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「振り返り」の価値

 前回は「見通し」の価値について書いたので、今回は「振り返り」について書いてみたいと思います。


「振り返り」と私の出合い

 教員になって4年目に岩瀬直樹氏の実践と出合ったのが「振り返り」との出合いでした。

「振り返りジャーナル」の実践を真似して、とりあえず始めたのがきっかけ。
 この本の中では、初めは先生がテーマを与えて、子どもが「見通し」をもって1日意識して過ごすことの重要性や、成長のサイクルを生み出していくことで「振り返りジャーナル」の中で明日への見通しをもつようになるといったことが書かれています。
 改めて読み直しても、学びのサイクルを大切にしながら自立していけるように梯子を少しずつ外す術がきっちりと書かれていて、学術的な背景と実践の混ざった素敵な本だなと感じさせられました。

子どもだけでなく自分も

 私の場合は、子どもに「振り返りジャーナル」を書かせることから始まった「振り返り」。それではダメだと、自分自身も日々の「振り返り」をGoogleドキュメントに書いて同僚にコメントしてもらうことを続けてみたり、、、
 教師として、成長し続けていくためにはどうしたらいいのか。みたいなことをずっと考えながらやってきました。だけれども、自分自身が不勉強なところもあり、このときはまだ本当の意味で、自己調整学習のAARサイクル(見通し⇨行動⇨振り返り)についてわかってなかったので「振り返り」ばかりに力を入れていました。

授業終わりの「振り返り」ブーム

 そうやって「振り返り」を大切にしていたときに、教育界でもいわゆる「振り返り」のブームがやってきました。とりあえずなんでもいいから、授業の終わりには「振り返り」の時間を作って、今日の学びを整理したり価値づけたりしましょう、みたいなやつです。先生も子どもも意味がないと思いながら取り組む苦しい時間。できる先生は「振り返り」の視点を子どもに与えて、質の高い「振り返り」を書かせようとして、研究会でもどんな視点を与えることが大切なのか、みたいな議論がたくさんなされた感じでした。

いわゆる「振り返り」がなぜ苦しいのか

 いわゆる「振り返り」はメタ認知でいうところの事後段階(オフライン)のモニタリングにあたります。

課題遂行の各段階におけるメタ認知的活動(三宮,2008)

 先ほどから何度も書いてきたように、「振り返り」はAARサイクルの一部です。自分のことを客観視するためのモニタリングだけをしてもあまり意味はありません。モニタリングしたことをもとに、自分自身の見通しや活動をコントロールできなければいけないのです。

自分自身で変えていくことができるから、「振り返り」に価値を感じることができるのです。

メタ認知的モニタリングとメタ認知的コントロール(三宮,2008を基に作成)

 つまり、「振り返り」(モニタリング)だけをしてコントロールする機会も、コントロールできることもない、いわゆる「振り返り」では子どもが価値を感じることも成長を望むことも難しかったのです。

子どもの言葉から気付かされたこと

 今年は自己調整学習の理論をベースにして実践を積んでいく中で、子どもたちから「見通しを書くことを大切にしている」という言葉をよく聞くようになりました。今まではずーっと日々の出来事から抽出した学びを一般化するための「振り返り」を大切にしてきた私にとって少し驚きがありました。
 「振り返り」をしても次の「行動」までには時間があります。先のことに子どもはなかなか動機をもてないものなのです。それに比べて「見通し」はすぐ後の行動に影響するので、子どもたちも実感をもって考えやすいのだと思います。

今はどんな「振り返り」にしているのか

 答えはシンプルです。
 「見通し」に準じた「振り返り」をすることで次の「見通し」や「行動」に影響を与えられるような「振り返り」にすること。
 そうやって繋がりを意識して、学びの連続性が生まれてくると自然と子どもは「振り返り」に価値を感じるようになってくると思います。
 私の場合は、「見通し」を視点として、なぜそうなったのか(原因帰属)を考えることに焦点を当てて指導をしています。

指導するときに見せるカード(著者作成)

「振り返り」の種類とメタ認知的知識

 ただ、「振り返り」には種類があるとも思っています。また、「見通し」「振り返り」を通して大切なことは「メタ認知的知識」を先生が意識しながらデザインできているのかにも関わってくると思っています。その辺りはまた次の記事で書いていくことにします。

今日はこのへんで。
では、また次の記事でお会いしましょう。

参考文献


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