井口眞緒さんと「ミニラジオ」について
48グループや乃木坂46をはじめ、多くのアイドルグループが取り入れている有料サービスとして「モバメ(モバイルメール)」「プラメ(プライベートメール)」がある。月300円ほどで、メンバー1人から不定期にメールが届くという、メールマガジンと同じシステムなのだけど、内容は写真を含めそのメンバーの日常や思いが綴られ、受信者に対してまるで友人や恋人のような「プライベート」な距離感のメールが多い。またブログやSNSなど公開のものと違い、時には悩みやネガティブな感情などが載ることもある。
欅坂46/けやき坂46については、この「プラメ」サービスを発展させ、スマホアプリ「欅坂46メッセージ」が2017年にリリースされた。こちらはちょうどLINEに近いインターフェースで、短文メッセージに加え写真・動画・音声などが配信される。音声については、アプリ起動時に届くと電話着信のような挙動になるというギミックもある。
けやき坂46一期生の井口眞緒さんは、はじめ特異な言動と下手ながら懸命さが伝わってくるステージパフォーマンスで注目を集め、けやき坂のバラエティ番組『ひらがな推し』内でも非常に目立つメンバーの一人である。
2018年には、番組内で彼女が「いつか『スナック眞緒』という店を開きたい」と言ったのをきっかけに、ライブ配信サービスSHOWROOM上で井口さんと宮田愛萌さんによる「スナック眞緒SHOWROOM店」が不定期に配信され、やがて『ひらがな推し』にもこの企画はフィードバックされ人気となった。欅坂/けやき坂のメンバーがSHOWROOM上にチャンネルを持ったのは2017年だが、フリートークや視聴者とのコミュニケーションを中心としたものが多く、「スナックのママと店員」というキャラクターを設定した上でいち番組的な構成を自身で作り配信するというのはあまり例がない。
48グループのメンバーが、SNS等を通じて自己発信型で自身の特長を売り込み、やがて知名度が上がり仕事につながるというステップアップを取っている(というか、現状取らざるを得ない)一方、坂道グループはそこまでSNSにコミットせず、むしろ運営側の営業が手厚い感触がある。井口さんは坂道グループでは珍しい「自己発信型」を取ろうとしているメンバーのように思える。
今年1月下旬ごろから、井口さんはこの「欅坂46メッセージ」で、メンバーの潮紗理菜さんとトークする1~2分ほどの音声を毎日配信し始めた(現在は休止中)。それらは彼女たちによって「潮紗理菜のおっしゃりな」という「ミニラジオ/なんちゃってラジオ」だと称されている。
もともとはラジオ出演時に、潮さんがいつか自分のラジオ番組を持ちたいと話したことが、おそらくこの「新プロジェクト」のきっかけになっている(また潮さんの声質や話し方がグループでは特徴的な、癒し系とも言える声だというのもあるだろう)。これもまた、井口さんらの自己発信として、いずれ何か公式のものにフィードバックされるのかもしれない。
ところで、この音声については「ミニラジオ」と称されている。もちろん前述の経緯もあるのだけれど、なぜこれが「ラジオ」と呼ばれうるのだろうか。
ラジオ放送に乗らないもの、例えばCDやDVDのおまけ音声や映像、YouTube等に上がった動画についても、しばしば「ラジオ」と称される。わたしたちが「ラジオ的」と感じるものについては、いくつかの共通の前提があるように思われる。
1)音声によるトーク番組が主であること。
2)不特定多数に聴取されるものであること。
3)パーソナリティーが存在すること。言い換えれば、語られる話の内容に、何らかの話者の主観が必ず混じっていること。
4)話者と聴取者が、疑似的に一対一であるかのように思わせうること。
「欅坂46メッセージ」の音声メッセージは、前述のギミックから、多くは電話で直接受信者に話しかけるようなものが多い。また例えば萌え台詞や挨拶のようなものや、あるいはちょうどメール内容を発話にしたようなひとりごとも多くみられる。これらはあまり「ラジオ的」とは感じられなかった。トーク番組的な形式を作った上で「ラジオ」として配信されたものは、このアプリではあまり無かったのではないかと思う。
「プライベートメール」の後継としての「欅坂46メッセージ」は、メンバー自身の体験したことや思ったことがなるべくヴィヴィッドに配信されることが大前提となる。対外的な広報の読み上げではなく、そこには必ず話者のパーソナリティーによる裏付けがある。
ラジオ放送はもちろん多数に向けられたものなのだけれど、リビングで皆で視聴するテレビと対照的に、自室で一人で聴取するというイメージが「ラジオ的」なものとして強いだろう。ポータブルラジオというパーソナルなガジェットを通すこともまた、話者と聴取者は一対一であるかのような錯覚を起こさせる。そして、不特定多数に送付されながら「プライベート」を冠し、距離感の近い疑似コミュニケーションを作るシステムにも、この二律背反は含まれている。
井口さん自身はおそらく意識していなかったと思うけれど、「プラメ」の発展形であるアプリで、音声という新規のメッセージ形式に「ミニラジオ」と称するトークを載せて配信してしまうことは、それ自体まっとうに「ラジオ的」な感覚と面白さを必要十分に満たしていることが発見された。ポータブルラジオと「欅坂46メッセージ」は設計も指向もインターフェースも違うのだけれど、「おっしゃりな」が載った瞬間に「ラジオ的」の一点においてほぼ同じ性能とすら感じる。
「おっしゃりな」と前後して、同じけやき坂メンバーの丹生明里さん・金村美玖さん・渡邉美穂さんは「オールナイト埼玉」という同様のトーク音声を「ミニラジオ」として配信した。ちょっとしたブレイクスルーになる予感すらある。
SNSやさまざまな新規Webサービスにおけるアイドルの発信について、小さいけれど興味深いトピックの一つとしてまとめてみた。理解の一助になると幸いです。