生活をもっと美しく #001 思い立ったが吉日
このところ、「生活をもっと美しくしたい」という思いが溢れてきました。
ドミニック・ローホーさんのご本を読んだり、安達茉莉子さんの「私の生活改善運動」を読んでいるうちに、「自分の基盤となる生活、暮らしを整えて、もっと美しくしたい」と自分が思っていることに、あらためて気づいたのです。
ただ、わたしはずっとかたづけの苦手な親と暮らしてきて、自分自身もかたづけがとっても苦手です。だから、自分がかたづけを苦手なのは仕方のないことなんだ……と言い訳をして、これまでずっと諦めてきました。
でも、諦めているのが、いやになりました。わたしも、美しい生活をしたい。整った暮らしがしたい。諦めずに、美しい暮らしを追求したくなりました。
すこしずつでもいい、落ち着ける美しい時間と空間を増やしていこう。そう決めてみると、自分が自分を大事にする宣言をできたような気がしました。思えば、これまでずっと自分は自分をないがしろにしていたのでした。
そこで「生活をもっと美しく」と題して、自分の思う美しい生活に向かっていくまでの過程を不定期で書き綴っていこうと思います。
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たぶん今日は、美しい生活に向かって歩き始めるには適した日。朝もぱっちり目覚められたし、部屋の掃除も洗濯もスムーズにできたし、トイレや洗面所の掃除も丁寧にできました。
だからまずは、自分の思う美しい生活がどんなものか、書き出してみたいと思います。思い立ったが吉日。始めるなら、今日からなのです。
ここまで書き出して、どれだけ基本的なことができていないんだろうとせつなくなりました……が、現在地を把握することが大事。いま現在のおうちは、ごちゃついているのですから。
そして書き出して気づいたのですが、いまのわたしにはここから先のビジョンがないのです。まっさらさらのさら。つまり、まずは横のものを縦にして、床の面積を増やすところからのスタートというわけですね。
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でも、美しい生活ってなんなのでしょう。ここで諦めずにもうちょっと踏み込んで、粒度を細かくして考えてみたいです。どんなものを望んでいるのか。イメージがまっさらさらのさらでも、心地よいアイテムを考えることぐらいはできるのではないかと思うのです。
書き出してみると、いろいろな憧れのアイテムが出てきます。なるほどなるほど、わたしはこんなものと暮らしたかったのね……という、隠れた思いが浮かび上がってきます。
このアイテムから思い浮かぶちいさくてもできることを、始めてみましょう。
やれることに日付も書くといいのでしょうが、日付を書くとやりたくなくなってしまう天邪鬼なので、これらはリストにして手帳に貼っておきましょう。
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独身時代、関心の矢印はずっと外向きでした。それは家にいるのが心地よい時間ではなかったからだと結婚して初めて気づくことができました。
長いあいだ染み込んできた独身時代の心のくせ。気づいているくせに、どうしてか外になにかを求めに行くくせは、なかなか取れませんでした。どうしてやめられないのだろうと悩んだこともありましたが、腹の底から納得できていなかったからだとようやく気が付きました。
あと、どこかでいまの住まいを仮の暮らしと思っていたふしもあります。もっと郊外に引っ越したい、一軒家に住みたい……そんな思いが、いまの暮らしに「(仮)」をつけていたのだと気付くことができました。
そうではない、そうではない。いまの暮らしこそが、じぶんの求めた暮らしなんだ。ここに、駒込にもっと根ざしていくことこそが、いまの自分には大事なことなんだ。ようやくそう思えるようになりました。時間がずいぶんかかっちゃいました。
ずっと外側にばかり、手の届かないものを求め続けてきたけれど。手の届く範囲のものをもっと愛して、慈しんで、大事に手入れしていこうと思います。
ああ、なんだか人生の新しい季節が始まったような気分です。とてもすがすがしいです。