです。なにかをしなくちゃという義務感に縛られた音楽ではなく、心の奥底から湧き立つような音楽を。ただ、それを願います。

 音楽を仕事としてきた人生を手放して、これからどんな人生が待っているのか。それはわかりません。けれど、まずは手放してみないと、わからないですものね。そして、この先の未来には、大きなわくわくを感じているのです。


「小説を仕事にする」


 音楽を手放してどうするの?と自分に何度も問いかけました。奥底から浮かんできたのは「小説を仕事にする」という答え。簡単じゃないよ? ほんとにいけると思う? と何度も問いかけますが、自分の奥底から浮かんでくるのは、小説を仕事にしている未来でした。

 そう思っているのならオッケー。あとは体に任せてみようと決めました。迷いながらも、書き続けられる仕組みを作って、移行期を乗り切っていこうと決めました。

 問いかけ続けるうちに、書きたい小説・書きたくない小説のジャンルも見えてきました。かつての自分は、オペラ歌手としての経験を活かした作品も書かないとと思っていましたが、それ、いまの自分にとってはとてもしんどいみたいです。いま執筆中の「わたしのトリスタン」でオペラ歌手として暮らしてきた過去を成仏させられればと願っています。書いている時間が長引くのも苦しいので、早めに年内に終わらせようと思います。

 移行期というのは、過去にしがみついてきた強固なシステムと、新しく作り出していきたいシステムが共存する時期。はやく、過去のシステムをリリースしていきたいです。でも、リリースまでには時間がかかるものです。仕方がない。

 「わたしのトリスタン」を終わらせられたら、ようやく新しい人生が始まる。そんな気がしています。


はじめるために、おわらせる


 今回の一連の流れを経験して実感しているのは「なにかを新しくはじめるためには、なにかをきちんとおわらせないといけない」ということ。

 それまでのスペースが空いた分、自由になれるのですものね。お部屋の片付けも、人生の片付けも同じです。

 そっか、いま自分は人生の片付け中なんだ……と思うと、気持ちが楽になりました。新しい人生を始めていくために、古い人生をきちんと終わらせてあげようと思います。片付けというか、もはや引っ越しですね。

 46歳の一年間は、人生の引っ越しに向けての片付け・梱包期間になっていきそうです。地道におかたづけ、ゆるりとがんばっていきましょう。







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